142 嫉妬
「お待たせしました」
エーリウスという名のソキウスの背後から加工場の制服である紺色のベストを纏った男性が現れる。人懐っこそうな顔つきの彼は不思議そうに目を丸くしてキョロキョロと辺りを見回した。
「おや? 魔物の姿が見当たりませんが……」
その問いにヴァールが答える。
「悪いな。ヤツは沼に沈んじまったんだ」
「ええ⁉ め、珍しいこともあるんですね……」
「ああ。そんで残ったのがこの脚だけなんだが……どうすっぺ?」
「こうなっては回収もできませんし、今回はそれだけにしておきましょう。幸いにして、キックホッパーは余り有用な魔物じゃありませんから。お陰で荷台が空きますので、どうぞ王都まで乗っていってください」
「ああ。だが、体力作りのために歩きてえから、アリアン村まででいいぞ」
「わかりました」
ところで、と彼はリーベを見る。
「そちらのお嬢さんは?」
「ほら、挨拶しろ」
「あ、うん。テルドルでおじさんの弟子になったリーベ・エーアステです。よろしくお願いします」
「ああ、これはご丁寧に――て、リーベって……それにテルドルってまさか……」
「お察しの通り、エルガーさんのご息女ですよ」
フェアが言うと、彼は繁々と彼女を見た。
「へえ……あの人の娘自慢は散々聞いてきたけど、確かに、こんなに可愛かったら自慢したくもなるね」
「はは……ありがとうございます」
気恥ずかしくて頬をポリポリと掻いていると、彼は微笑んだ。
「っと、そうだ。僕は王都の加工場に勤めてるクルトっていうんだ。これからよく会うことになるだろうから、よろしくね」
「こちらこそ、お世話になります」
挨拶と共に笑みを交わすと、クルトは面々を見回した。
「さ、アリアン村までお送りしますので、どうぞ」
「はーい」
リーベ乗り込んだのは荷車の奥――エーリウスの側だった。それは何故かというと――
「ふぁあ……」
風に靡くエーリウスの尻尾が頬を撫でる。
このソキウスは王都にいるアデライドのように人懐っこい訳ではなく、リーベは触らせてもらえなかった。しかし、このようにすれば警戒心を刺激することなく彼のもふもふを堪能できるのだ。
(我ながらよく考えたものだ。うんうん)
そんなことを考えていると、斜向かいで俯くフロイデの姿が目に入る。
「…………」
彼はリーベがキックホッパーを倒して以来あのように沈黙しているのだった。
一体何が彼の機嫌を損ねてしまったのか。
それは剣を持って間もないリーベが斬撃を飛ばしたことが原因だ。
斬撃を飛ばすというのは長年研鑽を積んでようやく修得できる剣士の奥義である。
実際フロイデも相当期間鍛錬に励んで、つい最近修得できたばかりなのだ。それを剣を握って間もないリーベが一足飛びに繰り出せてしまったことが彼にとっては面白くないのだ。
そんな事情を理解しているが為に、リーベは彼にどんな言葉を掛ければ良いか、わからないでいた。
「フロイデさん……」
彼の心情を思いながら、リーベは先ほどのやり取りを回想する。
「リーベ、お前は剣士になるべきだ」
「……わたしが、剣士に……?」
「そうだ」
「で、でも! わたしを剣士にしたくないって、そう言ってたよね?」
「確かに言った。だけど今回は話が違う」
「どういうこと……?」
リーベが首を傾げる一方、ヴァールはチラリとフロイデを気にするそぶりを見せた後、分厚い唇を割り開く。
「お前には才能がある」
「さい、のう……」
「そうだ。しかも筋が良いとか、そんなちゃちなもんじゃねえ。もっと大きなもんだ」
「そ、そんなに……?」
そう言われて彼女は僅かに得意な思いになった。
「ああ」
彼はキックホッパーの沈んでいった沼の方を見る。
「剣を振って斬撃を飛ばすなんて、何年も修業してようやく修得できる技だ。俺もそうだったし、フロイデなんかはつい最近できるようになったばかりだぞ」
その言葉に彼女ハッとし、フロイデの方を見る。一瞬目が合うが背けられてしまった。
「……あ、あれはまぐれで出来ただけだから! わたしには才能なんて持ってないよ!」
「フロイデに気を遣うことはねえんだぞ。お前はお前なんだからな」
「おじさん……」
その言葉は少し、非情なものに思えた。
「お前が魔法使いでいることは、フェアが剣士をやるようなもんだ」
その言葉にリーベはフェアを見た。
静観している彼はヴァールの意見に賛成であり、諭すような目を彼女へ向けている。
(……たしかに、フェアさんは剣も上手だけれども、何より魔法使いとして優秀なんだ。そんな人が魔法使いにならないというのはもったいない)
「…………」
黙考していると、ヴァールは彼女の肩を叩いて言う。
「……ここまで言ってなんだが、無理強いはしねえ。だが、これがお前の身を守ることにも繋がるんだ。それだけはようく考えておくことだ」
言うとポーチから友呼びの笛を取り出す。
今回に限ってリーベはそれを吹きたいとは思えなかった。それはフロイデも同様である。結局笛はヴァールが吹いた。
「わたしが剣士に……」
「リーベさん?」
「……あっ。な、なんですか、フェアさん?」
「いえ、浮かない顔をしていましたから、お声掛けしただけです」
「そ、そうですか……」
フェアはリーベの心情を見透かしている。だから隠しても仕方ないのだが、フロイデのいる場でそれを打ち明けることは出来ず、彼女はただ笑みを繕う。
「ふふ。心配せずとも、ちゃんと約束は果たしますよ」
「約束?」
(何のことだろう?)
「ほら、あなたが自力で魔物を倒せたら買って差し上げる約束だったでしょう」
「あ……そ、そうでした」
あのトイプードルのぬいぐるみのことを思い出すと彼女は少しだけ気持ちが軽くなった。
「報酬金を受け取ったら、その脚でぬいぐるみ屋へ参りましょう」
「は、はい……!」
フェアは穏やかで温かい笑みを浮かべると、今度はフロイデの方を見やる。
「フロイデ。いくらリーベさんに才能があろうと、あなたが優秀であることに変わりは無いんですから、そう気を落とすことはありませんよ?」
「……うん」
フロイデは頷いたが、またすぐに項垂れた。
「こら相当だな」
ヴァールが言うとフェアが「ええ」と答え、それきり沈黙が場を支配した。




