144 才能とは
入浴を済ませて帰宅する頃には夕方で、リーベは夕飯の支度に取り掛かる。
冒険から帰ってきた時は栄養満点で食べ応えのあるシチューが最良だろうと、トントンとリズムよく食材を切り分け、鍋に入れて火に掛ける。
本来であれば肉を入れるはずであったが、ヴァールの気遣いで今回はフロイデの好物である魚へと食材が変更された。
サーモンの両面に焼き色を付けると野菜を投入し炒める。それから水を差すと、ふとリーベは彼が帰ってこないことに気付く。
「あれ? フロイデさんはまだ帰ってこないの?」
お前にはまだはやいからと、リーベのソードロッドを手入れしていたヴァールに問い掛ける。
「そういやまだだな。フロイデめ、意固地になりやがって」
そう言うと彼は手入れを終え、ソードロッドを壁に掛けて立ち上がる。
「うし。ちょっくら呼びに行ってくるか」
「お願いね。もうお料理出来ちゃうから」
「おうよ。んじゃ、フェアにはよろしく頼むぜ」
フェアは例によって洗濯をしていた。
「うん。行ってらっしゃい」
練習場から離れたところに1本の樫の木があった。
フロイデはそれを的にして、斬撃を飛ばす訓練に励んでいた。
「ふん……っ!」
思いっきり剣を振るうと空気の歪みが生まれ、魔法のように宙を飛翔していく。そして射線上にあった枝をスパンと切り落とした。
元はこんもりと葉の茂った見事な樫の木だったが、今では丸く刈り込まれ、まるで大きなトピアリーのように画一的な姿になってしまっている。
「ふう……」
「お、いたいた!」
その声に振り返ると、そこにはヴァールがいた。大股で歩きながら、面倒くさそうに頭を掻いている。
「たく、練習場にいねえから探したぜ――」
そこまで言うと刈り込まれた樫の木に気付く。
「てうわっ! なんだお前! 庭師にでも転職するつもりか!」
「……しないよ」
「脅かしやがって」
ボリボリと後頭部を書きながらフロイデに背を向ける。
「んじゃ、帰るぞ」
「もう少しだけ……!」
「何言ってんだ。もうこんな時間だぜ?」
その言葉に空を仰ぐと、青空が広がってるはずが、夕焼け空にすり替わっていた。それを見て彼は時間の経過に気付く。
「あ……」
「それにリーベが飯作って待ってんだ。サーモンのシチューだとよ」
「シチュー……! い、いや……ぼく、もっと練習、する」
「……そんなに悔しいか」
ヴァールの短い言葉は核心を突いており、フロイデは閉口させられる。
「悔しい、よ……」
「フェアも言ってただろ? リーベにいくら才能があっても、お前が優れてるのは事実だ。それで満足しろ――」
「できないよ……!」
一瞬の沈黙の中、彼はヴァールを睨む。
「ぼくは頑張って、頑張って、頑張って……! ……それでやっと斬撃を飛ばせた、のに、リーベちゃん、すぐ出来た。このままじゃ、ぼく、追い抜かれちゃう……」
「そうだな」
ヴァールはため息をつくと腰に手を当てる。
「でも追い抜かれたところで、悔しい以外に不満があるか?」
「それは……」
「俺だって、体がでかい以外は凡人だからな。何年も剣を振り続けて、それでやっと斬撃を飛ばせるようになったんだからな。お前が悔しがる気持ちは痛いほどわかる」
「じゃ、じゃあなんで、悔しがらないの?」
するとヴァールは南の空を見た。
「才能とか能力だとか、そんなもんは人に優劣をつけるためにあるんじゃねえ。誰かを助ける為にあるんだ」
あの時もそうだったろ? と南の空――テルドルの方を見上げる。
「ヘラクレーエに襲われた時、お前は1人でアイツを仕留められるだけの能力があった。だからリーベを助けることが出来た。それに、リーベが魔法を扱えたから、坂を転げ落ちて目を回したお前を助けられたんだ」
「…………」
「お前ら2人の才能が、互いを助けることに繋がったんだ。……ここまでに優劣が入る余地はあったか? ないだろう。だから俺は悔しがらない。相手の才能は素直に賞賛すべきものであって、恨むようなもんじゃない。そう思えるんだ」
「ヴァール……」
「今すぐ理解しろとは言わない。だが、お前はすぐに気付くだろうよ」
そこまで言うとヴァールは大きく伸びをした。
「んじゃ、飯が冷める前に帰るぞ」
「……うん」
料理が完成し、配膳を終えたところでヴァールがフロイデを連れて帰ってきた。
「あ、おかえりなさい。今晩ご飯できたところだよ?」
「おうそうか。へへ、良いタイミングで帰ってきたもんだぜ」
そう笑いながら着席しようとする彼に、リーベはピシャリと言い放つ。
「あ! 先に手を洗ってこなきゃダメだよ?」
「ちぇ! めんどくせえの」
ぶつぶつ言いながらも彼は手を洗いに向かった。一方、フロイデはというと、その場に佇み、ジーッと彼女を見つめている。
「ん? どうかしましたか?」
「……なんでも、ない」
彼は逃げるように洗い場へ向かっていった。
「フロイデさん……」




