141 覚醒
こうして言葉を交わしてる間もキックホッパーは懲りずにアシを貪っている。リーベは危機感が足りてないんじゃないのと、思いながら先ほど傷つけた右脚の方に回り込んだ。
それから足音を忍ばせて接近すると、傷口から血液が滴っているのが見えた。跳躍をした為に傷口が広がったのだと、リーベは痛ましく思いながら考察した。故に若干の罪悪感を抱くも、相手は魔物なのだ自分に言い聞かせながら呼吸を整え、慎重に剣を構える。
「すう……ふう…………」
鼓動を10数えた時、彼女は剣を振り下ろした。
ダルの生み出したこのソードロッドは切れ味抜群で、強靱な魔物の肉をも容易く切り裂いた。その時、キチキチと怪音を立てて翅が展開される。跳躍に入る前兆だ。
リーベは咄嗟に後退して跳躍に巻き込まれるのを避けた。
一方その時、フェアが魔法を発動する。
「ガイア!」
沼の中から大きな泥の山が浮上し、魔物の逃亡を阻む。そうして泥山に乗り上げたキックホッパーは逃亡を諦め、外敵を睨んだ。
「来るぞ!」
ヴァールが叫ぶと同時にキックホッパーがリーベ目掛けて跳躍する。これを受けリーベは咄嗟に左に(魔物の右方に)跳んでこれを躱すと、ソードロッドを握り直しながら敵を睨む。
直前まで彼女がいた場所は今や巨体の下敷きだ。仮に避けるのが遅れたとしたら、大きな胴体によって弾き飛ばされていたことだろう。
フロイデはこの魔物を『強くない』と評していたが、それはやはり、人と魔物の間にある絶対的な能力差を畏れてのことなのだと、彼女は追認した。
「くっ……キックホッパーか」
この生き物は呑気にアシを食むだけの昆虫ではない。魔物なのだ。
そう実感させられると呼吸が早くなり、額には汗が伝う。
そんな中「大丈夫?」といつの間にか隣にいたフロイデが、『代わろうか?』とばかりに問うてくる。
(……正直に言えば怖いから代わってほしいけれども、これはわたしの獲物なんだ!)
リーベは冒険者として、そして戦士としてのプライドに賭けてこの魔物を倒すのだと、自らを奮い立たせる。
「だ、大丈夫です。まだやれます……!」
「そう……頑張って……!」
彼は妹弟子を激励するとヴァールたちの元へ下がった。リーベはそれを見送ることなく、キックホッパーを睨み続ける。魔物は右旋回し、リーベを正面に捕らえようとする。
もちろんリーベは正面に立たぬよう移動したが、その中でこの魔物がどんな顔をしているか、わかった。
一言で言い表すのなら、ショウリョウバッタの顔を拡大した様な顔だ。
縦に長く、横に狭い。下方に行くにつれ僅かに太くなっていく雫型で、そこに昆虫特有の左右に開く口が存在している。それがカタカタと怪しげに動く様はリーベに気色悪い印象を与えた。だから一層、彼女の動きに磨きが掛かる。
キックホッパーは右へ、リーベは左へ旋回している。
そうして戦況は膠着状態に陥ったが、あるとき変化が訪れる。
「うわっ――」
リーベがぬかるみに足を取られ転倒しかけた。
その隙をキックホッパーが逃すはずがなく、魔物は突進を繰り出した。
しかし、リーベは咄嗟に前にダイブした。結果として彼女は泥まみれになったが、お陰で攻撃を回避出来た。
以前の彼女にこんなことが出来ただろうか? いや出来まい。
では何故、今回できたのか、それは偏に彼女が冒険者として成長したからだ。
その様子に見守るヴァールとフェアの師匠2人は頷いた。一方、その隣ではフロイデが助けに飛び出そうとそわそわしている。もし隣に2人がいなければ、彼は一目散に助けに入っただろう。
だがそれは2人が非情なのではない。
彼らは信頼しているのだ。
リーベ・エーアステという冒険者を。
「ぐっ……!」
口内に泥を含みながらもリーベは立ち上がる。すると正面にはキックホッパーの右後ろ脚があった。
「あ――」
瞬間、リーベの脳裏には昨夜のフロイデとの会話が蘇る。
『前と後ろにしか攻撃できない、から、横に回れば、勝てる』
『横ですか?』
『うん。体当たりと、キックしか使えない――』
(キックが来るっ!)
彼女が悟ったとき、フロイデは彼女の名を叫ぶ。
「リーベちゃんっ……!」
直後、キックホッパーが後ろ蹴りを繰り出す。ヒュンと空気を裂いて迫る細い爪先はまるで槍のようで、喰らったらひとたまりもない。
しかし彼女なら避けられるという確信の元で師匠2人は手を出さないでいた。だがそれが誤りだったと知ることになる。
そう。リーベは避けなかったのだ。
「なっ……⁉」
ヴァールは声を漏らし、フェアはフェアは咄嗟にロッドを構える。その一瞬で爪先はリーベへと迫る。その速度は目に捉えられる物ではない――だが、リーベには見えていた。
(見えたッ!)
即座にソードロッドを振るい、迫り来る爪先を物打ちで捕らえ、軌道を右に逸らす。
「パリィだとっ⁉」
ヴァールが叫ぶ。
パリィというのは剣の奥義の1つであり、敵の攻撃をいなして隙を作るというものである。
――そう。隙を作るのだ。
師匠の驚愕を余所に、迫り来る爪先を弾いたリーベの正面には後ろ脚の付け根が無防備に晒されている。如何に彼女が未熟な剣士だからと言って、この隙を逃す訳がない。
「やああああっっ!」
右脚で踏み込みながら頭上に構えた剣を振り下ろす。その一振りはここ数日の彼女の努力を裏切る事のない見事な物だった。
スパンッッ!
キックホッパーの大きな脚が切断され、バチャンと泥を跳ね上げながら倒れる。
「やった!」
リーベが快哉を叫ぶ一方、それを見守る3人は開いた口が塞がらないでいた。
「リーベ……まさか…………!」
ヴァールとフェアが笑みを浮かべる一方、フロイデは困惑していた。
「そんな……」
だが、3人の驚愕は序章に過ぎなかった。
リーベに勝てないと判断したキックホッパーが残る左足で大地を蹴り、空へと跳び上がる。そんな中、彼女は追撃を加えようと剣を振りかぶっていた。
「逃がすもんかあーっ!」
ピンと伸びきった左後ろ脚を目掛けて剣を振るうが距離が離れているため当然、切っ先は空を斬るに留まった。だが、その空振りが空気を圧縮し、かまいたちを発生させたのだ。
かまいたちはヒュンと空気を裂きながらキックホッパーの脚に迫り、そして貫いた。
スパンッ!
それから一瞬の間を経てボトンと、キックホッパーの脚が沼に落ちた。
そのことに1番驚いていたのは切り落とした当人であった。
「……へ…………?」
(何で切れたの? おじさんがやったのかな?)
そう思ってリーベは仲間を見やったその時、背後でドボンとキックホッパーが沼に墜落した。
彼女は反射的に振り返るも、それが一層、彼女を困惑させた。
「……おじさんがやったの?」
そう問い掛けるが、ヴァールは放心していた。それが後の2人も同じで、一帯には奇妙な空気が漂う。
それから数秒の間を経てようやく口を開いたのはフロイデだった。
「リーベちゃんが、落とした」
「落としたって、何を……?」
その問いにヴァールが答える。
「左脚と、ヤツ自身をだ」
ヴァールが訥々というも、リーベは理解出来なかった。
「落としたって……だって剣は届かなかったんだよ? おじさんかフロイデさんが斬撃を飛ばして――」
「俺たちゃ、何もしてねえよ」
「そんな……じゃ、じゃあ……本当にわたしが…………」
リーベの言葉を最後に訪れた沈黙が、何よりの肯定だった。
「うそ、わたしが……?」
彼女が困惑する中、ヴァールは相方の目を見て呼び掛ける。
「フェア」
「……それが良いでしょう」
最小限の言葉で意思を伝え合うと、ヴァールはリーベへと向き直り、断言する。
「リーベ。お前は剣士になるべきだ」
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