133 ダンク、緊急搬送
アイス屋を後にしたリーベとフロイデは郵便屋へ向かい、そこでリーベは両親へ手紙を出した。それから昼食を挟みつつ、病院や床屋といった施設を一通り回った。
そうしてクランハウスに戻ってきたのは、昼下りというには少し遅い時間だった。
「ただいまー」
言いながら表のドアを開けようとしたその時、屋内からゴリゴリと、まるで石臼を回すかのような重たい音が響いてくる。
「…………!」
2人は声にならない悲鳴を上げつつ、そっとドアを開けた。すると案の定、青臭い臭いが漂ってきて2人の鼻腔を麻痺させた。
「おや、お帰りなさい」
「ははひは……!」
帰りの挨拶をすると、フロイデは2階に、リーベは裏庭に避難した。
日差しが降り注ぐことのない裏庭。背の低い柵に仕切られたその空間にはスツールが置かれていて、そこにダンクが座っていた。彼は入浴後の火照った体を春風に晒し、涼んでいたのだ。
「た、ただいま……ダンク……」
飼い主がよろよろと彼の下へ向かう。
「だ、大丈夫だよ、このくらい……」
リーベはすーはーと荒い深呼吸をして、肺の中の空気を置換する。
「どう? もう体は乾いちゃったかな?」
語りかけながらダンクを抱き上げた時、リーベは強烈な違和感を抱いた。
「?」
(なんだろう、ダンクを抱いたときの感触が変だ)
そう思ってもふもふしてみると、スカスカと、虚しい感触がした。
「ダンク? どうしたの……て、ああっ⁉」
なんと、ダンクの腹が陥没していたのだ!
「どうかしましたか?」
勝手口が開き、青臭い臭いと共にフェアが現れる。
「見てください! ダンクのお腹が!」
「どれどれ……おや、これは労しい。きっと中の綿が弱ってしまっているのでしょう」
(……確かに、ダンクがわたしのところに来て10年……犬の10年というと、もう老境に差し掛かって――いやいや! ダンクは永遠の子犬なんだから!)
つまりダンクは老衰ではなく、病気に罹ってしまったのだ。
「そ、そんな……」
ダンクの苦しそうな姿にリーベの目には涙が滲んでくる……そんな時、ヴァールが帰ってきた。
「帰ったぞーって、臭っ!」
どうやらあの臭いを嗅いでしまったらしく、屋内から悲鳴が聞こえてくる。その根源たる彼はというと「ちょうど良いところに」と被害者を招き寄せる。
「げほげほ! たく……どうかしたんか――」
「ダンクが病気になっちゃったんだよ!」
そう言いながら見せつけると、ヴァールは「あー」と納得した様子を見せた。
「まあもう10年くらい経つもんな。綿もへたれてくるだろうさ」
「そんな……治せないの?」
「できるぞ」
悲愴な空気とは裏腹に、彼はあっけらかんと言う。
「ほんとに!」
「ああ。綿詰め直すだけだろ? んなもん、人形屋に行けばすぐに直してくれるさ」
「……よかった…………」
ホッと胸を撫で下ろしながら、リーベはダンクを見た。
その丸い腹はへっこみ、顔は苦しそうだ。
彼女は出来るなら変わって上げたいところであったが、そんなこと出来るはずがなく故に彼を早々苦痛から解放して上げねばと思う。
「ねえねえ、その病院ってどこにあるの?」
「病院って……師匠がそいつを買った店か~……」
ヴァールは頭を掻き回しながらフェアを見た。
「私が弟子入りする前の事でしょう? リーベさんとダンクには申し訳ないですが、存じ上げませんね」
「ええっ⁉ ――お、おじさん! なんとか思い出してよ!」
「と言われてもな~。北東区ってことしか覚えてねえよ」
「そんな……」
その言葉にリーベ落胆していると勝手口からフロイデが現れる。
「はふほははひ、ひへふ?(何の話、してる?)」
彼は悪臭に防いでいた鼻の穴を開放すると、順繰りに見回し、リーベを見た。
「どうし――」
「ダンクが病気になっちゃったんです!」
リーベがダンクを見せつけながらいうと彼は背筋を逸らし、「び、病気……?」と困惑する。
しかし彼女が何を言わんとするか、すぐさま理解した。
「ねえフロイデさん。北東区にある病院――」
「人形屋な」
「ぬいぐるみ屋です」
「――て知りませんか?」
「知ってる、よ――」
光明を得たリーベはずいと彼に顔を寄せる。
「え、知ってるんですか⁉」
すると彼は顔を赤らめて目を背けた。
「り、リーベちゃんが探してるのとは、違うかも、だけど」
「ううん、きっとそこです! 案内してもらえませんか!」
彼の小さな手を握り、訴えると彼は頷いた。
「やった! よかったね、ダンク。治してもらえるよ?」
「…………」
「んじゃ、行くか」
ヴァールの言葉に皆が頷いた。




