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冒険姫リーベ ~英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!~  作者: 森丘どんぐり
第1章 英雄の娘、冒険に出る

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020 いざ、未知の世界へ!

 体を揺さぶられ、夢の世界から転落してきたリーベは眠い目を擦りながら身を起こす。


 するとそこには父がいた。彫りの深い顔はランプの明かりを受けて色濃く影を落としていて、その物々しさに彼女は驚かされた。


「ひゃっ⁉ ……もお、びっくりさせないでよ」


ホッと胸を撫で下ろしていると、エルガーの張り詰めた声が降ってくる。


「そろそろ起きねえと、飯食う時間がなくなるぞ?」

「あ……うん。わかったよ」

「んじゃ、着替えたら下に来い」


 そう言い残すと彼は部屋を出て行った。1人取り残された彼女はランプを点け、ダンクを壁の方に向けると冒険用の服に着替えた。


「…………ダンク」


 リーベは親友を抱えるとギュッと抱きしめ、大きな頭の匂いを嗅いだ。


(もしかしたら、もう二度と会えないのかもしれない……)


 そんな恐ろしい想像を振り払うように、彼女は勢いよく顔を離した。


「お留守番、お願いね?」


 くりくりの瞳を見据えて言いつけると、狭い額にキスをした。






 時刻は4時半過ぎ。

 普段ならホールには誰もおらず、しゃべり声などしないだろう。あったとしても、エルガーがつまみ食いしようとして妻に怒られてるときくらいだ。


 だからこの時間に家族全員がホールに集まり、言葉を交わしているのはエーアステ一家にとって、大変異例なことなのだ。


「体調は大丈夫?」


 シェーンが心配を隠すことなく娘に問い掛ける。


「たっぷり寝たからね、元気満点だよ」


 リーベは自らの言葉を証明するべく、母が特別に用意してくれたトマト煮を掻き込んで見せる。しかし母の眉は垂れたままで、その口から出る言葉もやはり、か細いものだった。


「なら、良いんだけど……」

「まったく、シェーンは心配症だな」


 エルガーの言葉はいつも以上に陽気なトーンをしているがしかし、その気遣いは妻の繊細な心を一層不安なものにしてしまうのだった。


「…………母親ですもの」


 ぼそりと呟いただけの言葉が、いやに大きく響いた。それは沈黙を呼び込み、リーベの――一家の胸を重く圧していく。


「お母さん……」


 リーベにはもちろん子供はおらず、故に両親の心労は想像することしかできない。だが自分の娘が冒険者となり、これから魔物と戦いに行くとなっては、心穏やかでいられるわけがないとは自覚していた。


(でも……それでも、わたしは冒険者なんだ)


 例えどんなに心配されようとも、それを振り切って魔物に挑まなければならない。それは心配する側も、される側も、どちらにとっても辛い事なのだ。


 だからせめて、その心配が少しでも和らいでくれればいいのだが……そう思って言葉を足す。


「おじさんたちが一緒なんだから、大丈夫だよ」


 気休めの言葉に対し、母は(やつ)れた笑みを浮かべた。


「……そうね」


 一瞬の沈黙を経て、父が言う。


「ほら、さっさと食わねえとアイツらが来ちまうぞ?」

「あ、いけない!」


 リーベは慌てて食事を再開した。






「ふう……ごちそうさまでした」 


トマト煮を平らげた時、時刻は五時を回ろうとしていた。仲間たちは5時に迎えに来ると言っていたから、そろそろ到着するだろう。そんな緊張からリーベがそわそわしていると、皿を回収しながら父エルガーが問うてくる。


「忘れ物はねえか?」

「あ、うん。大丈夫だよ。手伝うよ」


 腰を浮かせるも「お前は休んでろ」と言われてしまった。父が厨房へ向う一方、ホールに残された母子の間には気まずい沈黙が流れた。


 このままではシェーンの不安が大きくなるのは明らかで、だからリーベは努めて穏やかに、なんてことない話題を振った。


「わたしが抜けてからお店はどう? ちゃんと回ってる?」

「ええ。お父さんが頑張ってくれてるお陰よ」

「そうなんだ」


(1人で給仕をするのは中々に大変なのに、さすがお父さん)


 何をやらせても優秀な父を誇らしく思う一方で、もう食堂には自分の居場所がないように思えてしまい、悲しくなった。すると母が娘の手を取り、子守歌のような優しい声で言う。


「リーベ。街のみんなのために冒険者になろうと思ったあなたは立派よ。でも、だからって無理をする事はないわ。頑張って頑張って、それでもダメだってなった時は、ここに戻っておいで。ここはあなたのお家なんだから」


その言葉は母としての優しさと個人的な願望が混合したものだった。


 それを人は本音という。


 シェーンの心からの言葉を聞けて、リーベの胸は温かい気持ちでいっぱいになった。


「……ありがと。どうしてもの時はそうするね――」


 ゴンゴン!


 不意に響いたノッカーの音に、リーベもシェーンもビクリと跳ね上がった。


 振り返るも、窓は鎧戸が閉められていて、外にいる人物が誰か知ることはできない。だがこの時間に彼らが訪れることをわたしたちは知っていた。


リーベはチラリと母を見ると、苦しそうに唇を噛み締めていた。


 しかし次の瞬間、意を決したように立ち上がると、娘に「準備をしなさい」と言い残し、自らはドアへと向った。


「はーい」



 呼び掛けながらドアを開放すると同時に、ホールには低音が響き渡る。

「よう、シェーン。リーベはいるか?」

「ええ――リーベ、ヴァールさんたちが迎えにいらしたわよ」


 シェーンが娘に振り向くと同時にヴァールが顔を覗かせた。


「あ、ちょっと待って!」


 慌てて荷物を抱えるとヴァールの方へ駆け寄る。


 表には彼以外にフェアとフロイデの姿があり、彼らは揃って旅装だった。それは彼女も同じであり、故に『これからみんなで一緒に冒険に出るんだ』と強く実感できた。


「お、おはよう、ございます……!」

「はは! なに固くなってんだよ!」


 ヴァールが笑う声にカーッと顔が熱くなる。


「お、来たか」


 皿洗いを終え、厨房から戻ってきたエルガーは弟子たちに挨拶すると改まって言う。


「リーベを頼んだぞ」

「ああ。擦り傷1つ許さねえから安心しな」


 ヴァールは頼もしげに言うと弟子を見て、母の方へ顎をしゃくった。

それを受けてリーベがシェーンを見やると、彼女目には不安の色だけが浮かんでいた。この場にヴァールたちがいなければ果てし無い不安感に涙していたことだろう。


 これほど繊細な心を持つ母に心労を負わせてしまうことに罪悪感が募るが、それでもリーベは行かなければならない。テルドルの希望になるために。


「……お母さん、お父さん。行ってきます…………!」


 精一杯の笑顔を繕って言うと、両親は不安を笑顔の陰に潜めて返答する。


「いってらっしゃい!」







ガラガラゴロゴロ……


 乾いた音を響かせながら車輪が石畳の上を転がっていく。

 日常的に耳にしていたこの音が、今はドラムロールのようにリーベの心をはやし立てる。立場が変わるだけでこうも感じ方が変わるとは、実に不思議だ。そんな不思議しかし、景色と共にすぐさま流れ去って行く。代わって彼女の胸にこみ上げたのは東門の果てに広がる未知の世界のことだった。


 御者の肩越しに前方を見ていると、東門が迫ってくる。


 馬車が停車すると、体が引っ張られて右側の壁面に頭を打つかる。


「いでっ!」

「止まるときは体が持ってかれるから気を付けろ」

「そ、そうなんだ……」


 ヴァールの言葉にそう答えると、彼は不思議そうに小さな目を丸くした。


「なんだ? 馬車は初めてか?」

「う、うん……今までテルドルから出たこともなかったから」


 素直に答えるとヴァールだけでなく、フェアとフロイデも不思議そうな顔をした。


「これは意外ですね。エルガーさんのことですし、あちこち連れ回していそうですが」

「はは……お店があるので」

「ああ、そうでしたね」


 フェアは若干の憐憫を滲ませて苦笑した。


 その隣ではフロイデが首を傾げている。


「退屈じゃない、の?」

「テルドルは広いですし、お客さんとお話できるので退屈はしなかったですね」

「へえ……」


 その時、(ほろ)を被っていない馬車の背面から門番のサイラスが顔を覗かせた。


「おはようございます――あれ、リーベちゃん? もしかしてこれから?」

「はい、初仕事なんです」

「そうなんだ。ヴァールさんたちと一緒なら大丈夫だろうけど、外は危ないから気を付けてね?」

「はい、ありがとうございます」


 会話をしながらも彼は馬車の中を舐め回すように点検していた。リーベにはよくわからなかったが、誰が通行したかを検めるのは門番の務めなのだ。


「異常なしっと」


 彼は駆け足で門に駆け寄ると、門扉を重たそうに押して開放した。


「どうぞ、お通りください」



 その言葉を受け、御者が手綱を振るって馬を進ませる。

 ガラゴロと一定のリズムを刻んでいた車輪が、不意にザリザリと砂を噛むような音を響かせる。リーベが街の外に出たんだという実感に囚われていると、ヴァールが彼女に「振り返してやれ」と後方を顎でしゃくる。


「え?」


 振返った先ではサイラスともう1人、外側の門番をしていたアランが彼女らに手を振ってくれていた。

 リーベは慌てて振り返しながら、声を張り上げる。


「いってきまーす!」






 街の外に出てしばらくが経った。


 当初は『速い速い!』『あ、練習場だ!』『見てみて! リスがいるよ!』と(はしゃ)いでいたリーベだが、次第に感動は薄れ、今では地面の感触をダイレクトに伝えてくる座面ばかりを気にしていた。


「うう、お尻が痛い……」


 クッションを持ってくるんだったと後悔していると、おじさんが言う。


「毛布でも敷いとけ」

「あ、その手があった!」


 リュックから毛布を取出すと、幾重にも折りたたんで尻の下に敷く。座面の位置が高くなり、若干不安定になるものの、代わりに尻が痛みから解放された。


「ふう……」


 一息つきつつも、余った部分をヴァールに差し出す。


「俺は大丈夫だ」

「え、痛くないの?」

「慣れてるからな」


(慣れるものなんだ……)


 感嘆としていると、対面に掛ける2人も座面に直接腰掛けているのに気付いた。


「フェアさんたちも敷かないんですか?」

「ええ。慣れてますから」

「へー……」


 その隣へ視線を向けると、フロイデは歯を食いしばっていた。


「な、慣れてる、から……」


 声を震わせながらそう言うと、ヴァールが声を上げて笑った。


「だはは! やせ我慢したところで、(かえ)ってマヌケに見えるのがオチだぞ?」

「むう……」


 彼は不服そうに唸りながらもそそくさと毛布を取出し尻の下に敷く。そんな姿がいじらしくて、リーベはつい笑ってしまった。  


「ふふ!」


 笑ったのも束の間、ジロリと睨まれた彼女は慌てて話題を転換する。


「あ、あはは……そうだ、これから行くライル村ってどんなところなの?」


 問い掛けるとヴァールは淡然と「牛が沢山いるな」と答える。


 テルドルでは家畜を飼うにしてもニワトリかウサギのいずれかだ。だから他の動物を見られるのだと思うと、彼女の胸は自然と高鳴った。 


「へえ……牛がいるんだ。ねえ、乳搾りやらせてもらえるかな?」


 期待を籠めて師匠を見やるも、「遠足じゃねえんだぞ」と一蹴される。


「むう……」

「ふふ、少しぐらい良いではありませんか?」


 リーベが剥れているとフェアが口添えをした。


「あのな、俺たちは仕事をしに行くんだぞ?」

「では終わってからなら良いでしょう」

「……好きにしろ」

「やったあ! フェアさん、ありがとうございます」

「いえいえ」


 彼が微笑む傍ら、フロイデが目を輝かせていた。


「搾りたて……!」

「飲めると良いですね」

「うん……!」


 弟子2人が笑みを交わしていると、御者さんが声をあげた。


「楽しんでるところ悪いが、馬に水を飲ませたいんだ。少し止めても良いかい?」

「ああ、構わねえよ」


 ヴァールが答えると、御者さんは「良かったな」と馬に呼び掛けた。


「んじゃ、止まるぞ」


 その声を聞いた次の瞬間、リーベはコテッと右隣の壁面に頭を打つけてしまった。


「……止まるときは体が持ってかれるから気を付けろ」


 それを言われるのは2回目だ。


「ご、ごめんなさい……」

『燥ぎすぎも良くないぞ』と、リーベは自分に言い聞かせた。


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