145 ぎこちない関係
それからもぎこちないまま、4人は食事を終えた。フロイデが1人で風呂屋に向かうのを見送ると、リーベは食器を片付け、歯を磨いてから自室に下がった。そうしてパジャマに着替えると、リーベは本日最後の日課である手紙の執筆に取り掛かる。
ペンを取り、伝えたいことを整理し、書き綴る。
『お父さんとお母さんへ。
先日の分を読んで、わたしが1人で戦うことにとてもビックリしていると思うけれど、無事に倒せたよ。ほんと、あのバッタを見たときはゾゾゾ~って背筋が冷たくなったけど、あれは虫じゃなくて魔物だって自分に言い聞かせてどうにかしたよ。
お父さんはわたしの戦いぶりがどうだったか気になっていると思うから書くけど、おじさんに助言をもらったり、フェアさんにキックホッパーの逃走を阻んでもらったりしたけれど、それでもなんとか1人で討伐できたよ。
そうそう、戦ってる時、キックホッパーが逃げようとしたんだよ。わたしはその時、逃がすもんか! って必死で剣を振るったんだ。で、その時さ、斬撃を飛ばすアレが出来ちゃったんだよ。
お父さんはきっと驚いてると思うけれど、わたしもおじさんたちも、みんなもビックリしてるよ。でもね、フロイデさんだけは違うの。フロイデさんは斬撃を飛ばせるようになったばかりなのに、わたしがまぐれでも出来ちゃったから、すごいショックを受けちゃったみたいで、ちょっとぎこちないんだ。
わたしもどう接したら良いのかわからないんだけれども、時間がどうにかしてくれるのかな……?
あと最後に、おじさんが、お前は剣士になるべきだって言ってきたの。わたし、魔法も好きだけれども、剣術も楽しいから(いや、楽しいかどうかで決めるのは良くないんだけれども)どうしたら良いのかわからないの。
だからおじさんたちとよく話してみるけれども、お父さんはどう思う? お返事待ってます。
それじゃもう寝るから今日はここまでね。
お父さんとお母さんが良い夢が見られますように。
2人の娘、リーベより』
「ふう……」
ペンを置くとリーベは深いため息をついた。やはり文章を書くのは大変で、自分には向いていないなと思い知らされる。
それはさておき、今日までの分をまとめて、明日郵便屋に出そう。そう決めた彼女はお気に入りのレターセットを取り出して――
「わん! ふふふ……」
シーリングスタンプを綺麗に捺せたのに満足すると、彼女はダンクを抱え、ベッドに寝ころがった。
「ふう……昨日できなかった分。今日はたっくさんもふもふしてあげるからね?」
「…………」
ダンクは嬉しそうに身を震わせた。これがあのぬいぐるみを連れてこれなかった事の埋め合わせにはならないだろうが、それでもダンクに何かして上げないと申し訳なくって堪らない。
もふもふ……もふもふ…………
後ろから胸の辺りの毛をもふっていると、コンコンとドアが鳴った。
それに驚きつつも起き上がって答える。
「あ、はーい」
「入って良い?」
フロイデの声だ。
「どうぞ」
答えるとドアがゆっくりと開き、彼が気まずそうに顔を覗かせる。
「おかえりなさい」
「う、うん。ただいま……」
彼は義理っぽく答えるとそのまま自分のベッドへと向かおうとしたが、ふと彼女を見る。
「犬、買わなかったの?」
まさか『フロイデさんが不機嫌だから買う気が失せたんです』などと、正直に言うわけにもいくまい。だからどう答えたものかと逡巡し、それらしい嘘を拵えた。
「あ、ああ。ほら、わたしがこのクランに入ったから、生活費とかもいろいろ費用も増えたでしょう? それなのにいきなり高い買い物をしてもらうのは良くないなって……はは」
一息で言うと、彼は「そうなんだ」と、納得した。
「ほ……」
「おやすみ」
短く言うと彼は逃げ込むようにベッドに横たわった。その仕草にいつもの無邪気な彼はいないのだと、リーベは悲しくなった。
「あ、はい……おやすみなさい」
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん……
雀の鳴き声にリーベは目を覚ます。彼女は寝坊助で、早起きなんて大の苦手だったが、フェアを除くみんなの胃袋を護るという使命によって、どうにか早起きを実現しているのが現状である。
「ふぁ……うう、眠い…………」
そう口にしながらも身を起こすと、彼女は未だ夢の中にいる愛犬を人撫でし、立ち上がった。それからルームメイトの方を見る。
フロイデさんは眠っており、くーくーと可愛らしい寝息を小さく響かせていた。その寝顔もまた可愛らしいもので、つい眺めてしまいそうになる。
しかし、フェアより先に厨房に立たねばならないということで彼女はそそくさと着替え、厨房へ向かった。
「ふんふ~ん♪」
フライパンの上で食材をじゅうじゅう言わせていると、階段の軋む音が響いてくる。横目でそちらを見ると、フェアが下りてくるところだった。
「おはようございます」
「おや、おはようございます。冒険明けなんですから、今日くらい私に任せてくれても良いのですよ?」
彼は親切で言っているのだが、彼の料理の腕は誇張抜きで壊滅的なのだ。リーベが朝の安息を取ったが為に犠牲者が出ては堪らない。
「はは……ありがとうございます。でもわたし、料理が好きなので」
「そうですか。好きなのは結構ですが、無理はしないでくださいね――さて、料理はリーベさんに任せて、私は洗濯に取り組むと致しましょう」
「あ、いつも洗濯してくれてありがとうございます」
「ふふ、お互い様ですよ」
彼は微笑むと着た服を入れておく籠を抱え、裏庭へと向かった。
それを見送りながら一品完成させると、リーベはおかずをもう一品、拵えるのだった。
二品目が出来上がり、配膳を進めていると、ヴァールとフロイデが下りてきた。2人はリーベと違い朝に強いため目がシャキッとしている。それはリーベにとって羨ましい限りである。
「おはよう。ちょうど今、朝ご飯できたところだよ」
「へへ、俺の腹時計は今日も冴えてるぜ」
笑いながらヴァールが席に着くと椅子が悲鳴をあげるように軋んだ。壊れてしまわないだろうかとリーベが心配する中、フロイデが「おはよ」と短く言いながら彼女の元にやって来る。
「……手伝う?」
それは彼なりの償いであることを彼女は察し、微笑んで仕事を出す。
「あ、じゃあこれ運んでもらっても良いですか?」
「うん」
皿を受け取るとき、彼は料理を見て微かに頬を緩めた。その様子にリーベはホッとしながらも、そのぎこちなさに、いつもの素直な彼が恋しくなってしまうのだった。




