041 冒険者になった自分
3人を見送るとリーベたち一家は食器の片付けに取りかかる。
彼女が皿を拭いていると、隣で洗い物をしていた父が尋ねてくる。
「今日は何をやったんだ?」
「ええとね、スタッフに慣れるための訓練をやったよ」
「そうか。日頃から魔法を使ってるんだし、楽勝だったろ?」
「そう思うでしょ? でもこれが意外と難しいんだよ。なんだってスタッフの珠は純度が高いんだから」
滔々と講釈を垂れて、言い終ってから自分が得意になっているのに気付いた。それは父も、そして皿を運んでいた母も同じのようで、くすくすと声を抑えて笑っている。
その笑いに恥ずかしくなって俯いていると、シェーンが言う。
「よほど楽しかったのね?」
「ま、まあ……」
魔法を暴発させたときのことを思い出す。
リーベの中で日用品に成り下がっていたそれが、実はあれほど強大な力だったとは……その落差を恐ろしく思う一方、これから御せるようになるのだと胸が高鳴る。まるで物語の主人公にでもなったような、そんな心地だ。
「…………」
「はは、夢中になれるもんが見つかって良かったじゃねえか」
「ほんとうね」
それまで笑んでいたシェーンだが、ふと影が差す。
「……でも、私たちが教えてあげられないことに夢中っていうのも、ちょっぴり寂しいわ」
「お母さん……」
『ごめんなさい』と口に上りそうになった時、エルガーがしみじみ言う。
「自立ってのは、案外そういうもんなのかも知んねえな」
「自立ねえ……」
夫婦は揃ってこちらを見る。
その瞳は妙に達観したもので、そこに子育てを終えた感慨が感じられた。それを一身に受けるリーベは感謝と寂寥を起こさないではいられなかった。
食堂の娘から冒険者に転身したこと。それによって生きる道を違えることは確かに自立なのかもしれない。でも、だとしたら……それはなんと切ないことなのだろう。
自然と涙が滲む。
感情が露わになってしまうのは何ら恥じることではないのだが、涙に限ってはそうもいかない。リーベは皿拭きに集中することでこれを誤魔化すも、両親にはバレていた。
「明日は営業日だけど、ヴァールさんたちに付いて行っていいからね?」
「ああ……うん。わかった」
自分で望んだ事だが、その一言はとても悲しかった。
「…………」
「なんだ、そんなむっつりして」
父エルガーが肘で小突いてくる。
「元気出さねえと、明日も頑張れねえぞ?」
「そうよ。お店の事は気にしないで、自分の決めたことに集中しなさい」
「お父さん……お母さん…………」
両親の温かい言葉を受けてなお、寂寥が拭えることはなかった。だけどそれでも彼女はそれを背負ってでも自分の道を進んでいける自信があった。なぜなら、父と母が応援してくれているのだから。
「……うん。わたし、頑張るよ……!」
朝の6時前。リーベは目覚めきらない体に鞭を打って街を出た。寝床を惜しむ気持ちを振り払おうと深呼吸すると自然と欠伸が出た。
「ふぁあ……眠い……」
いつもの彼女はもう少し遅い時間に起床しているだけに辛かった。
目尻に浮いた涙を拭っていると、ヴァールがニヤリと笑んだのが背中越しにでもわかった。
「寝坊しないなんて少しは成長したじゃねえか」
揶揄う言葉に意識が覚醒させられる。
「む! もう子供じゃないんだから、当然だよ!」
「ははは! でもこの前、師匠にもらった手紙にゃ『3日連続で寝坊してシェーンに大目玉食らってた』って書いてたぞ?」
「え、うそ!」
思い当たる節は……ある。
(もう、お父さんったら……)
顔が熱くなるのを感じていると、ヴァールの隣を歩いていたフロイデが妙に勝ち誇って言う。
「寝坊、したんだ」
「コイツはお前と違って早起きだかんな」
師匠の言葉に弟子が「むふーっ!」と得意げに鼻を鳴らす。そんな中、彼女の隣を歩いていたフェアはくすりと笑い、横目で彼女を見る。
「冒険者は夜明けと共に行動を起こすものです。リーベさんにはこれから頑張っていただきますよ?」
「うへえ……わたし、朝よわいんですよ」
「んなもん、すぐ慣れっから気にすんな」
ヴァールがそう言ったとき練習場に辿り着いた。
「んじゃ、俺はフロイデを見てっから。また暴発すんなよ?」
「しないって!」
「ほんとうかぁ~?」
ヴァールは存外白い歯を見せて笑うとフロイデを伴って離れたところへ向った。それを見送ることなくフェアは言う。
「私たちも早速、訓練に取り掛かりましょう」
「はい! よろしくお願いします!」
一礼すると彼は満足そうに笑んだ。
「こちらこそ――それではまず、昨日のおさらいから始めましょうか」




