185 朱い武人その②
「にゃああああああああっっっ!」
フロイデの全身全霊を籠めた一振りがエクルヴィスに残された最後の武器を切り落とす。
ずしんと重い音を響かせながら先端から地面に突き刺さったハサミ。魔物はそれを見ると絶叫を轟かせた。
それもそのはず。
武器を失うと言うことは狩りができなくなるというわけで、それは即ち死が決定づけられたということだ。例えザリガニとて恐怖を感じずにはいられまい。
「…………」
リーベはこの魔物が討伐されるに至った経緯を思い、胸を痛めたが、それでも手を緩める訳にはいかない。むしろこの哀れなザリガニを苦しみから解放してやるためにも、早急に介錯してやらねば。
彼女はそんな思いでソードロッドを握り直す。
狙うはがら空きになった胴体。その奥に収まる心臓だ。
「やああああ!」
裂帛の叫びとともに刺突を繰り出すが、思わぬ妨害が入る
「えっ⁉」
ザリガニの第二・第三胸脚が小さなハサミ状になっている。それがリーベのソードロッドの刃を挟み込み、防いでいたのだった。
リーベは胸脚の思わぬ機能に、そしてエクルヴィスの生への執着に驚かされた。
しかしこの小さなハサミはあくまで食事を補助する為のもので、ロングソードを破砕するほど剪断力は持たなかった。リーベは突き出した得物を引き戻すとエクルヴィスから距離を取る。
「まさか、あんなことができるなんて……」
「これじゃ、キリがない」
フロイデは肩で息をしながら言う。
エクルヴィスは重厚な外殻で身を守っている。その間隙を突いて斬撃を飛ばし、当てるというのは言葉にする以上に難しいことで、リーベもフロイデも、長期化した戦闘に神経をすり減らしていた。
「はあ……はあ…………」
リーベは敵が頑丈で戦闘が長期化した現状に、以前遭遇したハリガネムシの魔物、ワイヤーを思い出した。
するとその時、ラヴィーネと交わした会話が脳裏に蘇る。
『あの……』
『なんですか?』
『あのワイヤーって魔物、どうやったら倒せるんですか?』
『ああ、リーベ様はこれが初めてでしたわね。ワイヤーはとても強固で且つ柔軟な外皮を持っています。これを断つことは非常に困難ですわ』
『それじゃ――』
『ですが、何者にも弱点はあるものですわ。あの魔物は乾燥に弱いんですの』
『乾燥……ああ、だから湖に飛び込もうとしたんですね――』
(乾燥………そうだ!)
リーベはフェアの方へ振り返り、確認する。
「フェアさん! エクルヴィスって、エラで呼吸してるんですよね!」
すると彼は彼女の言わんとすることを察し、その隣で見守るヴァール共々微笑んだ。
「ええ。さすがにそろそろ息苦しくなってくる頃合いでしょう」
その答えを耳にするや、リーベは作戦を仲間に伝達する。
「フロイデさん! 今からエクルヴィスを窒息させますから、離れていてください」
「窒息……うん、わかった……!」
彼が魔物から距離を取るのを見送りつつ、リーベは入れ替わりで接近し、魔法を放つ。
「フレイム!」
ファイアが熱を閉じ込めた火球を放つ魔法であるのに対し、フレイムは火炎放射の魔法だ。
この魔法は日常的に火を点けるそれを応用しただけの簡単なものであるが、エクルヴィスにとっては効果覿面だった。
「シュウウウウウウウウウッッッッッ!」
轟々たる火炎はエクルヴィスを呑み込み、驚異的な速度で熱していく。
その中で彼が蓄えていた水分が蒸発し、エラによる呼吸を不可能にする。
「シュウ…………」
エクルヴィスが給水するべくのそのそと湖を目指すが、後方からフロイデが飛ばした斬撃によって左脚を切断され、転倒する。そうして細長い脚で藻掻き始め、それからおよそ10秒の間を経て沈黙した。
「……終わった」
深紅だった外殻は今や鮮やかな赤色に染まっており、赤熱した鉄の如く湯気を立てていた。
その様にリーベとフロイデ目を合わせ、ハイタッチをした。
そして脱力し、へたり込んだ。
「お疲れさん」
ヴァールが労いながら2人に水筒を差し出す。
「あ、ありがと……」
「喉、乾いた……」
2人は喉をごくごくと水を飲み干したところでヴァールが友呼びの笛を取り出す。
「それで、今日はどっちが吹くんだ?」
その一言に2人は目を見合わせたが、今回はフロイデが引いた。
「リーベちゃんが、吹いて」
「いいんですか?」
「前はぼくが吹いた、から」
口ではそう言うものの、その視線は友呼びの笛に釘付けだった。
その様子にリーベは若干の申し訳なさを抱きつつも、彼の厚意を受け入れた。
「それじゃ、遠慮なく」
ピイイイと甲高い音が響く。この音が王都まで届くとはにわかに信じがたいが、経験からして届くのは確かだ。それを不思議に思っていると、フロイデが盛大に腹を鳴らした。
「ふふ。ソキウスが来るまでの間に昼食を済ませてしまいましょうか」
フェアの言葉で昼食が始まった。
しかし昼食といっても美味しいものを食べる訳ではなく、石のように固いビスケットと血なまぐさい干し肉、この2つをどうにか胃に落とし込む作業でしかない。
しかも新たな魔物が襲ってこないか周囲を警戒しながらなので雰囲気も決して楽しいものではなかった。
(……美味しくない)
リーベがぐにぐにと干し肉を囓っていると、ビスケットを呑み込んだフェアが言う。
「しかしリーベさん。先ほどの機転は素晴らしかったですよ」
「本当ですか!」
「ええ。剣で仕留めることに拘泥せず、臨機応変に対応する。それこそ魔法剣士の戦い方でしょう」
「えへへ。そう褒められると照れちゃいますよ」
リーベがくすぐったがる中、フロイデが自分も褒めてもらいたいと小鼻を膨らませてアピールする。それに気付いたヴァールは鼻で小さく笑って褒める。
「お前もあそこで飛ばし斬りに切り替える判断は良かったぞ」
「むふーっ!」
そんなやり取りを交わす中1時間ほどが経過した。
すると街道の方からガラゴロと車輪の転がる音が聞こえてくる。その音にリーベの心はパッと華やぎ、反射的に立ち上がっていた。そうして音のした方を見やると、そこにはソキウスの姿があった。
白い長毛を風に靡かせる様は優美であったが、何よりリーベのモフリストとしての血を騒がせた。
「わあっ……!」
しかし忘れてはならない。ソキウスは繊細な魔物であることを。そしてこの個体が人懐っこいアデライドではなく、警戒心の強いエーリウスであることを。
「うぬぬ……!」
もふりたい衝動をグッと堪えているとエーリウスは立ち止まり、その背後から騎手である青年クルトが現れる。
「やあどうも。お待たせ致しました」
「なに。ちょうど昼を食い終わったとこだ」
「そうですか。では早速回収作業に移りますね――エーリウス」
「ウォン!」
利口なことにエーリウスはその場で180度転回し、荷車に魔物を積み込みやすい様にした。それから相棒によって荷車との接続を解かれると、何の指示もなしにエクルヴィスを持ち上げ、荷車に乗せた。
「わあ! お利口さん!」
キックホッパーの時も見た光景だが、犬好きな彼女としては感動せずにはいられなかった。
するとエーリウスの相棒であるクルトは得意げに鼻を擦りながら言う。
「へへ。エーリウスは賢いからね」
「んじゃ、エーリウスに退屈させねえようにさっさと縛り付けちまおうぜ」
「おっとそうでした。すみませんが、魔物を縛り付けるのを手伝ってもらってもいいですか?」
「おうよ」
ヴァールが歩み寄ろうとしたとき、フロイデが「ぼくがやる」と進み出る。
「ありがとう。ところでフロイデくん。もう具合は良いのかい?」
2人が最後に会ったのはキックホッパー討伐の時であり、当時フロイデはリーベの才能を前に悶々としていた。それがクルトの目には具合が悪いように映ったのだ。
「……うん。もう、大丈夫」
フロイデが苦々しく言うとクルトは詮索するまいと微笑む。
「それは良かった。それじゃ、お手伝い、お願いね」
「うん」
そうしてエクルヴィスを荷台にくくりつけるとクルトはエーリウスに乗って一足先に王都に帰っていった。
「んじゃ、俺たちも帰るか」
「そうですね――行きますよ」
フェアが弟子2人に呼び掛ける。
「あ、は~い」
リーベはリュックを背負って歩き出すが、フロイデが立ち尽くしているのに気付く。
「フロイデさん?」
「あ……うん」
気がついた彼は荷物を持って歩き出すが、リーベの前で立ち止まり、申し訳ない顔をして言う。
「リーベちゃん、あの時は、ごめん、ね?」
クルトとの会話で苦い記憶が呼び起こされたのだろうと悟るとリーベは微笑んで見せた。
「ふふ、もう済んだことなんですから。それより、早く帰らないと晩ご飯、食べられなくなっちゃいますよ」
「ご飯……!」
フロイデが目の色を変えた時、前方からヴァールが2人に呼び掛ける。
「何突っ立ってんだ?」
「あ、今行くよ! ――フロイデさん。行きましょ?」
「うん……!」




