135 剣術指南
リーベは魔法使いだが、ダルに剣の機能を持つロッド――ソードロッドを託された以上、それを十全に扱えるようにならなければいけない。
そういう訳で彼女は今日の訓練からは剣術も教わることになった。
訓練場所は東門を抜けて右手方向にある練習場だ。
同様の施設はテルドルにもあったが、こちらはより用地が広く、魔法練習用の的もたくさん用意されているためリーベは豪華な印象を受けた。
「うし。今日から俺が剣術の稽古をつけてやるからな。気張って行けよ」
到着するなり師匠であるヴァールが言う。
もとよりそのつもりだったが、これから剣を振り回すのかと思うと緊張してしまい、それどころではなかった。
「うう……緊張する」
「始めは誰だってそうだからな。だが、それが正常な感覚ってもんだ」
「そうなの?」
「ああ。武器は敵を攻撃するものだが、使い方を間違えりゃ自分か、最悪他人を傷つけることになるだろ?」
「なるほど……そう言えばお母さんも、ナイフを使う時は怪我に気をつけなさいっていつも言ってた」
「だろ? 慣れてきた頃に限って事故が起こるもんだから、その緊張感は大事にしておけ」
「う、うん……!」
そこまで言うとヴァールはリュックを下ろし、フェアの方を見る。
「俺はコイツの面倒を見るから、お前はフロイデの相手をしてやってくれ」
「わかりました」
了解すると、彼はこちらを見る。
「ヴァールが見ているので心配いらないと思いますが、くれぐれもお気をつけて」
「はい。気をつけます」
彼は微笑むとフロイデを促す。
「さて、私たちはあの辺りでやりましょうか」
「うん」
2人が去って行くのを見送ることなく師弟は見つめ合う。
「それじゃ、よろしくお願いします」
「おう」
短く答えるとヴァールは木剣を手渡してくる。
「師匠の稽古見てるからやることはわかるだろ?」
「うん。素振りだよね?」
「そうだ。だがお前は初めてだからな。剣の握り方から教えてやる」
それからと弟子の隣にやって来て剣を見せつけてくる。
「剣には三種類の持ち方がある。1つ目はオーソドックスなヤツで、右手を上にて、間隔を空けずに左手で握る方法だ。2つ目は間隔を空け、柄頭を握る方法だ」
そこまで言うとヴァールは弟子を見る。
「だがお前の武器はソードロッドだからな。柄頭に珠があるから、この持ち方は使えねえ……ここまではいいな?」
「うん」
「じゃあ続けるぞ」
するとヴァールは木剣の刃を腕と垂直になる向きに向け、右手の親指で刃の根元を押さえた。
「最後がこれだ。剣を横から叩きつける時にこの持ち方になったりもするが、意識的に使うもんじゃねえな。一応頭の片隅に入れといてくれりゃ、十分だ」
「ということは、わたしは1つ目だけを覚えれば良いんだね」
「そういうことになるな。じゃあほら、ためしにやってみろ」
「うん――こうだよね?」
木剣の柄をしかと握って見せつける。しかしヴァールは「違う」と言う。
「違うの?」
「いや、違わねえが、親指を立てるのはやめろ」
「親指?」
言われてみると、確かに彼女は右手の親指を立てていた。
(これの何がダメなのかな?)
考えていると、ヴァールは弟子の親指を大きな指で摘まみ、手の内側へと、人差し指に被せるように折り曲げた。
「そうそうあることじゃねえが、指を立ててると先っぽが鍔より上に出てると相手の剣を受けたとき掠るかもしんねえからな」
「なるほど……怪我する要因になることはしちゃダメだもんね?」
「そういうことだ。んじゃ、次行くぞ」
3歩分の距離を取ると続ける。
「剣術の基本は素振りだ。足を肩幅くらいに開いて、正面に剣を構えてみろ」
言われたままにやってみると、構えを維持するのに肩が苦しくなるのを感じた。
「楽に構えろ? ――そうだ。そんで剣を頭の上にまで持ち上げろ」
「うん!」
「そのまま右足で踏み込むと同時に振り下ろせ」
「やあ!」
言われたことを意識してやってみたものの、リーベは失敗したのを直感した。動きがちぐはぐしていたからだ。
「剣は腕だけで振るんじゃない。剣の重み、体の重み、そして重心移動で起こる勢い。それら全部を束ねて相手に打つけるんだ」
見てろ、とヴァールは剣を構え、振るう。
その際ブウンと空気が唸った事など、整然たる見事な太刀筋に比べれば些細なものだろう。
「すごい……」
「今見せたもんをお前の中に落とし込むんだ」
「わたしの中に……やってみる」
ヴァールから目を離し、手元を見る。確認しながら剣を握り込む。一度肩を楽にした後、ゆっくりと剣を持ち上げる。そうして構えると瞑目し、師匠の素振りをまぶたの裏に蘇らせる。
(……凄かった。まるで体と剣が1つになったような、そんな感じ。あの技を、わたしは再現しなきゃいけないんだ)
「すう……ふう…………っ!」
ヒュン!
空気が唸った直後、剣はリーベの視界にあった。それに、右足も1歩前に送り出されている。そして彼女は踏み込んだ実感がない。それはつまり、自然な動作で剣を振るったということだ。
「1度見ただけでこれか……」
ヴァールが呟く中、リーベは確信を持って尋ねる。
「このやり方で良いんだよね?」
「あ、ああそうだ。続けてみろ」
言われるまま、リーベは何度も剣を振り続けた。空を裂く音が鳴らないときもあったが、それも徐々に減ってきて、11回目以降は常にヒュンヒュン鳴り続けている。そのことに彼女が満足してると、ヴァールが「もういいぞ」と言った。
「ふう……ちょっと休んで良い?」
額に浮いた汗を拭いながら言うと許可が下りた。リーベは喜んで腰を下ろすと水筒の中の冷水を呷った。体が火照ってるから冷水が今どこを通過しているのかはっきりわかる。それを不思議に感じているとヴァールに言われる。
「……ひょっとしたらお前は、こっちの方が向いてるのかもしれない」
「向いてるって、何が?」
「魔法使いよりも剣士の方が、だ」
「え、ほんと?」
元は剣士になりたかった彼女にとってその言葉は耳に心地よい話だった。
ヴァールは自分が褒めすぎたことに気付くと、弟子が増長しないように言葉を重ねる。
「かもしれないって話だ。それにだ。どのみちお前は魔法使いなんだからな」
「そんな……別に魔法使いが嫌って訳じゃないんだけど、わたしって魔法使いじゃなきゃだめなの?」
するとヴァールは神妙な顔でリーベを見た。
「師匠がお前を魔法使いにしたのは何でだと思う?」
「え? それは……わたしが男の人よりも魔力量が多い女の子だからだよね?」
「足りんな」
「足りない?」
「ああ。それもあるが、師匠はお前が冒険者になることは認めたが、危険な前衛に――剣士にさせたくなかったんだ」
「……そうだよね。お父さんはお父さんなんだから、そう考えるよね」
父の心遣いに胸が温かくなる中、リーベはふと疑問に思った。
「おじさんもわたしを剣士にはしたくないの?」
「当たり前だ」
「え、剣の使い方を教えてくれてるのになんで?」
無邪気な質問に彼は微笑んでリーベの頭に手を置いた。
「俺はお前の『おじさん』なんだからな」
「おじさん……ふふ! そうだね。おじさんはおじさんなんだから」
「そう言うこった。だからお前は魔法使いのままだ。そんで今剣術を学んでるのは、ソードロッドを使いこなすためだ。いいな?」
「うん、わかったよ」
「それでいい」
そこまで言うとヴァールは立ち上がった。
「うっし! 休憩はここまでだ。次はもっと本格的に行くぞ」
「あ、うん……!」
リーベが木剣を手に立ち上がると師匠は言う。
「リーベ、剣士が1番使う攻撃って何だ?」
藪から棒な問い掛けだったため答えるのに数瞬を要したが、彼女はその答えを知っていた。「あの上から斜めに斬る攻撃だよね?」
「そうだ。俺たちは『縦切り』って呼んでるが、大型から小型の魔物まで、唯一全てに通じる攻撃だ」
「唯一? じゃあ他の攻撃は通じないの?」
「通じないって訳じゃないが、効果が薄いんだ。体の大きい敵ってのは相応に堅いからな。横から切りつけるとして、ラソラナとアルミラージ。どっちが深手を負う?」
「ええと、アルミラージだと思う」
「そうだ。アイツは体が小さいからな」
『体が小さい』と言った時、視界の隅でフロイデがヴァールのことを睨んだ。
「ふふ!」
「どうした急に?」
「いや、なんでもないよ」
「遊びじゃねえんだから、真面目にやれ」
「ご、ごめんなさい…」
「あーどこまで話したか……そうだ。小型の敵以外には横切りが基本通じないから、縦切りを中心に立ち回っていくって話だ。そういうわけだから、これからお前に縦切りを教えてやる。見てろ」
すると師匠は距離を取る。
「行くぞ!」
ヴァールは左を向いて右足を後ろに引くと、右足の真上――顔の脇で剣を構えた。
「ヤアッ!」
右足で踏み込むと同時に剣を斜めに振るう。すると木剣の丸まった切っ先が空を掠め、ゴオウと激しい音を立てた。それから一瞬の間を開け、彼の正面に生えていた木の枝が切断される。
その太刀筋の美しさに改まって感心していると、師匠は「と、こんな具合だ」と弟子を見る。
「あ……うん。改めて見ると凄いね、おじさん」
「たりめえだ。何年剣士やってると思う?」
小さく笑うと続ける。
「剣を頭の上で構える事もあるし、剣が背中につくくらい上半身をひねって構える方法もあるが、ひとまずは今の方法でやってもらう。質問は?」
「ないよ」
「そうか、じゃあやってみろ」
「うん!」
(……右足を引いて、剣は顔の脇……よし!)
「てや!」
剣を振るうがしかし、師匠のように空気が唸ることはなかった。しかしそれでも、重心を上手く操れている実感はあった。
その感想は間違っておらず、師匠は満足そうに頷いた。
「そうだ。そのまま続けてみろ」
「わかった! てや!」
リーベ繰り返し剣を振るってきたが、師匠に改善点を指摘されることはあれど、違うと叱責を受けることはなかった。
(……やっぱり、わたし、才能あるんじゃ?)
増長しそうになった時「リーベ! 集中しろ!」と、彼女は始めて叱責を受けた。




