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冒険姫リーベ 〜とある少女が英雄になるまで〜  作者: 森丘どんぐり
第1章 英雄の娘、冒険に出る

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003 準備中の来訪者

 今日の昼食はトマト煮とサラダと丸パンだった。


「お、今日はトマト煮か!」


 好物が食卓に並び、エルガーは頬を綻ばせた。

 彼らは日頃、余り物や、傷んできた食材ばかりを消費している。だから看板メニューであるトマト煮が食卓に出るのはとても稀なのだ。


「今日はお父さんが頑張ってくれたものね」

「そういえば、お父さんが冒険に出るのも久しぶりだよね」


 エルガーは冒険者業を引退しているがしかし、時折、冒険者活動をすることがあった。今回の冒険は前回から実に2ヶ月ぶりのことだった。


「ねえ、今日は何と戦ったの?」


 リーベがパンを千切りながら尋ねると、エルガーは口に運び掛けたスプーンを下ろし、しばし黙考すると答えた。


「ん? ああ……ラウドブロイラーだ」


 ラウドブロイラーとは、ニワトリを2回りほど大きくしたような魔物だ。その名の通り大声で叫ぶのが特徴で、これをもって外敵を凌いでいるのだった。


 しかしリーベは食堂の娘として、ラウドブロイラー魔物としてではなく、食材として注目してしまう。

 その身は大きく、それでいてニワトリより味が良い。家畜化はされていないが、1体から沢山肉がとれるためにそれほど値段も張らないという素晴らしい食材なのだ。


「ねえ、ラウドブロイラーってどのくらいうるさいの?」

「そうだな……森が震えるくらいか?」

「そんなに⁉」


 リーベはなぜラウドブロイラーを家畜にしないのだろうと常々思っていたが、その疑問が今日、解決されたのであった。


 彼女が得心する一方、シェーンが別の話題を呈する。


「あの、さっき商人の方があなたを尋ねていらして、お金を置いていったんですよ」

「商人……アイツか。礼はいいって言ったんだがな」


 エルガーは困って頭を掻いた。


「それで、また来るっていってたのか?」 


 シェーンがリーベに目を向ける。


「ううん。急用があるからって……ああ、あと、よろしく伝えてくれって」

「そうか……リーベ。俺はギルドから貰うもん貰ってんだから――」

「それは私の方からも言いましたよ」

「そうか」


 他の冒険者なら『貰えるもんは貰っとけ!』って言いそうなものだが、エルガーは違った。

 そのことにリーベは、商人が深く感謝してくれているのは、父の誠実さに感服しているからなのではないかと、分析した。


「…………」


 不思議に思って見つめていると、エルガーがニヤリと笑んで娘に顔を寄せた。


「どうしたリーベ? 俺に惚れちまったか?」

「違うよ!」

(まったく、しょうがない人!)








昼食を()るとエルガーは仮眠を取るべく寝室へと引き下がっていった。一方でシェーンはディナーの仕込みを、そしてリーベは店内の掃除をした。


「掃除終わったよ?」


 以前はは亭主であるシェーンによるチェックがあったが、最近では無くなった。それは信頼の証であり、リーベは報告するたびに誇らしい気持ちになった。


「それじゃ、こっちにいらっしゃい」


 シェーンがリーベを厨房に手招く。それに応じて厨房に回る。


 彼女はこの家の娘であるからして、将来的にはこの食堂を継ぐのだ。その為の修業として、数年前から仕込みを手伝いつつ、料理を教わっていたのだった。


「グレントマトの湯むきをするから、お湯を沸かしておいて」

「わかった」


 鍋を軽く洗い、かまどに置く。

 それからワンドを取り出し、魔法で水を張り、薪に火を点ける。このように魔法は調理において重要な役割を持つ。故にリーベは料理人修業の一貫として魔法を身につけたのだった……もっとも、世の主婦は大抵使えるものだが。


「氷水も用意しとく?」

「あ、お願い」


 ボウルを用意して、魔法で氷と水を出す。


「それじゃ、トマト20個を湯むきしておいて」










 料理の勉強に奮闘する内、ディナータイムまであと1時間を切った。するとシェーンは娘を労い、休息を言い渡す。


「お疲れ様。開店まで一休みしていて」

「ううん。わたしも手伝うよ」

「ありがと。でも、もうやれる事は殆どないから」

「そう? じゃあ、休憩入るね」


リーベと厨房を出たその時、居住区に通じるドアからエルガーが現れた。


 彼は寝癖を立てていて、頬には腕で枕をした跡がある。寝起きなのは誰の目にも明らかであるが、目はシャキッとしていて、眠気を微塵も感じさせない。その奇妙な姿が可笑しく、彼女は小さく笑いながら問い掛ける。


「ふふ、おはよう。もう寝なくていいの?」

「ああ。たったの半日だったからな。そんなに疲れてねえんだ」

「へえ……」


 彼は早朝も早朝、まだ日も昇らないような時間に出ていったのだ。その上で魔物と戦っているのにも拘わらずこの元気さ。リーベは父の体力に感心させられてばかりだった。


 と、その時、ゴンゴンと、ノッカーが鳴った。


「誰だろう?」


 リーベはドア脇の窓から外を覗いた。そこには昼間見たのと同じに馬車が見えた。


(あの商人さんだ)


 彼女は応対しようとドアノブに手を伸ばすが、「俺が出る」と父に先を越された。彼がドアを開けた時、リーベはチラリと商人の姿を捕らえた。


エルガーは傍聴(ぼうちょう)を嫌ってドアを閉めたが、隣の窓が開いている為、2人の会話は筒抜けだった。


「おや……お休み中にでしたか?」

「ちょうど今起きたとこさ」

「そうでしたか……お察しの事と存じますが、伺いましたのは一言、お礼を申したいからでございます」

「ああ。リーベから聞いてるさ」

「おお、美しいお名前で。いやはや、そのお名前に相応しい立派なご令嬢でございました」

「俺の娘だからな」

「ふふ。お嬢様に言伝(ことづて)をお願い致しましたが……やはりどうしてもわたくしの口から一言、お礼を申しておきたかったのです。度重なる訪問、失礼致しました」

「いいや。そんなに感謝して貰えるなら、冒険者冥利(みょうり)に尽きるってもんだ」

「恐縮でございます……何分、蜻蛉返りする予定でございまして、護衛を雇っても随伴できないと判断したのでございます。ですがまさか……こんな時に限ってカンプフベアに遭遇するだなんて――」

「か、カンプフベア⁉」


 恐ろしい名前にリーベは思わず叫んでしまった。ハッと口下を覆うがしかし、彼女の動揺は周囲に響き渡っていた。その証拠に外では会話が止まり、厨房からはシェーンが青い顔を覗かせていた。


「……失敬」

「……いや。だが、気の緩んだときに限って災難に遭うものさ」

「ご高説、痛み入ります」


 その時、ドアを開けてエルガーが顔を覗かせる。


「リーベ。アレを持ってこい」

「あ、うん……」


 お礼に頂いたお金を父に手渡すと、彼女そのまま外に残った。

 夕焼けの下、商人は彼女を見ると丁重に会釈をした。リーベが恐る恐る返す一方で、エルガーは商人に金を差し出した。


「カンプフベアが出たんだ。森の魔物は気が立ってるに違いねえ。今からでも遅くねえから、ギルドに行って冒険者を雇うことだ」


 商人は恥じ入るように目を瞑ると、粛然と金銭の返還を受けた。


「……承知いたしました。命をお助けくださったばかりか、ご忠言まで頂いて……もはや、感謝の言葉もございません。お言葉に従い、早急に護衛を雇おうと思います」

「ああ。道中、気を付けてな」

「お、お気を付けて……」

「はい。それでは、失礼致します」


 商人が馬車に戻ると、真新しい衣装に身を包んだ御者が整然と主人を出迎えるのだった。

 


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