172 黒線
ギガマンティスの体を食い破って現れた奇怪な魔物にリーベは慄き、数歩下がった。
そんな中、両者の間にブリッツが槍を手に割って入る。
「この子はアタシとフランでやるから! あなたはラヴィのところへ行きなさい!」
そう言うと彼女は魔物の口内へ槍の穂先を引っ掛け、湖とは反対方向へ背負い投げた。するとギガマンティスの体から黒く長い、蛇のような体がぬるりと抜け出す。
「うへええ……」
その見た目の悍ましさにリーベが声を漏らす中、「なにしてんの!」とブリッツが叫ぶ。
その声にハッとしてリーベは水際に佇む魔法使いの元へ急ぐ。
「ラヴィーネさん!」
「ああ、リーベ様。さっきは凄い戦いぶりでしたけど、怪我とかは――」
「ありません! それよりアレは何なんですか!」
大蛇のように長い胴体を持つ黒い怪物を指さしながら言う。
すると彼女は天気の話をするかのような穏やかな調子で問い返してくる。
「ハリガネムシってご存じ?」
「え? あ、いえ……」
「ハリガネムシというのは奇妙な生態を持っていて、水中で生まれ、水生昆虫に捕食されることで寄生し、そこからさらにカマキリなどの肉食昆虫に乗り換えますの。そうして成虫になると宿主を洗脳し、水辺へ誘い込むんですわ」
「え、じゃあそれの魔物版がアレですか」
「その通りですわ。アレは『ワイヤー』と言いますの」
「わいやー?」
変わった名前だなと視線を戻すと、今まさに激戦が繰り広げられていた。
ワイヤーはその小さな顔と尻をまるで槍のように鋭く繰り出し、外敵を打ち砕こうとしている。そんな脅威を相手にブリッツとフランメはそれぞれの得物を振るい、剣戟を演じていた。その際、ガキンガキンと金属をぶつけ合うような甲高い音が響いているのがリーベにとって不思議でならない。
「あの、ワイヤーって堅いんですか?」
「ええ。自分の意思で堅さを変えられるんですわよ」
「へえ……カナバミスライムみたい…………」
思ったことをそのまま口に出すと、ラヴィーネは不思議そうな声を上げる。
「あら? カナバミを知っていますの?」
「あ、はい。テルドルで戦ったので」
「まあ!」
そんなやり取りをしてる間にも戦闘は推移しており、ワイヤーがブリッツの周囲でとぐろを巻き、絞め殺そうとしていた。
しかし彼女は事も無げに回避を図る。
槍の石突きを地面に突き立て、その勢いに体を持ち上げ高く飛び上がり、長身を優美に操り、まるで半月を描くような動作を経て拘束から脱する。
「…………」
その曲芸じみた回避方法に、そしてそれを戦場で実行する胆力に、リーベは大いに驚かされ、感嘆は言葉にもならなかった。
「あれがお姉様の戦い方ですわ」
「……なんていうか、派手ですね」
「ふふ。お父様譲りですのよ?」
ブリッツの父である『ランツェ師匠』はリーベの父、エルガーの師匠である。しかし両者の戦い方は大きく異なっているようで、リーベはランツェ師匠がどんな人物なのかますます気になっていった。
視線を戻すブリッツの捕縛に失敗したワイヤーがリーベたちの元へ――いや、違う。彼女らを襲おうとしてるのではない。湖に逃れようとしているのだ。
「ラヴィ!」
「ラヴィちゃん!」
「お任せくださいまし――ガイア!」
仲間たちの声を受け、ラヴィーネはスタッフの石突きで地面をトンと叩く。するとフェアの時と同様に地面が土壁となって屹立し、ワイヤーの逃走を阻んだ。
魔物は障害物を迂回しようとするも、続々と壁が連なり、むしろ湖から遠ざかっていく。ワイヤーが壁の際へ急ぐその様はどこか苛立たしげで、リーベはちょっぴり可哀想に思えてきた。
その一方――
「うふふ……もっと無様に這い回るんですわ!」
ラヴィーネは嗜虐的な笑みを浮かべ、ワイヤーを弄んでいた。
「ええ……」
自分たちが圧倒的優位に立っているのは確かだが、それでも戦闘中に遊ぶだなんてと、リーベは困惑した。
「ラヴィ、遊ばない!」
姉の叱責にラヴィーネは退屈そうに口先を尖らせる。
「もう、仕方ないですわね」
彼女がトンと、再度スタッフで地面を突くと、今度は壁でなく、柱が飛び出してきた。それはワイヤーの長い胴体を捕らえ、剣士2人の待つ湖畔へと放り出した。
ドシンと見た目以上に重厚な音が響くや、ワイヤーは頭を湖の方へ向けようとする。しかしブリッツの槍が口内に突き刺さり、彼女の方を無理矢理向かされる。
「あなたの相手はアタシよ!」
彼女の声に呼応するように、顔と尻の両端が彼女の方へ向けられ、その2つがまるで殴りかかるようにで襲いかかる。
しかしブリッツは見事な槍捌きで猛攻を凌ぐ――いや、むしろ押してさえいる。
「す、凄い……」
一方、相手を失ったフランメはと言うと、長い胴体のたるんだ部分を踏みつけ、押さえ込んでいた。
それに一体どんな効果があるのか、リーベには知れないが、それはそれとして、リーベは隣にいる怖い人に問い掛けずにいられなかった。
「あの……」
「なんですか?」
「あのワイヤーって魔物、どうやったら倒せるんですか?」
「ああ、リーベ様はこれが初めてでしたわね。ワイヤーはとても強固で且つ柔軟な外皮を持っています。これを断つことは非常に困難ですわ」
「それじゃ――」
「ですが、何者にも弱点はあるものですわ。あの魔物は乾燥に弱いんですの」
「乾燥……ああ、だから湖に飛び込もうとしたんですね」
「その通りですわ。ですがそろそろ限界でしょう――ほら、ご覧くださいまし」
彼女の綺麗な指が指し示す先には、攻撃のキレを失いながらも尚、攻撃をし続けるワイヤーの姿があった。
「あ、弱ってる」
「あと1分も持たないでしょうね」
彼女がそう口にしたまさにその時、ワイヤーは力を失い、まるで縄を落とした時のようにだらんと地面に倒れ込んだ。




