186 帰ってきたこの街で
一行が王都ホープに帰り着いたのはエクルヴィスを討伐した翌日の夕刻であった。
「お腹、空いた……」
時刻もあり、フロイデが空腹を訴える中、ヴァールが宥めすかすように言う。
「なあに。腹空かした分飯が美味くなるんだから今は我慢しとけ」
空腹は最高のスパイスとはよく言ったものだ。
「その為にもさっさと報告を済ませちまおうぜ」
そう言ってヴァールが前方へ視線を向けるとそこには冒険者ギルドがあった。ちょうどその時、大きな板チョコのような両開きのドアがの片方が開かれ、ブリッツたちが姿を見せる。
「うげっ!」
フロイデは今まで上げたことのないような声を上げてヴァールの大きな背中に隠れる。
しかし、ヴァールとフェアとリーベがいて、フロイデだけがいないはずがなく、ブリッツは彼を求めて駆け寄ってくるのだった。
「黒猫ちゃ~ん!」
ブリッツはヴァールの前までやって来ると両手を構え、彼の背後に隠れているフロイデを捕まえようとする。
「もう、そんな隠れなくてもいいじゃない」
「フシャー!」
替わらぬ2人の様子にリーベが呆れていると、遅れてブリッツの妹2人がやって来る。
「お疲れ様」
「お疲れ様ですわ」
フランメとラヴィーネが口々に挨拶をするとリーベたちは返した。
「フランメさんたちもいま帰ってきたところですか?」
「そうだよ」
「へえ、わたしたちも何です。ちなみに今回は何を倒したんですか?」
「ワイバーンだよ」
「ワイバーンっ⁉」
その魔物は凶暴な小型のドラゴンで、餓狼のような獰猛さと、猛禽の如き高い飛行の能力を併せ持つ恐ろしい魔物だ。
その知名度はカンプフベアにも比肩するものだが、あちらと違い、こちらは少年たちからは『かっこいい』と憧れの的となっていた。しかし女子であるリーベはそうではない。
「すごい! そんな大物を倒しちゃうなんて!」
リーベが目を輝かせているとラヴィーネがくすりと笑って言う。
「ふふ。地に落とされて藻掻く姿は最高でしたわ」
彼女は特段変なことを言おうとしたのではない。それをわかっている一同は揃って沈黙した。
「あら? どうかなさいましたか?」
「……いや」
「なんでもありませんよ」
ヴァールとフェアがため息交じりに言うとブリッツが「そうそう」と声を上げる。
「あなたたちも今終わってきたところなんでしょう?」
「ああ、そうだが」
「だったら今晩いっしょに食べない? 良いお店見つけたのよ」
「俺は構わねえが……」
ヴァールはチラリと背後に潜むフロイデを見やる。彼は相変わらず警戒しながらも、外食に惹かれていた。
「何食べる、の?」
するとブリッツは彼の好奇心を煽るように「それは行ってからのお楽しみよ?」と言う。
「うぬう……」
フロイデが黙考する中、彼女は外堀を埋めようとリーベへ目を向ける。
「あなたも帰ったばかりで料理するのは面倒でしょ?」
「面倒なんて。……まあ、大変なのはそうですが」
「じゃあ決まりね!」
決めると彼女は背中を向け、「それじゃ、六時にここに集合ね?」と言い残して妹共々自宅へ向けて歩き出した。
「……相変わらず、嵐みたいな人ですね」
フェアが苦笑するとリーベは笑うしかなかった。
ブリッツらと別れると一行は目的通り冒険者ギルドを訪れた。
夕刻ともなると利用者はまばらであり、普段3つ空いている受付の内、フィーリアのところしか開かれていなかった。その様子にリーベは今日も友達である彼女に会えると内心喜んでいた。
「リアちゃん。お疲れ様」
書類に目を落としていたフィーリアはハッと振り向き、人懐っこい笑みを浮かべた。
「あ、リーベちゃん。それにヴァールさんたちも、お疲れ様です」
「おう。仕事の途中で悪いが、依頼の報告をさせてくれ」
「わかりました」
彼女は書類をまとめ、達成報告を受けられる体勢を整える。
「エクルヴィスの討伐ですね――」
依頼書とギルドカードを受け取ると、彼女は受付の裏の棚に並ぶフォルダから本件についてまとめられたファイルを取り出し、中の書類にテキパキと記入していく。おっとりした彼女らしからぬ手際の良さに、リーベは「できる女」のオーラを感じた。
(凄いな~)
リーベは事務方の仕事の経験がなかったため、その尊敬の念は一層のものとなった。
感心する間にも手続きは終わり、リーベは自身のギルドカードを大事にしまい込みながら言う。
「凄いねリアちゃん。ベテランさんみたいだよ」
その呼び掛けるにフィーリアはきょとんと首を傾げた。
「何がですか?」
「お仕事だよ。わたし、書類仕事なんてやったらきっと頭が回っちゃうよ」
その言葉に彼女はくすりと笑った。
「リーベちゃんこそ。冒険者として魔物と戦うなんて、わたしには絶対無理ですよ」
一見すると世辞のように思えるこのやり取りであるが、両者は自分に向けられた言葉が純粋な賞賛であることを知っている。なぜなら2人は友達だから。
リーベは仕事の終えた達成感と、友人とお喋りできたことへの満足感とに高揚していたが、愛犬たちとの再会が拍車を掛ける。
「ただいまダンク~ボニー~!」
猫なで声で愛犬たちの前に屈み込む。
飼い主の帰りを待っていた忠犬2人はくりくりと丸い瞳を窓から差し込む西日に煌めかせていた。それがいっそう愛おしくてリーベは抱きしめようと両手を広げる。しかし、ハッと竦める。
彼女は今、冒険の装いをしていた。こんな汚い格好で抱き込めば、2人のモフリティを大きく損ねることになるだろう。そんなことあってはならないと、彼女は代わりに自分の膝を抱き込んだ。
そうして2人に目線を合わせると冒険のことを報告する。
「あのこわ~いチョキチョキ族はわたしが倒してきたから。もう安心して良いよ」
その言葉を聞くと2人は、天敵がいなくなったことへの安堵と飼い主への尊敬とにいっそう瞳を煌めかせる。その様子にリーベは大変満足していた。そんな中、しゃがみ込んだ彼女の背後からフロイデが呼び掛ける。
「リーベちゃん。早く片付けしないと、お風呂、行けないよ?」
彼はとうに装備を脱ぎ、装備の手入れに取り掛かっていた。しかしその目はこれから行われる入浴に対する忌避感に憂鬱だった。
「あっと、そうでした」
すくと立ち上がると彼女は右の肘当てのベルトを緩めながら愛犬たちに「また後でね」と言う。
取り外した装備は表面を柔らかな布で拭き、表面に薄く脂を塗る。革の装備はこうすることで表面のひび割れを防ぎ、長持ちさせられるのだ。
それに加え、だんだんと味な見た目になっていくため自然と愛着が湧いてくる。ダンクとボニーとは比べるべくもないが、彼女は購入当時以上にこの装備一式を大切に思うようになっていた。
「これでよしっと」
「それじゃ、行こっか」
着替えと手拭いを手にしたフロイデに促され、リーベも着替えをトートバッグに詰め、空いた手に入浴セットを抱える。
「お待たせしました」
彼女が言うと同時に一階からヴァールが「早くしろ~」と急かしてきた。
彼らを待たせてはいけないと、2人はそそくさと自室を去って行くのだった。




