024 守護者たち
テルドルの中央区にある冒険者ギルド・テルドル支部。その一室では冒険者ギルドと騎士団の重役が顔をつきあわせて、今回の事件について話し合っている。その中ではエルガーは一般人に過ぎないのだが、例によって冒険者代表として顔を出していた。
重役たちは煙が好きで、会議室にはもうもうと紫煙が立ち籠めており、誰かが言葉を発する度にくるくると逆巻くのが見える。こんな不健康な環境では、良い話し合いなど出来るわけがない。
それを証明するかのように会議は紛糾し、責任の押し付け合いへと発展していた。
「…………」
エルガーは辟易しつつも、ひとまず腰を据えて耳を傾けていた。
「そもそも! テルドルの近郊に魔物の巣があることを黙認していたからこんな事になったんだ! この怠慢について、どう責任を取るつもりだ!」
騎士団長が唾をまき散らしながら言うと、ギルドマスターが反論する。
「冒険者はただ魔物を倒す職業じゃない! 人間界と自然界。互いが両立できるように最低限、手を加えねばならないのだ! 盗人の巣を取り除くのとはワケが違う!」
「定義に固執するあまり目先の脅威を見逃し、結果被害者が出た。これを怠慢と呼ばずになんと言う!」
「曲解はよしていただこうか! 第一、街の中を護るのは騎士団の務めではないのか? 貴殿の配下らが警邏を怠っていたから魔物の襲来に気づけなかったのだ!」
「それは侮辱か! 精強なる我が騎士団において、怠惰な者など1人たりともおらんわ!」
そうだそうだ、と同意する声が上がる。
「短期間に2度も襲撃をされておきながらどの口が言う!」
ギルド側からも同様だった。
……残念だが、これがテルドルの守護者たちの現状だ。
互いに落ち度を認められない……トップの未熟な性質が組織全体の病理となり、今になって表に出てきたのだ。だから遅かれ早かれ、いずれはこうなったんだ。
エルガーはフロイデのお陰で娘を喪わずに済んだが……それを実感すると『もしかしたらリーベもいなくなっていたのかもしれない』という可能性に思いが至り、怒りが湧いてきた。
(リーベの為に……街のみんなのために。そしてなにより、犠牲になったスーザンの為に、言うべきことは全部言ってやる!)
「黙れ!」
テーブルを殴り付けると卓上に並んだ4つのグラスが一斉に倒れる。
隣に並んでいるギルドの役員たちは慌てて膝を拭いだしたが、彼はそれを許さない。立ち上がり、自分に注目を集める――そして、街の人間の意思を伝えるために怒鳴りつける。
「お前ら! 俺たちは今、なんのために会議をしてるんだ!」
ギルドマスターに目を向けると、まごつきながら答える。
「それは……事件の要因となった事柄を洗い出すためで……」
「どうなんだ、騎士団長さんよ?」
「お、同じく……」
「そうか……俺にはどうも、無様に責任を押しつけ合ってる様にしか見えねえんだが? そこら辺、どうなんだよ?」
そう問い掛けると、一座はむっつりと押し黙った。
「ふざけんな! 俺らが護るべきはなんだ! 椅子か!」
返事はない。その事実が腹立たしいが、一周回って落ち着いてきた。
「……違うだろ? 俺らが護るべきはテルドルに住むヤツら全員だ。立場は違っても目的は同じはず。それなのになんで、こんな大事なときに手を取り合えねえんだよ」
彼は一同を見回した。
重役たちは叱られた子供みたいに憮然と俯いている。
それが情けなくて……スーザンに申し訳なくて…………エルガーは怒りも通り越して悲しくなった。目頭が熱くなり、顔を背けると、その胸の内を零す。
「お前らよりも……俺の娘の方が責任感じてるよ」
その言葉に一同がハッと振り返る。その全ての瞳が純朴な煌めきを帯びていた。
エルガーはそこに望みを見出して再度問う。
「…………もう一度聞く。俺たちは今、なんのために会議をしてるんだ?」
その問い掛けに誰もが立ち上がり、こう言った。
「市民を護るためです!」
掃除を終える頃には夕方になっていて、リーベとシェーンは夕食を作りながらエルガーの帰りを待っていた。
「お父さん、遅いね……」
「ええ。お昼も食べてないでしょうし、きっとお腹を空かせているわ」
「会議中、グウグウお腹鳴らしてたりして」
リーベが冗談を言うとシェーンはくすりと笑った。
「代わりにお水でお腹をいっぱいにしてるかもしれないわね?」
「はは! してそう!」
厨房が賑わう中、ホールでカランとカウベルが鳴る。
「ただいまー!」
エルガーのやけに元気な声がホールに満ちる。
「おかえりなさい」
呼び掛けると、彫りの深い顔がカウンター越しに厨房を覗き込んでくる。
「お、リーベ。母ちゃんの手伝いとは関心だな」
「ふふ、お父さんったら。わたしはいつもお手伝いしてるよ?」
「はは! そうだったな!」
短く笑うと、エルガーは意味深長な目線を妻に向ける。
「……そんで、今日はなんだ?」
「今晩はビーフシチューにしようと思います」
「お、久しぶりじゃねえか! こりゃ、食い出があるぜ!」
エルガーは何時にも増して元気だった。それが空元気であるのは、鈍いリーベにもすぐにわかった。
風呂屋から帰ってきて、表の戸を施錠するとエルガーは改まって言う。
「ちょっといいか?」
ランプに照らされたその顔は険しく歪んでいて、これからどんな言葉が発せられるか、リーベには容易に想像ができた。
それはまるで猶予を与えるかのようで、気付くとリーベは拳を握りしめて備えていた。
「……隠していても仕方ない。明日になれば自然と耳に入るだろうからな。今のうち言っておく」
悔しげに前置きを挟むとエルガーは告げる。
「今日の夕方、スーザンが遺体になって帰ってきた。遺体は酷くやられてて、ダルにさえ見せられない状態だった」
「……そう、なんだ」
(スーザンさん……ちょっと前まで、あんなに元気だったのに…………)
リーベが煩悶としていると、エルガーは続ける。
「ウワサするヤツも出てくるだろうが、そういう手合いは相手にしないことだ。いいな?」
「はい……」
「…………うん、わかった」
そう応じるとリーベは自室に下がった。
そっとドアを閉めた途端、糸が切れたように力が抜けた。
「…………」
脱力しつつも、どうにかベッドに辿り着くと倒れるように身を横たえる。
(やっぱり、スーザンさんは死んじゃったんだ……)
実感は湧かないが、父が言うのだから間違いはない。間違いは、ないのだ。
「うう……」
視界が滲む中、彼女は目の前に今朝、脱ぎ捨てたエプロンがあるのに気付いた。そのポケットは口がたるんでいて内部には昨日もらったチョコレートが見えた。
彼女はそれに手を伸ばすと頭上に掲げ、しばし見つめていた。赤色のオシャレな包装紙に包まれたそれは薄闇の中、ランプの明かりを受けて星のように煌めいている。
「…………」
むくりと身を起こし、包装紙を解く。
中から現れたチョコレートは円柱形で、上部にはブランドのものと思しき紋章が浮かんでいる。まるで封蝋のようだが、これは歴としたお菓子なのだ。
「……スーザンさん…………いただきます……!」
リーベはチョコを頬張る。
スプーンのような滑らかな舌触りのそれは、舌に乗せた瞬間からバターのように溶け始める。あめ玉のように長時間滞在してくれるワケではなく、ほろ苦くも甘い、独特の味を舌に焼き付けて消えてしまった。
「……すごく…………すごく、美味しかったです。ごちそうさまでした」
リーベは包装紙の皺を伸ばし、丁寧に折りたたんで小物入れに収めた。




