027 遺された者
この日エーアステは定休日であるがしかし、仕事が休みという訳ではない。この日は明日以降の営業に備えた準備期間なのだ。そういうわけで、一家総出で食堂の雑務をこなしていたのだが、昼食後、エルガーの提案によってリーベは暇を出された。
まだまだやれることはあったのだが、『たまには日光に当たっとけ』と言い渡され、追い出されてしまったのだ。
不承不承、その言葉に従うことにした彼女は去り際、母シェーンに『馬車と魔物には気を付けるのよ』と言われた。以前であれば『馬車には気をつけるのよ』だったのだが……
「はあ……日に当たっとけって言われてもな……」
用もなく外出するのはリーベ的には好ましくないことだったが、言いつけられてしまったのだから仕方ない。
独り言ちながら漫然と歩いていると、いつの間にか武器屋――スーザンの店の前にいた。
「あ」
呆然と店舗を見つめていると、古めかしいドアに張り紙がしてあるのに気付く。
『店主の不幸のため休業中。再開日時未定』
「……スーザンさん」
リーベは人伝に彼女の死を知っているだけで、死を確かめたのはこれが初めてだった。
この扉の先にもうスーザンはいない。その実感が苦しみを伴ってリーベの胸に滲んで行く中、彼女は自然と手を組み合わせ、黙祷を捧げていた。
それからしばらくして黙祷を辞めたその時、彼女の背後で酷く嗄れた声がした。
「おい」
振り返るとそこにはスーザンの夫であるダルがいた。彼は目に見えて憔悴しており、吐き出す酒臭い息には生気がなく、一緒に魂が漏れ出ていないか心配させられるほどであった。
「ダルさん……」
「俺の店になんかようか?」
「ああ、いえ……たまたま通りかかったというか、なんというか……」
「冷やかしなら帰ってくれ。俺はこれから武器の面倒をみなきゃなんねえんだからな」
ダルは無愛想に言うと解錠に掛かる。
その小さな背中は哀愁を湛えており、リーベはどうにも放っておけなくなった。
「あの!」
声を上げると落ちくぼんだ目がギロリと彼女を睨む。
「わ、わたしにもお手伝い、させてくれませんか?」
「素人に出来る事なんてあるか」
至極最もな言葉に閉口させられる。
どうしたものか考え倦ねているうちにダルはガチャリと解錠し、ドアが解放した。すると店内ではホコリが舞い上がり、それが入り口から差し込む陽光によって煌めく。
「…………っ!」
その光景に、ダルはもう妻がこの世にいないことを追認させられる。
「………………リーベ。お前から見て、スーザンはどんなヤツだった?」
咽び泣くような声にリーベは胸が締め付けられる心地がした。
「……明るくて、ハキハキしていて……お話ししていて、とても楽しい人でした」
声が喉に絡んでしまうが、どうにか言葉を、偽りのない心を伝える。するとダルは「そうか」と言い残して建物の中に消えた。そして内側からガチャリと、鍵を閉ざした。
彼女の父エルガーはダルを『無口だが情に厚いヤツだ』と評していた。
それは無論、身内に対しても言えることで、妻に対する愛情も深かったのだ。そしてそれはそのまま、深い悲しみとなって彼の胸を侵していった。
「…………」
その痛ましい様子にリーベは、自分がヘラクレーエを撃ち落としたことを、深く後悔させられた。そのことについて、エルガーは結果論だと言ってくれたがしかし、彼女は自分に罪がないとはどうしても思えなかった。
呆然と店舗を見つめていると、魔物のために涙を流す人はもっといるんじゃないかと、そんな考えが脳裏を過る。
(いる。絶対にいる。証拠はないけれど、わたしが知らないだけでそういう人は沢山いるんだ。わたしが安穏の暮らしている間にも、泣いている人は必ずいる。ダルさんもきっと、この扉の向こうで人知れず涙を流しているんだ)
「…………」
スーザンの店を後にし、当てもなく歩いていると、リーベはふと通行人が少ないことに気付いた。
(あんなことがあったんだから、仕方ないか)
納得した途端、まるで街が死んでしまったように思えて悲しくなる。
「…………」
お家に帰ろう。そう思って踵を返すと、曲がり角から人が飛び出してきた。
「きゃ!」
彼女は驚いて仰け反る中、反射的に目を固く瞑って衝撃に備えた。だが相手に手を取られたことで転倒を免れた。
「ふう……すみません」
ホッと息を吐き出しながら目を開くと、そこにはフロイデがいた。彼は丸い目を安堵に歪めつつ、訥々と問い掛けてくる。
「……ご、ごめん。大丈、夫?」
「あ、はい。お陰様で」
答えつつ手を離そうとしたが、彼の意外と固い手指が彼女の手を捕らえて放してくれなかった。
「手――」
「あ、ごめん……!」
彼は慌てて手を離すとそれを庇うかのように左手を重ね、彼女から目を背ける。
その恥じらう姿のいじらしいこと。リーベは久しぶりに笑った。
「ふふ……こんなところで合うなんて奇遇ですね」
尋ねると彼は用事を思い出して短い声を上げた。
「り、リーベちゃん、探してた、の」
「わたしを?」
「うん。お店に行っても、いなかったから……」
そう口にする彼の瞳には心配の色が滲んでおち、言わんとする事は容易に察せられた。それと同時にリーベの心はずんと重くなる。
「……もしかして、あの件で?」
「うん……武器屋のおばちゃん、死んじゃったって聞いて……それで……責任、感じてるんじゃないかって」
それまで伏し目がちだった彼だが、今度は覗き込むように目を合わせた。
「……大丈夫?」
彼の心配を受けたリーベは嘘でも『大丈夫です』と答えたかったが、やけに唇が重く、押し黙ってしまう。
「手伝って貰ったのはぼくだから……リーベちゃんは、その、責任はない、よ?」
「……心配してくれてありがとうございます。でも、わたしなら…………」
やはり、大丈夫の一言が言えなかった。微笑んで誤魔化すがしかし、彼の心配を強める結果となった。
「…………ごめんなさい。わたしはどうしても、自分が悪いように思えちゃって……」
「リーベちゃん……」
緊張とは真逆の弛みきった沈黙は彼女の感傷的になった心に絡みつくようで、彼女が気付いたときには不快感から逃れたい一心で、「おじさんたちは一緒じゃないんですか?」と尋ねていた。
「……2人なら、お店にいる、よ?」
「そうですか。じゃあ、帰りましょうか」
「用事、あったんじゃ……」
「いいえ。ただの散歩ですから」
そう答えるとリーベはフロイデと共に家に帰った。




