137 次なる獲物は
天井の高いホールには男性たちの低く太い声が反響している。そんな騒々しい空間の中、少女の声はよく通った。
「あ、リーベちゃ~ん!」
フィーリアは友人を見つけるや、ぴょこぴょこしながら手と跳ね毛を振っている。そんな歓迎を受けるリーベは、その姿から人懐っこい愛しのアデライドを想起するも、それは愛犬への不義であるため、妄念を振り払った。
「リアちゃ~ん!」
手を振り返しながら彼女の待つ受付へ向かうと、その柔らかく温かい手を取る。
「冒険に行くんですか?」
「うん。最近剣術を習い始めてね。それを試しに行くんだ」
「剣術ですか⁉ わたしてっきり、魔法使いなんだと思ってました」
「いや、わたしは魔法使いだよ? でもわたしの武器が剣と魔法の杖を合体させた奴だからね。こうして剣術を学んでるんだ」
「へえ、そうなんですね」
「おいリーベ! こっち来い!」
掲示板の方からヴァールが呼んでいる。
「呼ばれちゃった。それじゃ、また後でね?」
「はい。待ってますね」
手を振って別れると仲間たちの下へ向かう。先んじて掲示板を見つめている3人にリーベは尋ねる。
「何かよさげなのありましたか?」
するとフェアが振り返ってある依頼書を剥がして手渡してくる。
「ええとなになに~『アリアン村近郊に出現したキックホッパーの討伐』。キックホッパー?」
「体高が3メートルくらいのバッタだな」
「うげっ⁉ バッタって……もっと他にないんですか?」
「リーベちゃんが勝てそうなの、虫しかいない」
フロイデに残酷な現実を突きつけられると、おじさんが「諦めろ」と肩に手を置いてきた。
「で、でも……」
「コイツにお前1人で勝てたら、約束通り人形を買ってやるから――」
「頑張る!」
「代わり身速えなおい……」
「ダンクにお友達を作って上げるためだもん!」
「もんってお前……まあいい。とにかく次はキックホッパーだからな」
「うん!」
そんなやりとりを経て一行は受付にやって来た。そこにはフィーリアが待ち構えていて、「承ります」と、元気で可愛らしい声を発した。
「キックホッパーの討伐ですね――て、キックホッパー⁉」
彼女の驚愕に頭頂で跳ね毛がピーンと伸び上がる。
「大きなバッタですけど、リーベちゃん、大丈夫ですか?」
リーベは怖気をダンクへの熱い想いで振り払う。
「う、うん……大丈夫……!」
「そうですか……じゃあ手続きに移りますね?」
そう言うとフィーリアは用紙に色々と記入し始める。用紙に踊る文字はどれも丸み帯びており、リーベは女の子らしいというよりも、彼女らしいと思った。
「ギルドカードの提示をお願いします」
言われるままに差し出すと、彼女は全員の情報を用紙に書き込み、「最後にこちらに記入をお願いします」とリーダーであるヴァールに別の用紙を差し出した。
「おうよ」
彼が署名すると、フィーリアは友呼びの笛を差し出した。
その様子にリーベは王都でもソキウスに会えるのだと気持ちが高ぶった。
しかしその時、彼女の脳裏にはテルドルでソキウスの騎手をしていたスヴェンの言葉が蘇る。
『いつもみたいに燥いで飛びついたりとかはしないでね? みんなびっくりしちゃうから』
「はっそうだった! 気をつけないと……!」
リーベの独り言に他の4人は一様に首を傾げた。
ともあれ手続きはこれで終了である。フィーリアは受付嬢としての務めを果たすべく気を引き締める。
「手続きは以上になりますが、ご質問等ございますか」
「大丈夫だ」
「そうですか。それでは、無事の帰還をお待ちしております」
口上を言い終えるとフィーリアはリーベを心配する。
「リーベちゃん。無理だけはしないでくださいね?」
「……うん。約束するよ」
2人は別れを惜しむように数秒間、小指を絡めていた。
「手続きも終わったことだし帰るか」
受付に背を向けたヴァールが頭の後ろで腕を組み合わせて言う。
「その前に晩の買い出しに行かないと」
そう言うとリーベは当クランの食事担当大臣であるフロイデに意見を問う。
「晩ご飯、何が食べたいですか」
「魚と牛乳……!」
彼は具体的なメニューではなく、食材でリクエストをしてくるのだ。そのたびに少し困らせられるが、魚と牛乳であればいくらでも作りようがある。
「じゃあ今日は川魚のクリームソース掛けにしますか」
中空を見上げながら提案すると彼は嬉しそうに頷いた。
「うん……!」
「おいおい、魚は昨日も食っただろ? 肉にしようぜ?」
ヴァールの言葉にフロイデがキッと反応する。
「魚……!」
「肉!」
大小2人は睨み合うと、各々拳を背後に隠して――
「ジャーンケーン――」
ポンッ! と2人はパーを出す。
「ジャーンケーン――」
ポン! と、フロイデはチョキを、ヴァールはパーを出した。
「ぼくの勝ち……!」
「ちくしょお……」
フロイデが得々と鼻を膨らませる一方で、ヴァールは悔しげに拳を見つめていた。
「はは……今度はお肉にしようね?」
「夕食が決まったことですし、買い出しに参りましょうか」
微笑を浮かべたフェアの言葉にリーベは頷くのだった。
「そうですね」




