169 女豹ブリッツ
馬車馬は轡を北に向け前進していた。途中、前々回に訪れたアリアン村を横切ると、たまたま外出していた村長と目が合い、リーベと親しく手を振り合った。
それからも馬車は北進を続け、夕刻に差し掛かった頃、レノン村という農村にたどり着いた。農地ではジャガイモなどを育てており、日が傾いてきて尚も村人は大忙しだった。そんな働き者の農家たちに畏敬を抱きつつ、リーベは馬車を降りた。
靴底が砂を噛むザリッとした感触に旅の終わりを知らされるようで、体に疲労感がじんわりと広がる。そんな中、彼女の脇ではブリッツが上体を反らして大きく伸び上がっていた。
「んー! やっと着いたわ!」
「これから村長さんにお話を聞きに行くんですよね?」
「ええ。でもその前に、宿に荷物とか鎧とかを置いてきましょ」
その言葉に従い宿を経由してから村長宅にやって来た。
レノン村の村長は線の細い初老の男性で、やって来た冒険者が女性4人組ということに驚きつつも、誠意を欠くことなく、真摯に応対した。
そんな彼によると、レノン村から北へ行き、三叉路を右に行って馬車で半時間ほど進ませた地点から森が広がっており、そこから林道を抜けて近道をしようとした村人がギガマンティスを目撃したのだという。
街道上で魔物に遭遇したというのはありふれた問題であるがしかし、ここからが違った。
ギガマンティスは第四級危険種に分類されている魔物で、その定義は『人間に害を加える事に消極的で、高い戦闘能力を有する』というものだ。この定義に当てはめれば、ギガマンティスはキックホッパーと同様に、人間側から害を加えない限り襲っては来ないのだ。
にも関わらずギガマンティスは襲いかかってきたのだという。
「気が立ってたのかな」
リーベが素直な所感を口に出す傍ら、ブリッツは意味深な事を問い掛ける。
「その子、お腹が膨れてなかったかしら?」
すると村長は思い当たる節があったようで、短い声を上げる。
「そういえば彼は『アイツは太ってから、余計に腹を空かしてたのかも』と言っていました」
それを聞くとフランメが「姉さん。やっぱり」と姉に呼び掛ける。
「ええ。『腹を空かしてたのかも』、ね。ふふ、わかったわ」
「自分はどうにも、これが何か大きな事件の前触れなんじゃないかって不安で不安で……いやあ、情けなくて申し訳ない」
村長は俯き、額に浮いた汗を手拭いで吸収する。
「心配には及びませんわ」
ラヴィーネの言葉に彼は顔を上げる。
「本当ですか?」
「ええ。農作物に虫がたかるくらいありふれた問題ですわ」
「そうですか」
彼が安堵のため息をつく中、ブリッツは微笑んで言う。
「ふふ。だから今夜は安心してお休みなさい。それじゃ、失礼するわね?」
「はい、ありがとうございました。それと、どうかお気をつけて」
真心の籠もった言葉に送り出されるとリーベたちは宿へ戻り食事をした。
夕食を終えると一行は風呂屋にやって来た。村の規模からして施設は大きくはなく、脱衣所では利用者たちがぎゅうぎゅう詰めになりながら脱衣を進めていた。
リーベはスカートを脱ぎ、ブラウスのボタンを外したがその時、隣から熱烈な視線を感じた。振り向くと、ブリッツが野獣のように眼光鋭く彼女のスラっとした肢体を舐めまわすように見つめていた。
「きゃっ! ぶ、ブリッツさん! そんなに見ないでくださいよ!」
「ああ、アタシのことは気にしないで良いから――」
「気にしますよ! そんなに見られた脱げませんよ! ていうか、ブリッツさんは脱ぎ終わってるんですからお風呂に行ってください!」
リーベはブリッツの豊満な胸を気にしながらそう言った。しかし、拒絶の言葉が彼女の獣欲を駆り立ててしまう。
「もう、照れちゃって! ふふ、だったら脱ぐ手伝ってあげるわ」
そう言うとブリッツはリーベの後ろに回り、彼女の両手にブラウスの前を開けようとする。
「だったらって何ですか!」
「ほら、抵抗しないの!」
「い、いやああっ!」
そうして2人が争っていると、フランメが「姉さん」と呼び掛ける。
するとブリッツの手がピタリと止まる。
「なによ、今良いところなのに!」
「もう少し回りを気にしてくださいまし」
ラヴィーネがため息交じりに言うと、ブリッツとリーベは周りを見た。
ここは風呂屋の脱衣所であり、無論、レノン村の女性たちがみんな利用している。そんな中、彼女らの争いは格好の見世物だった。
「あ、ああ……!」
リーベは羞恥心と憤りがぐらぐらと煮え上がり、この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。だが風呂に入らないわけにも行かない。そこで彼女が取った行動は、ブリッツの手を振り払い、さっさと入浴を済ませることだった。




