165 三人の女傑
「え?」
女性は切れ長の目を不思議そうに丸め、リーベを見る。程なくして彼女が何者か察して短い声を上げる。
「ああ、エルガーのとこの! まさかあなたまで冒険者になったの?」
「あ、はい。そうです」
リーベたちがやり取りをしていると彼女の背後でフロイデ怖ず怖ずと問う。
「出禁って?」
「それはですね、この人はお母さんの前で、お父さんを誘惑したんです!」
思い出されるのは5年前のある日。当時まだ冒険者だったエルガーは、それでも冒険のない日は店を手伝っていて、リーベと共に一緒にホールで働いていたのだ。
そんな折、彼女は訪れた。
大きな胸を見せびらかすような大胆な格好をしていた彼女は、それを使ってエルガーに迫ったのだ。
それで彼の妻であるシェーンと睨み合いに発展したものの、エルガーが『俺は胸の薄い女にしか興味がない!』と断言したことで事なきを得たのだった……その発言が別の問題の火種となったのは言うまでもない。
「そ、そんなことが……」
「ブリッツ……人の伴侶に迫るのは行けないと何度も言ったでしょう?」
フェアが呆れて言うと、ブリッツは彼女は退屈そうな声を上げる。
「えー、ちょっと揶揄うくらい良いじゃない」
「良いわけあるか!」
ヴァールが叫んだ時、馬車の荷台からさらに2人の女性が降りた。
そして馬車が去った。
1人はブリッツよりかは背が低いが、それでも長身な女性で、見事な黒髪と、なぜ着けているのか、無愛想な鉄仮面がリーベには印象的だった。また、腰部には剣を帯び、手には長大な槍持っており、騎士のような風格を醸している。
もう1人は比較的小柄で、麗しく長い金髪と空のように青い瞳に気品が滲んでいる。ふと風が吹くと、彼女は淑やかな仕草で前髪を抑える。その女性的な仕草はこの面々の中では異質だった。その手にスタッフがあり、彼女が魔法使いであることを示していた。
「……姉さん、人を揶揄うのはだめ」
「フランの言うとおりですわ」
お嬢様口調の彼女はリーベに歩み寄ると、「お姉様がどうも失礼致しました」と丁重に詫びを述べる。
「あ、いえ……」
混沌とした空気の中、リーベは今更になって彼女らが何者なのか気になった。
「お、おじさん。この人たちは?」
「ああ。デカい順にブリッツ、フランメ、ラヴィーネだ。こいつらは全員、師匠の師匠の娘だ」
「お父さんの師匠? それに姉妹って……あんまり似てないって言うか、なんというか……」
「だってアタシたち、腹違いの姉妹だもの」
「え?」
「お母さんが4人いる」
フランメにラヴィーネが続く。
「一夫多妻、ですわね」
「へ、へえ……」
(もしかしてもう1人いるんじゃ……)
リーベが予想する傍ら、ヴァールが苦笑気味に言う。
「ランツェ師匠は女好きだからな」
「そ、そうなんだ……」
「ところで、エルガーたちは元気にしてるの?」
ブリッツが問う。
「は、はい……元気ですよ?」
「冒険は?」
「ちょっと前に1人でカンプフベアを倒したみたいなんですけど、それを最後に引退しちゃいました」
「へえ、まだまだ戦えるのにもったいないわね」
率直な感想を述べる彼女に、リーベは問い返す。
「あの、ブリッツさんたちは今日、何を倒してきたんですか?」
すると彼女はフランメから槍を受け取りながら、得意げに言う。
「ふふ、そのカンプフベアよ」
「ええ⁉ すごい!」
カンプフベアといえば、数多の畏怖をその身に受けてきた魔物だ。それを彼女らが倒したとあっては、同じ女性として、喜ばしく思わないではいられなかった。
「ふふ、技を教えて欲しいなら、今からでも教えて上げるけど?」
彼女はそう言うが、その目には男女問わず貪ろうという獣性が垣間見えて、リーベはすんでの所で思い留まる。
「い、いえ、結構です……」
「残念ね。まあ、気が変わったらいつでもいらっしゃい」
「は、はい……」
リーベは絶対に行くもんかと心に決めるのだった。
それから2組は足並みを揃えて街中へ入り、中央広場までやって来る。
「んじゃ、アタシたちは報告があるから」
「おう。じゃあな」
ブリッツらと別れるとリーベたちは入浴を済ませる。そうして汗を流してからリーベは夕食の支度に掛かる。
「ふう……なんか今日は特に疲れた気がします……」
調理しながらの言葉に同意を示したのは食卓に伸びたフロイデだった。
「ほんとに……」
「そう言えばフロイデさんって、この前も『黒猫』って呼ばれてましたよね?」
すると彼はピクリと肩を跳ね上げ、彼女を見る。
「呼ばれてない……!」
「いや、確かに呼ばれてましたよ」
言葉を重ねると彼は「むう」と口を噤む。
「黒猫ってあだ名、お似合いだと思うんですけど、嫌なんですか?」
「あんなに小さくない……!」
体の大きさが基準なのかと苦笑しつつも、リーベは問いを重ねる。
「じゃあ、ライオンだったら?」
「ライオン……」
彼は中空を見上げ、数秒の後、小鼻を膨らませる。
「むふーっ!」
「アリなんだ……」
「ふふふ。何であれ、今後もいろんな人に出会うと思いますが、その広い心を持って受け止めてくださいね?」
洗濯の準備をしていたフェアの言葉に彼女は頷く。
「は、はい……わかりました」
そんなやり取りをしつつも調理は進み、数十分後、ローストポークを完成させた。
「おお!」
「おお……!」
食卓に並べるとヴァールとフロイデが目を輝かせる。
「ふふ、冷めないうちに食べちゃお」
「お、そうだな。んじゃ――」
「いただきます!」
男3人は一口頬張ると口々に好評を述べてくれたものの、リーベとしては仕上がりに気になる部分があった。それを言葉で表現するのは困難であるが、それほどに微細な違いなのだ。
剣術もそうだが、料理の腕も鍛えなければと思わされたリーベであった。




