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冒険姫リーベ ~英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!~  作者: 森丘どんぐり
第1章 英雄の娘、冒険に出る

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015 両親への宣誓

 何人かに呼び止められる以外は何もなく、リーベは平穏無事に自宅に帰り着いた。


「ただいまー」


 カランとカウベルを鳴らしてドアを開けるとホールに人影はなかった。首を傾げていると厨房の方から会話が漏れ聞こえて来た。


「もうすぐ出来るから配膳を進めちゃってちょうだい」

「あいよ」


 そんなやり取りの後、エルガーがスイングドアを体で押しながらホールにやってくる。


 (たくま)しい体つきに反してエプロン姿であり、違和感はありつつも不思議と様になっていた。


 布巾を片手に食卓へと向う中で、彼はふと娘に気付く。


「あ、リーベ。今帰ったのか?」

「うん。ただいま、お父さん」

「ああ、お帰り」


 皺の目立ち始めた口下を歪めて笑む。


「今準備してるから着替えてきな」


 その言葉に従い着替えに向うその前に、カウンター越しに厨房を覗き込む。


 そこではシェーンが出来たばかりの料理を皿によそっていた。盛り付けたそれをカウンターに置こうとしたところで目が合う。


「あら、お帰りなさい」

「ただいま」

「今晩はヴァールさんたちもくるから、今のうち着替えていらっしゃい」

「はーい」


 短いやり取りの後、彼女は2階に上がった。


 自室のドアを開くとそこには愛しのダンクが待ち構えていた。窓から差し込む夕日に照らされ、情緒的な面持ちだった。


「ただいまー」


 抱きしめようとしたが、ハッと手を止める。不本意ながら、彼女は今、とても清潔とは言いがたい状態にある。ギュッてするのはお風呂に入るまでお預けだ。


「また後でね?」


 男の子であるダンクの目を壁側へ向けると装備を外し、私服に着替える。


 厚い生地によって閉じ籠められていた熱が解放されて、清々しいことこの上ない。『このままお風呂に入れたらなー』と思ってしまうが、エーアステ家は習慣的に夕食の方が先だ。だからダンクもお風呂も、今はお預けだ。


 汗を掻いたまま綺麗な服を着るのは気が引けたが、致し方ない。気が進まないでも、袖を通すと凄いすっきりした。


「ふう……」


 清涼感についウトウトしてしまう。


「いけないいけない……」


 かぶりを振って眠気を払うと下から声がした。


「リーベ、ご飯できたわよー」

「あ、はーい!」

 

ホールにやって来ると食卓には料理が並び、それをヴァールたち冒険者を含めた面々が囲んでいた。

 フロイデを除く全員の瞳が彼女に向けられる。


「遅いぞリーベ」

「おじさんたちが早いんだよ」


 実際、一度宿に帰って装備を解いてきたというのに素速いこと。感嘆を通り越して半ば呆れていると、「それもそうか」とヴァールは1人で笑い出した。一体何がツボに入ったのだろうかと不思議に思いつつ、リーベは着席する。


 今晩は川魚のクリームシチューと、グリルチキンのサラダだった。


 リーベがチラリとフロイデを見やると、彼の瞳は好物の魚料理を前に釘付けだった。


 辛抱堪らんとばかりに瞳を輝かせる彼を見かねてか、シェーンが微笑を湛えて言う。


「みんな揃いましたし、冷めない内にいただきましょうか」


 その言葉に誰もが賛同した。


「いただきます」の声が幾つも重なり食堂を満たしたのも束の間、今度は食器の打つかる音がカチャカチ

ャと響く。それはリーベの手元からも同様であり、空腹が想像以上のものであることを思い知らされた。


「はあ……おいしい」


 昼食の虚しさとの落差でいつも以上の美味しいと感じられた。


 そんな娘の様子に事情を察したのか、エルガーが苦笑しながら聞いてくる。


「干し肉とビスケットはどうだ、不味いだろ?」

「うん……虚しい味がした」

「ははは! 虚しいか!」

「みんな、よくあんなのを美味しくないのを食べられるよね?」


 その言葉に応じたのはヴァールだった。


「そりゃ、冒険先で贅沢は言ってらんねえからな」

「それはそうだろうけど……わたしもその内、慣れちゃうのかな?」

「ええ。人は順応する生き物ですから」


 フェアは微笑むとシェーンを見る。


「しかしこうも美味しい食事に慣れていると、些か酷かも知れませんね?」

「あら? 娘を苦しめてしまうなんて、私は悪い母親ですね」


 淑やかに冗談を交わす二人を他所に、ヴァールとフロイデが立ち上がる。


「おかわり!」

 声がハモったかと思えば、2人は別のテーブルに置かれていた鍋に飛びつく。先にお玉を手にしたのはヴァールで、したり顔でシチューをよそっていく。

「ヴァール、取り過ぎ……!」

「へん! 早いもん勝ちだ!」


 そんな様子を前に自然と溜め息が零れる。


「もう、おじさんったら。大人げないんだから」

「ふふ、焦らなくても沢山ありますよ?」


 シェーンがくすりと笑う一方で、フェアは身内の幼稚さを恥じらうように黙々と食べ進めていた。その様子にエルガーが笑う。


「はは! 相当苦労してるみたいだな」

「全くです」

「その上リーベが増えんだから、お前には苦労をかけるな」

「あ! わたしはあんなに幼稚じゃないよ!」


 つい口に上った言葉に、シチューをなみなみよそってきたヴァールが反応する。


「おいフロイデ、お前、幼稚だってよ」


 直後、じろりと黒い瞳が向けられる。不服が在り在りと伝わってくるその視線に当てられ、彼女は弁明を迫られる。


「おお、おじさんのことですよ!」

「声、震えてんぞ?」

「幼稚じゃない……!」

「ご、ごめんなさい……」


 粛々とするも、彼の頬にシチューが付いているのに気付いてつい笑ってしまう。


「むう……」


 おかわりを手に着席した彼はジトリと彼女を睨むがしかし、気迫なんてものは微塵もなかった。むしろ可愛らしいくらいで、彼女は可笑しくて仕方なかった。


「ふふ……!」

「……笑った」

「だって、ほっぺにシチューつけてるんだもん!」


 指摘すると、彼は服が汚れるのも厭わずゴシゴシと袖で拭い取った。それからは若干の恥じらいを浮かべて押し黙った。


「はあ……どうも、騒々しくてすみません」


 フェアが言うとシェーンが鷹揚に笑む。


「いいえ、食事はこうでなくちゃ。それにリーベもすっかり打ち解けたみたいで」


 エルガーが続く。


「ああ。お前には負担を掛けるだろうが、よろしく頼むな」

「はい。ヴァール共々、リーベさんを指導して参りますので、どうぞご安心ください」

「そう言うこった」


 ヴァールが堂々と言うも、エルガーは苦笑を浮かべる。


「お前じゃ、ちと不安だがな」

「どういうことだよ!」

「ははは!」


 食堂は絶えずして笑いが満ちるのだった。










3人を見送るとリーベたち一家は食器の片付けに取りかかる。


 彼女が皿を拭いていると、隣で洗い物をしていた父が尋ねてくる。


「今日は何をやったんだ?」

「ええとね、スタッフに慣れるための訓練をやったよ」

「そうか。日頃から魔法を使ってるんだし、楽勝だったろ?」

「そう思うでしょ? でもこれが意外と難しいんだよ。なんだってスタッフの珠は純度が高いんだから」


 滔々(とうとう)と講釈を垂れて、言い終ってから自分が得意になっているのに気付いた。それは父も、そして皿を運んでいた母も同じのようで、くすくすと声を抑えて笑っている。


 その笑いに恥ずかしくなって俯いていると、シェーンが言う。


「よほど楽しかったのね?」

「ま、まあ……」


 魔法を暴発させたときのことを思い出す。


リーベの中で日用品に成り下がっていたそれが、実はあれほど強大な力だったとは……その落差を恐ろしく思う一方、これから御せるようになるのだと胸が高鳴る。まるで物語の主人公にでもなったような、そんな心地だ。


「…………」

「はは、夢中になれるもんが見つかって良かったじゃねえか」

「ほんとうね」


 それまで笑んでいたシェーンだが、ふと影が差す。


「……でも、私たちが教えてあげられないことに夢中っていうのも、ちょっぴり寂しいわ」

「お母さん……」

『ごめんなさい』と口に上りそうになった時、エルガーがしみじみ言う。

「自立ってのは、案外そういうもんなのかも知んねえな」

「自立ねえ……」


 夫婦は揃ってこちらを見る。


 その瞳は妙に達観したもので、そこに子育てを終えた感慨が感じられた。それを一身に受けるリーベは感謝と寂寥を起こさないではいられなかった。


 食堂の娘から冒険者に転身したこと。それによって生きる道を違えることは確かに自立なのかもしれない。でも、だとしたら……それはなんと切ないことなのだろう。


 自然と涙が滲む。


 感情が露わになってしまうのは何ら恥じることではないのだが、涙に限ってはそうもいかない。リーベは皿拭きに集中することでこれを誤魔化すも、両親にはバレていた。


「明日は営業日だけど、ヴァールさんたちに付いて行っていいからね?」

「ああ……うん。わかった」


自分で望んだ事だが、その一言はとても悲しかった。


「…………」


「なんだ、そんなむっつりして」


 父エルガーが肘で小突いてくる。


「元気出さねえと、明日も頑張れねえぞ?」

「そうよ。お店の事は気にしないで、自分の決めたことに集中しなさい」

「お父さん……お母さん…………」


 両親の温かい言葉を受けてなお、寂寥(せきりょう)が拭えることはなかった。だけどそれでも彼女におはそれを背負ってでも自分の道を進んでいける自信があった。なぜなら、父と母が応援してくれているのだから。


「……うん。わたし、頑張るよ……!」

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