134 ダンク、緊急手術
先ほど訪れた噴水広場から四方に伸びる街路によって街は4つに仕切られていた。そのうち、一行は北東区にやって来た。
クランハウス街とはほど遠い暮らしやすそうな家があちこちに佇む中、その建物はあった。大きなガラス張りの慎ましやかな店舗で、表からは店内にぬいぐるみが並んでいるのが見える。
「そうだ! ここだよ!」
それからヴァールは大きな手ですり潰すようにフロイデの頭を撫でた。
「それにしても、よく知ってたな」
その言葉にフロイデ痛がりながらも得意げな顔をする。
「よく遊びに来てた、から……!」
「そうなんですね……良かったあ…………」
リーベは心底ホッと一息をつきながらも、腕の中で苦しんでいるダンクを撫でた。
「もう少しの辛抱だからね?」
「…………」
「目的のお店も見つかったことですし、早速伺いましょうか」
フェアの言葉にリーベが強く頷く。
「そうですね、お邪魔しまーす!」
飛び込むように入店すると、店内を埋め尽くすぬいぐるみたちが出迎えてくれた。
「わあ……!」
犬や猫以外にもクマや馬、亀など様々な動物たちが店内を埋め尽くす様に、リーベは乙女の本能を大いに刺激され、感動の声を上げずにはいられなかった。だがそれ以上に彼女を感動させたのは、ここがダンクの故郷であるということだった。
「ほらダンク。実家に帰ってきたんだよ?」
腕の中で苦しむ愛犬に呼び掛けると、彼は苦悶の中にありながらも嬉しそうに目を輝かせていた。
リーベがその様子を微笑ましく思い、彼の大きな頭を撫でていると、奥から店主がやって来る。老いながらも背筋がピンとした健康な老人だ。店主はフロイデを見ると、まるで孫を迎えるかのように穏やかな笑みを浮かべる。
「おや坊や。今日は大人数だね?」
「うん。リーベちゃんの犬、治して」
「犬?」
フロイデが手で示すと、目尻の垂れた柔和な瞳がリーベに向けられる。それを受け彼女は店主に歩み寄り、ダンクを見せた。
「こんにちは、おじいさん。あの、この子なんですけど……」
挨拶しつつもダンクを見せると、彼は「ああ……」と懐かしむように声を漏らした。
「この子か」
「あの、ダンクを覚えてるんですか?」
「ダンク? そうかい、良い名前をもらったんだな、お前は」
店主の言葉にダンクが誇らしげに目を煌めかせる。その様子にリーベは飼い主として得意な気分になった。
「覚えているとも『娘を一番幸せにしてくれるヤツを探してるんだ』って、3日も閉店時間まで粘られていたのだからね」
「そうなんですか……」
(お父さんってば、そんなに悩んでくれてたんだ……)
リーベはその事実と、いま腕の中にダンクがいてくれる幸せとに胸が温かくなる。
「それで、治すってどこをだい?」
「お腹です。べっこりへこんじゃって」
ダンクを差し出すと、店主は「ああ」と頷いた。
「そうか。綿が劣化しちゃったんだね。うん。このくらいならすぐに治せるとも」
ちょっと待ってておくれと、ダンクを抱えて奥に引っ込んでいった。
それからリーベは気が気でない時間を過ごしていたが、あるとき店主がダンクを手にやって来るのを見ると、胸が安堵で満ち満ちた。
「ほら、この通り。すっかり良くなったよ」
そう言ってダンクを差し出される。
陥没してしまっていた腹部は、元のぽっこりお腹に戻っており、その表情も苦痛から解放された喜びからか、綻んで見えた。
「ああ、良かった……おじいさん、ダンクを治してくれてありがとうございます」
「どういたしまして。こちらこそ、わしの作ったぬいぐるみを大事にしてくれてありがとうね」
「ふふ、ダンクはわたしの1番の友達なんです!」
2人の友情を示すためにギュッと愛犬を抱きしめる。その際、彼女は懐かしい感触を味わった。
「ほほ、そうかい」
店主が微笑む中、フェアが歩み出て、「いくらでしょうか」と問い掛ける。
「お代は結構だよ」
「ですが――」
「いいのさ。こんなに大事にしてくれてるんだからね」
鷹揚に答えるとリーベに向き直る。
「これからも大事にしてやっておくれ」
「はい!」
老人と若者。2人が笑みを交わしていると、ヴァールが待ちくたびれた様子で言う。
「んじゃ、人形も直ったことだし、帰るか」
「うん――おじいさん、ほんとうにありがとうございました」
店員は礼の言葉を微笑んで受け止める。
リーベは感謝と喜びとで胸がいっぱいで、子供のように激しい動作で振り返った。そうして退店しようとしたところ、フロイデが「アレ」と、とあるぬいぐるみを指した。
「ん? あ――」
そこにはダンクにそっくりな、クリーム色のトイプードルがいた。
この子は女の子であり、ぺたんと垂れた大きな耳の付け根に赤いリボンを着けて飾っている。そのワンポイントと素の可愛さとの乗算によって可愛さは無限大だった。
「わあ……」
「リーベちゃんの犬に、そっくり」
「ほんと……」
その子を見ているとリーベの胸がとくとくと鳴り始める。
「その子かい? つい最近仕立てたんだけどね――」
それ以降、店主の声は聞こえなかった。リーベはあのぬいぐるみの可愛らしさの虜になってしまったのだ。
「リーベさん?」
「さっさと帰るぞ」
店外で腰に手を当てていたヴァールに振り向き、トイプードルを指差しながら呼びかける。
「おじさん! この子買って!」
すると彼は面倒くさそうな顔をしてやってくる。
「買えだって? そいつがいるだろ?」
言葉とは裏腹に、彼は値札を確認していた。
「どれどれ――うお⁉ たっか!」
ヴァールが叫んだ。それを不思議に思ってリーベも値札を覗き込むと、そこには一般の労働者が半月分の給与をはたいてどうにか購入出来るだけの金額が記されていた。
「うわ!」
思わず声が出ると、店主は「素材にもこだわってるからね」と弁明した。
「そ、そうなんですね……」
「その子も同じ値段だよ?」
「ええ⁉」
リーベはダンクをしげしげと見る。
(……確かに、このモフリティの高さからして、このくらいの値段は妥当だけど……)
納得すると同時に、父がそんな大枚をはたいてまでもダンクを連れてきてくれたんだと、リーベは金銭的な面から父の思いやりを知らされた。
「フェア、どうするよ」
ヴァールはクランの経済をになっているフェアに問う。リーベとフロイデも彼に視線を向けると、フェアは申し訳なさそうに眉を歪める。
「買って差し上げたいのはやまやまですが、おいそれと払える金額ではありませんね」
「そんあ~……」
落胆しつつダンクを見ると、彼は寂しそうな目をしていた。
(……そういえば、わたしたちが冒険に出たら、ダンクは誰もいないクランハウスに一人ぼっちになっちゃうんだ。きっと寂しいだろうな)
そんなことを考えていると、リーベはこの子をうちに招くことが使命のように感じられた。
「そいつ1匹で我慢することだな」
ヴァールは言うと、諦めさせるようにリーベの肩に手を置いた。
しかし諦めきれない彼女は、どうしたら買ってもらえるか、この一瞬の間にしつこいくらいに考え、そしてある妙案を得た。
「……ねえ、おじさん」
「なんだ?」
「もしもだよ? わたしが1人で魔物を倒せたら、この子を買ってくれる?」
「おいおい。お前が1人で倒したとしても、俺たちの報酬は変わんねえんだぜ?」
そう言うと彼は冗談っぽく笑う。彼に他意は無いのはわかっているが、今のリーベにはそれが冷笑のように映った。
「そんな……ダンクにもお友達を作って上げたいの。ねえおじさん、買って?」
上目遣いで食い下がると彼は堪らずフェアを見る。
「どうすっぺ」
その目線を追うとフェアは悩ましげに顎を摘まみ、チラリとフロイデを見る。視線を追うと、彼は「目標、大事」とリーベの要求を応援してくれた。
「フロイデさん……」
リーベが期待を込めて向き直る。すると彼は顎から手を離し、微笑んだ。
「ふむ……まあ、それでリーベさんの力になるのでしたら、良いでしょう」
「ほんとですか⁉」
「ええ。ですが、これは特別なことなのだとは承知おきくださいね?」
「はい! フェアさん、フロイデさん。ありがとうございます!」
礼を言うとヴァールが不服そうに言う。
「おいおい、俺には何もねえのかよ」
「あ、おじさんもありがとね?」
「そんな後付けで言われても響かねえよ……たく」
ボリボリと頭を掻きながら店主の方を見た。
「そういうわけだから、悪いがコイツ、キープしといてくんねえか?」
「あ、お願いします!」
リーベが頭を下げると、店主は「良いとも」と快諾してくれた。
「やった!」
「この子がお嬢ちゃんのところに行けるように、応援してるよ」
「はい!」
リーベはとても晴れ晴れとした素晴らしい気持ちになった。それはあの子を見ると一層のものとなり、まるで明日が誕生日かのように思われた。
ダンクによく似たあの子はつぶらな瞳をダンクに向けている。その好奇心に満ちた煌めきは、彼女がダンクと友達になりたいと思ってくれていることの表れだった。
(……待っててね。わたしが2人をお友達にしてあげるから!)




