035 二組の指導
魔法杖はその特性によって3種に大別される。
まずはワンド。携行しやすい大きさと重量で、魔法の精度は低い。主に日常の中で魔法を使う場合に用いられる。
次にロッド。棍棒や槍などの機能を兼ねる金属製のもので、精度は中程度。その多機能さ故に、腕の良い魔法使いが好んで使うとされている。
最後にスタッフ。大型の魔法杖であり、軽量である代わりに強度が低く、長柄武器としては扱えない。精度は3種の中では最も高い。これらの特徴により、魔法使いの基本的な武器とされている。
そしてリーベは純然たる魔法使いであるため、スタッフを買うのだが――
「う~ん……杖ってどうやって選べば良いんですか?」
問い掛けると、フェアはお互いが手にした杖を見比べながら答える。
「大きさと重量。そして先端に取り付けられた珠の純度を総合して選びます」
「なるほど……大きさとかは分かるんですけど、純度っていうのは?」
「魔法を使おうとした時、珠の部分で僅かながら魔力が無駄に消費されているんです。この損失の少なさを純度と呼びます。日常であれば問題になりませんが、冒険者にとってこれは重大な要素ですので、是非覚えておいてください」
「わかりました――それで、純度の高いものはどうやって選ぶんですか?」
重ね重ね問い掛けるも、彼は嫌な顔1つしなかった。むしろ愉快そうに目を細めている。その様子を頼もしく感じている間にも彼は杖を両手で握りしめ、珠を自身の目の前に翳していた。
「このようにして、ほんの少しだけ魔力を流します。すると微かに珠が光ります」
よく目をこらして見ると、紫紺の珠の中に、夜空の星のような小さな煌めきが見える。
「きれい……」
「何本か同程度魔力を流してみて、最も明るく輝いたものが純度の高い珠を備えていることになります」
「むう……やり方は分かりましたけど、わたしにはちょっと難しそうです」
「確かに。杖の目利きは熟練者にも難しい事です。ですがこれも良い機会ですし、2人で検め、あとで答え合わせをしてみましょう」
「はい、お願いします」
フェアは満足そうに頷くと、「では早速取りかかりましょうか」と検め始める。
(わたしもやってみよう!)
「むむむ……!」
(少しずつ……慎重に……)
そう念じながら魔力を籠めていくも、スタッフの珠は想像以上に敏感で、煌々と輝かせてしまった。
「うわっとと!」
慌てて魔力を引っ込めると光は消え、額には冷や汗が伝う。
「ふう……危なかった」
(あのままでは爆発していたかも……)
汗を拭いながら逸る鼓動を宥めていると、フェアが緊張した面持ちで言う。
「やはり、珠の鑑定は私の方でやりましょう」
「……すみません」
「謝らねばならないのは私の方です。スタッフに取り付けられた珠はワンドのそれより純度が高く、その分、敏感に反応してしまうんです。私としたことが、すっかり失念していました」
「そう、なんですね……」
心臓がバクバクとしていて、生返事をするのが精一杯だった。
「教えるのはどうも不慣れでいけません。これからも迷惑を掛けることが多々あるでしょうが、どうぞご容赦ください」
「い、いえ! こちらこそ」
ペコペコ頭を下げていると、フェアは小さく笑った。
「ひとまずは一通り持ち上げてみて、軽くて握りやすい物を数点選んでください。その内で最も純度が高いものを購入しましょう」
それからリーベはスタッフの選別を続け、7本あるのを2本にまで絞り込んだ。
「お願いします」
フェアは2本にそれぞれ魔力を流し、珠の純度を確かめていく。その眼差しは職人の如き鋭さで、この作業が如何に難しいことか、それだけでも推し量れる。
そんな繊細な作業を自分がやろうとしていた事実にリーベは驚かされるが、これも良い経験になるだろう。
「ふむ……こちらの方がよろしいでしょう」
選ばれたのは先端が弓なりに湾曲して、その中に珠が収まっているものだ。
「これが……」
繁々と見る。
他の杖と比較して飾りっ気がないが、その分実直で、燻し銀のような風格を感じた。
(これがわたしの相棒になるんだ……)
そう思うとなんだか胸が熱くなってきた。
「如何でしょう?」
「はい! これが良いです!」
素直なところを言うとフェアさんはにっこりと笑んだ。
「では、これに致しましょうか」
リーベは上機嫌にカウンターの方へ足を向けたが、呼び止められる。
「お待ちください」
「はい?」
振返ると、彼はダガーのコーナーを示した。
「魔法使いはもちろん魔法で戦いますが、時として魔法が使えないことがあります」
「? どういうことですか?」
「魔力が枯渇してしまったり、閉所など魔法が有効でなかったり。そうした場合に備えて魔法使いも刃物を携帯しておくのが一般的なんです」
「そっか……いつでも魔法が使えるとは限らないんですね」
「そういう事です。さ、リーベさんの手に合ったものを選びましょう」
「はーい!」
彼女は早足で先生の元へと向かった。
リーベとフェアと別れたフロイデはヴァールと共に東門の外にやって来た。
空は雲1つ無い晴天で、そよ風が吹いている。剣術の鍛練をするにはちょうど良い天気だ。
「素振りからで良い、よね?」
尋ねると、ヴァールは大きな喉仏を動かして「ああ」と言った。脇に抱えていた2本の木剣を足下に置き、クマのように極太い腕を組む。小さな瞳にはいつもの快活さから一転、厳格な眼差しを放っていた。
日頃のフレンドリーさからは想像も付かないが、ヴァールは彼の師匠だ。これからの数時間、彼は威厳を以て弟子に接していくのだ。
フロイデは多少の緊張を覚えつつもヴァールから十分距離をとって剣を抜く。その状態で90度橫を向くと長剣の柄に手を被せる。確かめるように小指から順に柄を握り込み、ゆっくりと息を吐き出す。するとフロイデの頭は鎮まり、剣士としての彼が浮き上がる。
「…………」
今は戦闘中ではないため、最初の1回はゆっくりと時間を掛けて構える。
左足の親指から小指のラインを目標に対して垂直に据え、右足のつま先を右肩のほぼ真下に置く。左手で柄頭を握り込むと、剣を体の向きと並行に構え、切っ先を立てる――垂直ではなく、肩に担ぐつもりでやや後方に倒すのがコツだ。
「すう……」
丹田に意識を集中し、そこから力が全身を巡っていくのを確かめていると、ふと雑念が過る。
「…………くっ」
素振りを中断するも、叱責を受けることはなかった。
ヴァールはむしろ淡然と、聡明であるかのように彼の心を言い当てて見せた。
「リーベのことか?」
「……わかる、の?」
「弟子の考えくらい分からねえとな」
分厚い唇を微かに吊り上げ、鼻で小さく笑う。
「そんで?」
「……ヴァールはいい、の? リーベちゃん、冒険者にして」
「良いも悪いも、アイツが決めたことだ。俺がやるべきはそれに答えることだけさ」
彼らしい男気に溢れた回答だったが、フロイデにはどこか嬉しそうにも感じられた。
その直感は間違いでは無い。
ヴァールはリーベを、彼女の両親に負けないほどに愛していた。今までは年に数回しか会うことが出来なかったが、これからはずっといっしょにいられるのだから。喜ばないではいられない。
フロイデは師匠の考えに想像が及ばないまでも、その鷹揚とした考えは些か無責任であるように思えてしまった。
「…………」
批難してやりたい気持ちを抑えて、疑問を述べる。
「……わからない。リーベちゃんには家族がいるのに……どうして離れたがるの?」
「それは自立ってもんだ」
「自立……」
「自分で選んだ道が親のそれと違うなんてのは良くあるもんだ。そうなりゃ、自然と家族からは離れていくものだろ? お前もそうだったんじゃないのか?」
「…………」
(ぼくは……違う……)
今の議論においてフロイデ事情など、どうでも良い。
彼はリーベの家庭を思い出す。
愉快な父親に、優しくて美人な母親。それに店も繁盛していて裕福であることは想像に容易い。そんな絵に描いたような幸せを手放してまで、どうして冒険者になるんだろうか。
「…………」
熟考の末、考えたところで意味がないという結論に落ち着いた。
(それよりも、今は剣を頑張らないと)
こんな雑念が入り込む余地のないくらい集中して臨まないとアレに勝てない。
フロイデはそう胸に言い聞かせると、訓練に望んだ。




