166 リーベ、連れ去られる
この日は快晴であり、リーベは清々しい気分で今日の訓練を迎える……はずだった。
彼女はブリッツに興味を持たれてしまい、彼女とその妹2人が今日の訓練を見学することになったのだ。
リーベがヴァールと組み打ちをしている間、彼女らの鋭い視線が絶えずリーベに向けられていて、やりづらいことこの上ない。
そんなこんなで組み打ちを終えたリーベは小休止を取っていた。体が火照っている時の水は高級なジュースよりも美味しい。それを頻繁に味わえるというのだから、冒険者は素晴らしいものだと、そんな他愛もない考えに浸っていると、リーベの手元に影が掛かる。
不思議に思って仰ぎ見るとそこブリッツがいた。
リーベは若干の恐れを抱きつつも、用向きを問う。
「……あの、どうかしましたか?」
「あなた、中々筋が良いわね。どう? アタシと模擬戦してみない?」
「模擬戦……ですか」
「もちろん手加減はするし、怪我もさせないわ。どうかしら?」
「でもわたし、昨日打ち込みを始めたばかりなので……」
助けを求めてチラリとヴァールを見やとる、「そうだな。やって損は無いだろう」と彼は肯定した。そのことを意外に思いつつも、リーベは仕方ないと木剣を握り、立ち上がる。
するとそこにフェアとフロイデがやって来てギャラリーが増えた。
リーベは緊張しつつもブリッツの前に立ち、剣を構え、そして彼女の琥珀色の瞳を見据える。
「ふーん。中々いい眼をしているわね? さあ、どこからでもいらっしゃい」
得意そうに言うその姿に、リーベは彼女の鼻を明かしてやろうという気になった。
柄を握る手に力を込め、駆け寄る。
「たあああああ!」
右脚の踏み込みと共に縦切りを繰り出す。渾身の一振りであったがしかし、彼女はホコリでも払うかのように容易くパリィして見せた。
「ふん! 今度はこっちから行くわよ!」
そう言うと彼女は大ぶりな動作で縦切りを繰り出す。その動作を見てリーベは咄嗟に剣を頭上に構えた。その際、衝撃を逃がすように切っ先を柄よりも低いところに据えるのも忘れなかった。
そうして縦切りを凌いだリーベだが、彼女が刺突の姿勢に入っているのを見ると咄嗟に上体を捻った。直後、目にも留まらぬ早さで切っ先が襲い来る。
「くっ……!」
(手加減してくれんじゃないの……!)
「てやああ!」
上体の捻りを解放しながら横切りを放つが、ブリッツは既に射程を出ており、盛大に空振ってしまう。
「はあ、はあ……」
息を荒げながら相手を睨むも、、彼女はすでに険を取り払い、元の磊落とした顔に戻っていた。模擬戦はこれでおしまいということだ。
「ふう……」
ブリッツはため息をつくとリーベの師匠に向けて問う。
「ねえヴァール。この子ほんとに組み打ち始めたばかりなの?」
「ああ。それどころか、剣を握ったのも半月前だぜ」
彼が得意げに言うと、彼女は丸くした目をリーベに向けた。
「驚いたわ……荒削りだけども動きはこなれているし、勘も冴えてる……やっぱりエルガーの娘ね」
「あ、ありがとうございます……」
褒めちぎられた彼女は面映ゆい思いで視線を背ける。するとフロイデさんと目が合う。その瞳は以前のような妬心が感じられず、仲間を賞賛する純粋な煌めきを宿していた。そのことにホッとため息をついていると、ブリッツさんがにわかに言う。
「気に入ったわ。ねえリーベちゃん。1回だけで良いから、アタシたちと冒険に出ない?」
「え? で、でも……」
(ブリッツさんと一緒にいたら危ないよ……)
助けを求めてヴァールを見やると、彼は弟子と同じ不安を抱えてブリッツに問う。
「妙なことしねえよな?」
「しないわよ。黒猫ちゃんが先だもん」
そう言うと彼女はフロイデ目掛けて投げキッスを放つ。
「ん~ちゅっ!」
すると彼はぞくりと身を震わせ、フェアの背後に避難する。
「フシャーッ!」
そんなやり取りはさておき、リーベは自分がどうなるのか、ヴァールに問う。
「ねえ、おじさん。結局どうするの?」
すると彼は目を瞑って逡巡した後答える。
「他の連中と組むのも学びになるからな。いいんじゃねえの? まあどうしても嫌ならいかねえでも良いぞ」
「い、嫌って訳じゃ……」
「じゃあ決まりね!」
ブリッツがリーベを抱き寄せる。するとその大きな胸が彼女の顔を覆い、空気の供給を絶った。
「も、もごご……!」
「あら、ごめんなさいね?」
そうして開放されるとリーベは両肩を激しく上下しながら空気を取り込んだ。
「はあ、はあ……」
「んじゃ、早速依頼を受けに行くわよ!」
そういうとブリッツはリーベの手を引いてぐんぐんと東門へ向かっていった。
去り際、リーベは後方で佇む仲間たちに救いを求めて視線を投げかけるも、呼び戻す声はなかった。




