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冒険姫リーベ ~英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!~  作者: 森丘どんぐり
第2章 旅立ちの時

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032 初めての野営

 今回の依頼についての話し合いが終わると、日を(また)ぐことなく出発となった。


 太陽は西の空へ沈みつつあって、あと2時間もすれば西側に(そび)える急峻(きゅうしゅん)の陰に隠れてしまうだろう。にも拘わらず出発することにリーベが疑問を抱かないはずがなかった。


「ねえおじさん。すぐ日が暮れちゃうんだから、明日出発にした方が良いんじゃない?」


 セロン村の南部に佇む隔壁へ向う道中、彼女が尋ねた。すると先頭を歩いていたヴァールが前方を見つめたまま淡々と答える。


「ここの狩人の脚で狩り場まで半日かかるらしいからな。体力のないお前を連れてちゃあ、その2割増しの時間が掛かるだろうよ」


 つまり、その差分を埋めるために今こうして歩いているということだ。


 リーベはその事実に不甲斐なさを感じずにはいられない。


「ご、ごめん……」

「こうなるのをわかりきってお前を弟子に取ったんだ。お前が謝ることじゃない」

「おじさん……」

「まあ、腑抜けたこと抜かしてりゃ、その限りじゃねえがな」

「むう……」

「つまり、今のあなたは立派と言うことですよ」


 フェアが笑うとヴァールはきまりが悪くなって頭をボリボリと掻いた。


「ヴァール、照れてる?」


 2番目を歩いていたフロイデが小さな頭を傾け、リーダーの顔を覗き込みながら問う。


「なわけねえだろ! ……それよか、こっからは自然界なんだ。気張っていけ」


 ことを有耶無耶にしようと発せられた言葉に前方を見やると、高さ5メートルほど石壁が眼前に迫っていた。


 それは村の南西と南東にある高台を結ぶようにして築かれており、街道と打つかる地点に青銅の重厚な門扉を備えていた。リーベの胸ほどの高さのところに太い(かんぬき)があり、ヴァールはそれを、まるで箒を扱うかのように軽々と引き抜いて、壁の足下に横たえた。それから門扉の左側1枚を両手で押し開く。



 ゴゴゴゴと金属と砂が擦れる重厚な音を耳にすると、リーベは途端に緊張してきた。するとフェアがいつもの穏やかな口調で励ましてくれる。


「大丈夫です。私たちがついていますから」

「は、はい……ありがとう、ございます」


 頼もしい限りだが、今回のターゲットと戦うのは自分なのだ。にも拘わらずこんな弱腰で良いのだろうか。


 彼女はそう思いつつも村の外へ出た。






 太陽が西の果てに達した。空が赤と青に塗り分けられ、浮かぶ雲は金色に染まる。そのきらびやかな情景とは裏腹に、地上は暗黒に染まりつつあった。一行は時間の許すギリギリまで歩き続け、ついに限界を迎えた。


「うし。ここで野営をするぞ」

「野営……」


(野営ってあれだよね? 空の下に拠点を作ってどうこうって言う……)


 冒険者になればいつしか経験するものだと覚悟していたが、屋根のない場所に眠るのはやはり不安になった。

 彼女が悶々とする一方、ヴァールは街道の真ん中で薪を組み重ねていった(薪は道中で集めたものだ)。


「何か手伝えることある?」

「じゃあ火をくれ」

「うん。わかった」


 リーベはスタッフを取り出すと、火の粉を薪の山に放った。


 火の粉は乾いた枝を喰らうかのように燃え広がり、程なくしてメラメラと炎をあげて燃え始めた。その温かな光に、パキパキと薪の爆ぜる音に、彼女の不安は幾分和らいでいった。


「ふう……温かい」

 寒いわけではないが、手を(かざ)して暖めていると、フェアが言う。


「ふふ、暖まるのも結構ですが、まずは食事にしましょう」


 彼が言う傍らでは既にフロイデが食事を始めていた。干し肉をグニグニと咀嚼しながら、遠い目をして言う。


「テルドルに帰りたい……」

「まだ初日だってのに気が早いヤツだ」


 そう言いながらも、ヴァールも同じ目をしていた。


 そんな様子を可笑しく思いつつも、リーベはビスケットをかじり始めた。


 その質素な味わいに、固い食感に。彼女は兄弟子と同じ感想を抱いた。ビスケットと共に温かな食事のありがたみを噛み締めている内、食事を終えた。


「ごちそうさまでしたっと――ねえ、これからどうするの?」


 手製の爪楊枝で歯を掃除していたヴァールに問い掛ける。


「野営の時はかわりばんこで見張りをするんだ」


 そう答えると、他の2人に呼び掛ける。


「最初は俺とリーベでやるから、お前らはいつも通り休んでろ」

「わかりました」

「うん」


 歯を掃除した後、フェアとフロイデは地面に毛布を敷いて、その上に横たわり、毛布の余りに包まった。


 その野性的な休み方に、リーベは乙女として忌避感を抱いてしまった。しかし彼女も冒険者。否むことは許されなかった。


「…………」


モヤモヤとしている内、フロイデは「くうくう」と可愛らしい寝息を立て始めた。一方でフェアは沈黙を貫いているが、毛布がゆっくりと上下していることから眠っているのがわかる。


 こうして起きているのはリーベとヴァールの2人きりになった。だから彼女はこの機会にと、不安を打ち明ける。


「……ねえおじさん」

「なんだ?」


 パチンと、薪が爆ぜた。


「あのね、お父さんが言ってたの。『ハイベックスはまだ早いと思う』って」

「そうか……」


 ヴァールは焚き火の世話をしながら続ける。


「確かに、アレは厄介な魔物だ。チョロチョロ動き回って、あっという間に距離を詰めてくる。師匠がそう言いたくなるのもわかる」

「じゃあどうして『お前でもやれる相手だから』なんて言ったの?」

「やれると思ったからだ」


 明快な答えだった。しかしそれだけに、不思議になる。


 エルガーの元で研鑽を積んだヴァールが、どうして師匠と違う尺度で物を見ているのだろうかと。 


 それを口にしようとした時、ヴァールは独り言ちるように付け加えた。


「……もしかしたら、俺には歪んで見えているのかもな」

「歪んで?」

「尊敬する師匠の娘だから。そんな理由で、実際よりも出来がよく見えてるのかもしんねえ」

「…………」

「実際にお前を見ているのはフェアだが、アイツも同じかもな」

「……じゃあわたしは、どうすればいいの」

「お前はどうしたい?」

「どうって……ううん…………」


 リーベは自分のような駆け出し魔法使いの身に余る存在であるならば、素直にフェアに任せるべきだと思った。それが例え彼の補助を受けながらであったとしても、危険が伴うのならやはり、避けるべきだろう。


(いや、そう言い出したら成長なんて出来ないよ。それに、そんな軟弱な自分じゃ、とてもテルドルのみんなの希望になんてない!)


「わたしは……戦いたい」


 勇気を奮い起こして、そう口にした。するとヴァールは真剣な口調で問いを重ねる。


「お前の手に負えねえ相手なのかもしんねえんだぞ? 本当に良いのか?」

「……うん。だって、だってはわたしは、冒険者なんだから……!」


 師匠の瞳を見据えて言うと、答えを得られぬまま、背けられてしまった。彼は一服するかわりに焚き火の世話をし、数秒の間を経てこう言った。


「お前がその気なら、俺たちはその意思を支えるだけだ――そうだろ?」


 ヴァールは明後日の方を見て言った。それをリーベは不思議に思って視線を追うと、その先には人影が。


「きゃ! ……なんだ、フェアさんですか」

「ふふ、驚かせてしまってすみません」

「起こしちゃいましたか?」

「いえ。そろそろ時間なので」

「あ、もうそんな時間ですか」


 辺りを見回すと、既に真っ暗で、思いのほか時間が経過していたのだと知らされる。


 その間、リーベの意識は師匠と自分の内面にだけ向けられていて、火の番も、辺りの警戒も、なにも出来ていなかったことに気付く。


(……こんな不器用じゃダメだ。もっと気を付けていかないと)


「話は戻りますが、ヴァールの言うとおりです。未熟者ですが、リーベさんの戦いを補助させていただきますので、どうぞ目標に集中してください」

「フェアさん……ありがとうございます。明日はきっと、勝って見せますから!」

「その意気だ」


 ヴァールが弟子の肩を叩いた時、フロイデがムニャムニャと寝言を発する。


「さかながいっぱい……」


 どうやら幸せな夢を見ているようで、3人は声を抑えて笑った。


「はあ……んじゃ、俺らは休むから、後は頼んだぞ」

「了解しました」

「お休みなさい」

「はい。お休みなさい」


 そうしてリーベとヴァールは毛布に包まり、横になった。


「ねえおじさん」

「……寝ろ」

「寝るからさ、また手、繋いでよ」

「ガキじゃねえんだぞ?」


 憎まれ口を叩きながらも、大きな手が差し伸べられる。

 リーベはその手から温もりと、師匠の偉大さを感じ、野営の不安が和らぐのだった。


「良い夢見ろよ?」

「うん……おやすみなさい。おじさん…………」


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