157 翼の親獣
それから一行たちは切り落とした部位を一カ所に集めた。
「ふう……やっと終わった」
リーベの額には玉のような汗が滲んでいて、それをハンカチで拭うと清々しい気持ちになれた。それは一緒に作業していたフロイデも同じのであり、2人はたちは揃って「ふう」とため息をついた。
その時、2人を陰が覆った。
「ん? あ!」
振り仰ぐとそこには大きな鳥がいた。
下からでは逆光になっていてよく見えないが、腹帯を着けていて、足には何やら道具を掴んでいる。その様子に加工場の人間が来たのだと悟り、2人はその場を退く。
すると巨鳥がゆっくり舞い降りてくる。
その姿を一言で言い表すならタカだ。ただし、人が乗れるほどに大きく、体毛は全身にわたって薄い灰色をしている。しかしその姿にリーベは猛禽類特有の獰猛さではなく白鳥のような優美さを強く感じた。
「これがヘタイロス……」
「お待たせ~」
大きなタカ――ヘタイロスの背中降りて来たのはすらりと背の高い茶髪の女性で、ボロ着にベストという加工場作業員の格好をしている。
前開きにされたベストには、特別技能を表わす鳥の徽章が煌めいていた。
「ようカミラ。お前だったか」
ヴァールが親しげに呼び掛けると言うとカミラは相棒を撫でながら答える。
「ふふ、ダリアはアタシしか乗せてくれないわよ。それよりその子は?」
不思議そうにリーベを見た。
「あ、おじさんの弟子になりました、リーベ・エーアステです。よろしくお願いします」
「リーベって……もしかしてエルガーさんの?」
「はい。娘です」
「へえ……ここにいるってことは冒険者なんでしょうけど……まさかあの人がそれを許すなんてね。ああ、アタシはカミラ。加工場で働いてるから。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
一通りの挨拶を終えるとカミラはリーベの隣へ目線を移す。
「ところで、黒猫くんはさっきから何をジーっと見てるの――て、ええっ⁉ なんでイカがいるのよ!」
「ガストロオワゾーがここまで運んできてしまったのです」
フェアの言葉に彼女は苦笑しつつも納得した様子を見せる。
「はあ……これだから害鳥なんて呼ばれるのよ。全く、アタシのダリアを見習って欲しいわ」
ねえ? と相棒に呼び掛けると「キイーッ!」と高い声で鳴いた。その声にはリーベ脅威を抱いた。しかし、この巨鳥もソキウスと同じ親獣なのだ。怯える必要は無い。
リーベが繁々とダリアを見る中、カミラさんは大人っぽく溜め息をついて気持ちを入れ替える。
「さあて、仕事を始めましょうか。ダリア?」
「キイッ!」
ダリアという名のヘタイロスはカラスのようにピョンピョンと跳んで、脚で掴んでいた道具の上から退く。
「さ、ネットを広げるから手伝って頂戴」
ダリアが掴んでいたものは大きなネットを、麻布でくるみ込んだものだった。
ネットを広げ終えるとカミラさんはミストクラーケンを睨み、相棒に指示を出す。
「ダリア。あのイカをここまで運んできて頂戴」
するとダリアはミストクラーケンの胴と頭部を掴み、バサバサと羽ばたきながらネットの上までやって来る。そうして死骸をネットの上に置き終わると、はみ出た手足とガストロオワゾーの羽根を人の手で、死骸の上に積み重ねる。そして四隅を折りたたみ、ネットの角に着けられた輪っかに丈夫そうな金属棒を通すと準備完了だ。
「それじゃ、一足先に帰ってるわね!」
そう言いながらダリアに乗り込む一方、ヴァールとフェアが金属棒を掲げる。それをダリアはガッシリと保持すると、バッサバッサと羽ばたき始める。
「落っこちるなよ!」
「こんな重いものを持たせといて無茶いわないでよ!」
そのやり取りにリーベが笑っていると、カミラは彼女に向けて言う。
「それじゃリーベちゃん。また会いましょうね?」
「はい。ありがとうございました」
別れを述べる間にもカミラを乗せたダリアは宙へ舞い上がり、北西へ向けて安定した飛行を見せていった。そのまま見えなくなるのを見送りたかったが、ヴァールたちはすぐに視線を下ろして彼女を急かす。
「おら、日が暮れる前に山小屋まで戻るぞ」
「あ……」
リーベは帰路があるのをすっかり忘れていた。
あの歩きにくい道を引き返すのかとげんなりしていると、フェアが「その前に昼食を取りましょう」と提案する。
空を見ると太陽は天頂にさしかかっていて、時刻は11時といった頃合いだ。昼食を取るには少し早いが、朝が早かったことを思えばちょうどと良い頃であろう。
そう思うと今度は腹が鳴る。
リーベの腹はぐうぐうと鳴って鳴り止まず、ヴァールの哄笑を買った。。
「う~~っ、そ、そうですね! ご飯にしましょう!」
ヴァールは一瞬、険しい顔で辺りを見回すとすぐに親しい顔に戻り、「しゃあねえな」と口にした。
「さっさと食って、さっさと行くぞ」
「はーい――フロイデさん? どうかしましたか?」
「……ぼくのイカ」
彼は悲しそうな目を北西の空へ向けていた。
しかしそこには何者もおらず、ただただ曇天の空が広がっていた。




