030 冒険の支度
冒険者カードは特殊な素材で出来ており、金属のように固く、木材のように軽かった。
エルガーはこれに対し、『火で炙ったくらいじゃへたれねえし、水に沈めても問題ねえ』と絶大な信頼を示した。
滑らかな表面には名前や出身などの情報に加え、冒険者等級と識別番号が彫り込まれている。この数字を見た時、リーベはようやく冒険者になれたと実感できた。
「おお……!」
灰白色のそれは、今のリーベにはまるで宝石のように輝いて見えた。
繁々と観察しているとサリーが微笑ましげに笑う。
「そちらはギルドで依頼を受ける他、各地での身分証にもなります。肌身離さず、なくさないようにお気を付けください」
なくしてはいけないものなのだと思うと、途端に重たく感じられた。
「わ、わかりました……」
「ふふ、手続きは以上となります。リーベちゃんの活躍を心より応援しています」
優しい言葉に送り出され、受付を離れるとエルガーは嘆くように独り言ちる。
「はあ……これでお前も冒険者か……」
「お父さん……」
リーベの半歩先を歩いていたエルガーは立ち止まり、振り返る。
その顔には苦しそうでありつつも、何処か清々しいものがあった。その感情がどういうものなのか、彼女には分かりそうで分からなかった。
「これからはヴァールの指示をよく聞いて、従うことだ。……いいな?」
「う、うん……おじさんの言う事は絶対だね」
「そうだ」
わしゃわしゃと娘の頭を撫でると、「次行くぞ」と促す。
依頼を受注していたヴァールたちに別れを告げ、今度は服屋にやって来た。
ここは労働者向けの服――つまりは汚れても良い丈夫な服を専門に扱っている店だ。そんな性質上、女性向けの衣服は少なかったが、確かにあった。
親子はここで厚手のブラウスとレギンスと毛皮のスカート、それに厚底ブーツと靴下を購入した。服は着替えもまとめて買ったが、とりわけ靴下は大量に買った。
「靴下こんなにいるの?」
「ああ。足を清潔にしねえやつから死んでいくんだ。お前も気をつけろよ?」
「うん」
そんなやり取りの後、次は防具屋に行くために、試着室で着替えてから移動する。
防具屋はスーザンの武器屋の隣に所在する。あちらと同様に入り口の斜め上に看板を吊るしてあり、そこにはそこには盾のシンボルが描かれている。
それを見上げた後、親子は入店する。
「こんにちは」
「おう、いらっしゃ――って! なんだその格好⁉」
店主のダニエルはリーベの姿に驚愕し、椅子を蹴って立ち上がった。
「はは……実はわたし、冒険者になったんです」
ここに来るまでに何度も同様の反応を見てきたため、彼女はすっかり慣れてしまっていた。
「マジか! いやいや、いつかこんな日が来るんじゃないかって思ってたぜ!」
「ほんとうか?」
エルガーが冗談めかして問うと、ダニエルは「おうとも!」と力強く胸を叩いた。しかし力が強すぎたのか、激しく噎せてしまう。
「ごほ! げほ!」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……だいじょ――げほ!」
(説得力がないけど……大丈夫ならいっか)
「はー、しっかし。リーベちゃんが冒険者になるなんてな」
正常な呼吸を取り戻したダニエルが、額に浮いた汗を拭いながら言う。
「ここ最近、嫌な話題ばかりだったから、励まされるよ。あんがとな」
その一言になんだか報われた気がして、リーベは早くも冒険者になって良かったと思った。
「い、いえ! まだ何もしてないですから!」
「それもそっか。んじゃ、何でもできるようにしてやらねえとな。サービスしてやるから、何でも好きなもんを選びな」
こうして防具選びが始まった――かと思えば、エルガーがテキパキと選んだために、すぐに終わってしまった。
選ばれたのは胸当て、肩当て、肘当て、すね当て。そしてグローブだった。
いずれも革製で軽量ながら丈夫な造りをしていて頼もしいことこの上ない。父の手を借りてこれらを纏うと、リーベは強くなった気がした。
「どうだ?」
父の言葉に答える事なく、その場で足踏みしたり、体を捻ったりして具合を確かめる。
「うーん……ちょっと重くて、窮屈な感じ」
「防具ってのはそういうもんだ。締め付けられる感じはないか?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そうか――ダニエル、これをくれ」
「ああ、8割でいいぞ」
ダニエルの厚意で安く買えたものの、それでも決して安い買い物ではなかった。
(防具ってこんなに高いんだ)
感心する一方で、急にこんな高い買い物をして大丈夫なのかと、娘は心配した。煩悶としつつ退店すると、父は娘の心を読み取った。
「金の事なら気にすんな」
「でも……」
「どうせ腐らす金なら娘の為に使いたいんだ。だから気にすんな」
「……うん、ありがと」
「んじゃ、帰るか」
「あれ? 武器は買わないの?」
「魔法杖のことは俺にはわかんねえからな。フェアが戻って来てからだ」
「あ、そっか……」
(ちょっと残念)
「荷物とかはどうするの?」
「リュックは俺が使ってたのがあるし、薬とかも一通り揃ってる。携帯食は出発前に買うとして……今はこれで十分だろう」
「そっか。じゃあ早く帰らないとね」
「ああ、シェーンも待たせちまってるからな」
リーベが今纏っているものはどれをとっても華やかとは言えないが、ドレスと同じくらい素敵なものに思えた。だからこの姿を一刻も早く母に見せたいと、無邪気に脚を速めるのだった。




