139 キックホッパーのもとへ
太陽が南中するにはもう少し時間が掛かるかという頃。一行はアリアン村にたどり着いた。
村の周囲には去年の秋に植えた麦が青々と育っており、温かな風が吹くと爽やかな香りが村を満たす。
そんな清々しい心地とは対照的に、村人たちの顔には不安の色が浮かんでいた。
「みんな暗い顔して、どうしたんだろう」
「キックホッパーに悩まされてんだろうよ」
そう答えながら、ヴァールは目的の建物へまっすぐと進んでいた。その後ろに仲間たちが続く。
そうしてたどり着いたのは質朴とした雰囲気の建物だ。
この建物が何かと聞かずとも、リーベはこれが村長宅だと経験から悟っていた。
ヴァールがその大きな拳でドアを叩くと、中から「はいはい」と老女特有の間延びした淑やかな声が響いてくる。それからしばしの間を置いてドアが開き、腰の曲がった老婆が現れる。小柄な彼女は腰をいたわりながらも遙か高い位置にあるヴァールの顔を仰ぎ見る。
「おや、冒険者さんですか?」
「ああ。キックホッパーが出たって聞いてな。詳しいことを聞かせて欲しいんだが、大丈夫か?」
「ええ、良いですとも。ささ、どうぞ上がってくださいませ」
そう言うと村長は一行を招き入れ、席に着かせた。
「今お茶を用意しますね?」
「いや、すぐ出るから大丈夫だ」
「どうぞ、お構いなく」
フェアが言い添えると、「そうですか」と残念そうな声色で言い、自身も席に着いた。
「ふう……いやはや、年は取りたくないものだねえ」
「おばあちゃん、まだまだ、元気」
フロイデが気を利かせると、彼女は柔和に微笑んだ。
「ええ。私ゃ、健康だけが取り柄だからね」
2人が笑みを交わしていると和やかな空気が流れたが、ヴァールの声が引き締める。
「それでだ。キックホッパーが目撃された時期と場所を知りてえんだが?」
「おっと、そうでしたね。あれは3日前、村の若いのが隣町に小麦を売りにいった帰りのことです。ここから北東に、馬車で2時間も掛からないところに大きな沼があるんですがね、その畔に大きなバッタを見たって言うんです」
「ふむふむ……」
リーベは村長の言葉を一言一句漏らさず、心のメモに書き留めていく。
「私ゃそれが温厚な魔物ってのは知ってるんですが、何でもアレは小麦も食うそうで。もしかしたらこっちへ来て、もうすぐ収穫できる小麦を食い尽くされちゃうんじゃないかって、気が気でなくってね。それで皆さんに来てもらった訳です」
「なるほどな……」
「確かに、キックホッパーが小麦畑を荒らしたと言う例は多数報告されてますからね」
「それにアイツはキレると結構暴れるからな。敷地に入られたらどうしようもねえし、先に駆除しちまうのは懸命な判断だろうよ」
「ありがとうございます。それで、早速駆除に掛かっていただけるのでしょうか?」
「もちろんだ」
そう言うとヴァールは立ち上がる。
「んじゃ、日が暮れちまう前に奴さんを始末しに行くか」
すると村長を除く皆の視線がリーベに集まる。
「できる?」
フロイデが心配する。
(……たしかに、わたしに倒せるか不安だけど……でも、わたしはこれまで何度も強敵と戦ってきたんだ。だからきっと、キックホッパーにも勝てる!)
リーベは自分の胸に言い聞かせると、3人の目を見て確と頷いて見せた。
「よし、行くか」
「うん……!」
アリアン村を出て2時間ほどが経過した。
「ほっほっ……!」
リーベは規則的な呼吸を心掛けることで疲労を緩和していたが、それでも募るものはある。それは今や山のように堆積し、彼女の肺と心臓を押しつぶさんばかりに圧していた。
「ち、ちょっと休ませて……」
先頭を歩くヴァールに訴えると、隊列は前進を止めた。
「もうそろそろ接敵するだろうし、ここで1つ休むか」
その言葉に心底ホッとしつつ、リーベは腰を下ろした――いや、落とした。
「はあ……」
脚の疲れが地面に溶け出すかのような心地にため息が零れる。
彼女がへばる一方、他の面々は水分補給をしたり、軽いストレッチをしたりしてて、まさに小休止と言った様子であった。
「……わたしもおじさんたちみたいに体力があれば良いんだけどね」
「俺たちは何年も鍛えてるからな。むしろお前は冒険者になったばかりで、しかも女だ。それを鑑みりゃ、よくやってる方だよ」
「そう、かな……?」
照れくさくなって頬を掻くとフェアが小さく笑って言う。
「そうですよ。リーベさんはもう少し、ご自分を信頼すべきです」
「フェアさん……」
「リーベちゃんは頑張ってる、よ……?」
「フロイデさん……」
面々が微笑むのを見ると、リーベの胸は温かい思いがこみ上げてくる。
(……みんなの優しさに答えられるよう、もっと頑張ろう!)




