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冒険姫リーベ 英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!  作者: 森丘どんぐり
第1章 英雄の娘、冒険に出る

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033 冒険の始まり

 リーベが冒険者登録した翌日。エーアステはスーザンが亡くなって以来の賑わいを見せていた。


「リーベちゃん! 冒険者になるって本当なんかい?」


 ウワサ好きなサラ婦人がふくよかな顔をずいと寄せて問い掛ける。彼女だけじゃない。周りの客は皆がリーベに注目していた。


「ええと……」

「どうなんだい!」

「ほ、本当です……」


 仰け反りつつ答えると、周囲がドッと湧いた。


「ははは! エルガーさんの娘が冒険者になるなんてねえ! これでようやく、安心して眠れるよ!」

「そ、そんな……大げさですよ」


 大げさでも何でも、街の人が元気を出してくれれば、それが本望なのだが、つい謙遜してしまう。


「そんなことねえぞ」


 別の男性が言う。


「なんたって俺たちの英雄の娘なんだからな! きっと才能の塊だよ」


 そうだそうだ、と同調する声が多数上がる中、リーベは一緒に給仕をしている父に助けを求める。


「お、お父さんからもなんか言ってよ」


 するとエルガーに視線が集まる。その視線は昂揚したものであり、まるで余興でも観るかのようだ。


 エルガーはそんなノリに乗じて仰々しく咳払いをして答える。


「あー、お前ら。期待するなとは言わねえが、コイツはこんな細い娘だし、第一魔法使いなんだ。それを分かった上でだな――」

「えー! リーベちゃんは魔法使いなのかい?」

「ダニエルは剣士だって言ってたぞ!」


 エルガーの言葉は流れていってしまった。


「……ま、魔法使いです……」


 リーベが断言すると場は多少の落ち着きを見せた。中には溜め息をつく人の姿も……


(やっぱり、わたしは剣士になる事を求められていたんだ……)


 そう実感する一方で、期待がすぼんだことに安堵している自分がいた。


 父と同じだけの活躍を期待されるのは酷と言うにもほどがある。目標を低く持つつもりはないが、リーベはリーベである。彼女なりに、自分にできるだけのことを精一杯やって、それが街の人々の安心に繋がってくれればそれでいいのだ。







 波乱のランチタイムを凌ぐと、リーベはもの凄い疲労感に襲われた。


「ふう……こんなに疲れたのはいつぶりだろう」


 表の札を『準備中』に変えた彼女は、懐かしい感覚に独り言ちた。


「前に戻っただけなんだが、妙な感じだな」

「ほんと~……」


 それだけ忙しい日々が常態化していたと言うことで、それはそれでどうなのだろうとリーベとエルガーは疑問に思った。


 そんな贅沢な疑問はともあれ、父子は疲れを絞り出そうと伸びをした。その最中、厨房からシェーンがやって来る。


「ふふ、でも忙しいってことは、それだけお客さんがあなたに注目してくれているってことよ?」


母の言葉に、リーベは期待の籠もった眼差しの数々を思い出す。1つであれば胸をくすぐるだけであったろうが、あんな束になって向けられると重圧以外の何物でもない。


「うう……思い出したら緊張してきた…………」

「はは! 『みんなの希望』になれたんだから良いじゃねえか?」


 エルガーはニヤニヤと、1番弟子のような意地悪な笑みを向ける。


「もー! 揶揄(からか)わないでよ!」

「揶揄ってねえさ! ……誇らしいんだよ」


 そう言って娘の頭に手を置いた。


「お父さん……?」

「ディアンが言ってたんだ。『英雄に求められるのは腕だけじゃない』ってな」


 エルガーはほんの半月までディアン作の『断罪の時』が飾られていた場所を見つめる。


「武勇で優れることじゃない。身近で活躍していることじゃない。ただ純粋に、希望であればいいんだ。


『あの人が頑張ってくれているから大丈夫』ってな具合にな?」


 向き直ったその顔は、雨上がりの空のような、清々しい表情をしていた。








 ヴァールたちが冒険から帰還して、リーベを迎えに来たその瞬間からの冒険者活動は始まるのだ。だから彼女は日を重ねるごとに度を増してそわそわとしていたが、彼らは中々やって来ない。


 早く冒険に出たいと言う思いと、食堂の仕事を続けたいという思い。


 相反する2つの事柄に煩悶(はんもん)としている内に時間は流れ去り、遂にその時が訪れた。


「邪魔するぜ」


 ヴァールがドア枠に上体をねじ込みながら言う。続いてフェアとフロイデが屋内に入ってきた。彼らはいつもと違い、妙に余所余所しい雰囲気を醸しており、今日この瞬間が如何に特別であるのかを物語っていた。


「おじさん……」

「よう、迎えに来たぜ」


 彼はその大きな顔をリーベの両親であるエルガーとシェーンへ向ける。


「これからは俺たちの都合でリーベを連れ回すが、本当に良いんだな?」


 その問い掛けに両親は揃って閉口し、悲しげな目を娘に向ける。その儚い煌めきにリーベは胸が苦しくなって、目には涙が滲んできた。


「わ、わたし……」


 食堂への未練が急速に膨らんでいき、彼女の胸を押しつぶそうとする……だが、それでもりーべは存在になりたいと思っていた。街の人々を励まして、安心させてあげられる……そんな冒険者になりたかったのだ。


そのためにはまず、両親を安心させてあげないといけない。


 彼女は(すぼ)まろうとする唇を吊り上げ、笑みを作って見せる。


「――っ」


 エルガーは下唇を噛んで、シェーンは顔を覆った。


「……リーベを頼む…………!」

「ああ、任された」


 師弟は拳を突き合わせるとリーベを見る。


「頑張れよ、リーベ」

「うん……!」


 母へ目を向けると、涙ぐんだまま両手を広げた。リーベがその腕に収まると、震えた声が耳元にか細く響く。


「……お店の心配ならしなくていいから。あなたは、あなたのやるべきことを頑張りなさい……いいわね?」

「……うん。わたし、頑張るよ……!」


 強く抱擁を交わし……体を離すとリーベは2人を。そしてホールを見渡した。


 彼女の家であり、職場である。今まで、いろんな事があった。


 失敗したこともあったし、怖い客に当たったこともあった。でも、辛いことの何倍もの素敵な出来事があった。そのどれもが愛おしくて、他の何にも代えがたい思い出だった。


 そしてリーベは今日、この時を以て、この食堂を卒業するのだ。


「…………」


 ひょっとしたら何かの形で携わることもあるのかもしれない。だから別れは言わなかったが、それでも尚、寂しさが胸を圧していた。


「……っ!」


 リーベは思いを振り払って、新たな仲間たちに向き合う。


「……よろしくお願いします!」


 頭を下げると、3人は口々に彼女を歓迎してくれた。


「おう!」

「こちらこそ」

「……よろしく」


 ヴァールはドアの方を親指で指すという。


「これから鍛練に出るから、お前も来い」

「うん……!」


 短く答えるとリーベは2階に駆け上がり、慌ただしく身支度を整えてきた。


「中々サマになってるじゃねえか」

「よくお似合いです」


 彼女の冒険服姿を見るや、ヴァールとフェアは口々に褒めた。


「ふふ、ありがと」


 最後に両親の方を見る。


「それじゃ、行ってきます!」


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