181 魚釣りに行こう
朝の食卓にて、冒険者4人は今日の予定について話し合っていた。
「俺は――」
「筋トレでしょ?」
リーベがズバリ当てて見せるとヴァールは目を丸めた。
「何でわかる……⁉」
「いつもそれだからでしょう」
フェアはくすりと笑っていうと、料理をいっぱい頬に詰めたフロイデに問い掛ける。
「フロイデは今日は何をして過ごすのですか?」
「ももももっももも」
「まだ決まってないのですね」
「なんでわかるんですか……」
「ふふ。なんとなくです。それで、リーベさんはどこか行きたい場所などはありますか?」
「う~ん……今日はお家でゆっくりしようかな。フェアさんは?」
「私は釣りに出ようと思います」
すると口の中のものを呑み込んだフロイデが目を輝かせる。
「さかな!」
魚好きの彼としては見逃せない大イベントなのである。
「釣りって、フェアさんなんて釣りなんてやるんですか?」
「ええ。釣りは私の趣味の一つですから」
「へえ、ちょっと意外かも」
「こう見えてフェアは多趣味だからな」
ヴァールの言葉に関心を抱いたリーベはフェアに問い掛ける。
「他にはどんな趣味があるんですか?」
「そうですね……瞑想に的当て、読書に詩作、ピアノやヴァイオリン――」
どれも彼らしい優雅なものだなと感心していたリーベだが、続く言葉に背筋が凍りついた。
「そうそう、料理も私の趣味なんですよ」
料理という名の劇物を生成することが趣味だったと、はとリーベは恐怖した。そうして震えるリーベ余所に、フロイデが「ぼくも釣り、行く……!」と目を輝かせる。
「あ、じゃあわたしもついて行っても良いですか?」
「もちろん。せっかくですし、ヴァールもどうですか?」
「ううむ……ちまちましたもんは好きじゃねえが、みんなが行くならそうだな。俺も行くぜ」
「決まりですね。それじゃあ、食後少ししたら参りましょう」
「はーい」
そして食休みを終えたリーベたちは釣り道具一式をレンタルし、南門の外までやって来た。
王都ホープの南北にはテルドルから延びる川が流れており、水車を通じて動力として、日々の生活に活用されていた。そんな川の上流は絶好の釣りスポットとして知られていた。
「わたし、釣りをするの初めてなので楽しみです!」
「ふふ、それはよかった。きっと今日は天気も良いですし、良い体験ができるでしょう」
フェアの言葉に高揚しつつも、リーベは昼食の入ったバスケットを揺らさないよう、気を付けながら前方を見やる。そこには意気軒昂たる大小の背中が見えた。
「うし! いっぱい獲って、いっぱい食うぞ!」
「おお……!」
2人は晩の食卓を賑やかす為に張り切っていた。
(わたしも2人に負けられない……!)
「魚ってどの辺りにいるんですか?」
尋ねるとフェアは顎を摘まんで空を見上げる。
「そうですね……種類などにもよりますが、流れの穏やかな場所や、岩のような隠れ場所のあるところ。あとは水辺の草地とかですかね」
「ええと……つまり?」
「種類を選ばないのであれば、何処にでもいると思っていいでしょう」
「なるほど……それならわたしでも釣れるかも」
自分が大物を抱える姿を想像する。さすがにないかと思ったが、彼女にはビギナーズラックがある。可能性もなくはないだろう。
そんな野心を燃やしつつも、リーベはフェアの指導を受けることになった(初めてなのは彼女だけで、後の2人はそれぞれのスポットから釣り糸を垂らしていた)。
「それではまず、釣り糸の先に釣り針を付けますやり方は――」
リーベは裁縫はあまり得意ではなく、糸を結びつけるにはそれなりの時間を要した。だが、次なる課題に比べれば、これは圧倒的に容易いものだった。
「次に釣り餌をつけます」
「餌って……まさか虫じゃ……」
怖ず怖ずと問い掛けると、彼は微笑みながらミミズをつまみ上げる。
「その通りです。餌にも種類はありますが、一番手軽なものと言えば、やはりミミズでしょう」
「わ、わたし、虫はちょっと……」
「冒険者たるもの、虫を恐れるようではいけませんよ?」
「……はい」
恐る恐る手を差し出すと彼は笑顔でミミズを載せてきた。
すると冷たいものが手の上でうにょうにょとうごめく。
「うひいいっ⁉」
リーベはものすごい忌避感を覚え、反射的にミミズを放り投げてしまった。哀れなミミズはぽちゃんと音を立てて川に沈んでいった。
「……すみません。わたしにはちょっと、難しすぎます……」
「仕方ありませんね。餌は私が取り付けましょう」
そう言うとフェアは新しいミミズを捕り出し、容赦なく釣り針に突き刺していった。
「あの……フェアさん」
「なんでしょう」
「フェアさんって、昔、ミミズを飼っていたんですよね?」
「ええ、そうですよ?」
「その、ミミズを餌にして心が痛んだりとかしないんですか?」
問い掛けるも、彼は目の色一つ変えずに答える。
「ええ。この子たちはロザリーではありませんから」
「……結構、ドライなんですね」
リーベは釣りを舐めていた。
昼食を挟みつつ、場所を変えつつ。かれこれ3時間は糸を垂らしているものの、未だに釣果ゼロ。このままではいわゆる〝ボウズ〟になってしまう。
他の面々はというと、フェアは魚に好かれるのか、既にフナとコイを釣り上げている。そしてヴァールとフロイデのデコボココンビはリーベと同じだった。
「ふぁあ……釣れないなあ~」
フェアは『心を無にする事こそが釣りの神髄なんです』と言っていたが、リーベにはそんな、極東の修行僧みたいな事は出来そうにない。
ぼんやりと浮きを眺めていると眠くなってきた。
うつらうつらしていると、くいくいと、手を引かれる感覚がした。
「ん――ああ!」
浮きが沈み、糸巻きに絡めた糸が引っ張られてている。魚が掛かっているのだ!
「ふぇ、フェアさん!」
叫ぶと彼はすぐに駆けつけてくれた。
「どうすれば良いんですか⁉」
彼が釣っているところは見ていたが、この土壇場になってすっかり忘れてしまった。
「まずはしっかり竿を握ります」
と、彼女の背後から竿を握ってくれた。これでひとまずリーベが川に引きずり込まれる事は無くなった。ホッと一息をついていると、フェアはいつになく無邪気に説明する。
「むやみに糸を手繰ってはなりません。竿に意識を集め、引かれる力が弱まったタイミングで糸巻きに絡めるんです」
「や、やってみます!」
呼吸を整え……今!
たぐり寄せた分を手早く巻き、次に備える……これを何度も繰り返す内、川面に魚影が映った。目に見えるそれは屈折して映る為、素直な大きさはわからない。しかしフェアが言うにはなかなかの大物らしい。
「んしょ……! んしょ……!」
格闘することしばらく、ザパァン! という水音と共に、遂にその全容が明らかとなった。
コイを一回り小さくしたようなこの魚は――
「ふ、フナだ!」
「なんと立派な……!」
「こ、これ、どうすれば……」
「私が針を外しますので、ひとまずは岸へ」
フェアの手を借りてフナを桶に収めると、リーベホッと胸を撫で下ろした。
「ふう……助かりました。ありがとうございます」
「どう致しまして。しかし、これほど立派なフナ、私も初めて見ました」
「え、本当ですか? ……ビギナーズラックって本当にあるんだ」
「ふふ! これを見せられては、否定の余地もありませんね!」
と、そこへヴァールとフロイデがやって来る。
「リーベめ! 抜け駆けでこんな大物釣りやがって!」
「ふふん! ビギナーズラックがあるからね!」
胸を張るとヴァールは悔しげにフロイデの方を見る。
「くっそー! おいフロイデ! こうなったらアレをやるぞ!」
「うん……!」
何をするのかと見守っていると、ヴァールはなんと、服が濡れるのも厭わずに川に踏み込んでいったのだ。そうして太ももの辺りまで水に浸かると中腰になり、対岸側の腕を持ち上げる。
「むう……だりゃああ!」
その豪腕が川面を叩く。
派手に飛沫が上がった次の瞬間、なんとコイが宙を舞っていた。
「ええええっ⁉」
クマみたい、と思ったのも束の間。宙を舞っていたコイは放物線を描き、川岸へ落ちていく。 このままではせっかくのコイ地面に叩き付けられると思ったその時、フロイデがどら猫の如く駆けつけ、跳躍する。
「にゃあ!」
サッとキャッチすると、2人は揃ってドヤ顔をリーベたちに向けて来る。
「はは…………」
「まったく……」
リーベが苦笑する一方、フェアは嘆かわしいとばかりに頭を抱えるのだった。




