132 甘い匂いに誘われて
朝から昼へと変わろうかと言う時間帯。街はすっかり目覚めきっており、メインストリートでは今日も人や馬車が忙しなく行き交っている。その程度はテルドルのそれとは比較にならないほどであり、リーベは『王都』という肩書きの重みを感じずにはいられなかった。
「うわあ……今日も人がいっぱいですね」
「王都、いつもこんな感じ、だよ?」
「そうなんですね……」
(もしかしてテルドルって田舎なの?)
渋い思いが胸に広がる中、ツンツンと肩を突かれた。
「行こ?」
「あ、そうでしたね。行きましょう」
フロイデが歩き出すと、リーベは肩を並べる。
「最初はどこに行くんですか?」
「あそこ」
彼が指し示した先にはクランハウス街を出てすぐのところにあるパン屋だった。
「ここですか?」
(昨日、ギルドへ向かう道中でチェックしていた場所なんだけど……)
そう思いつつも、彼の厚意は無下に出来ない。だから彼女は知らないものとして説明を受けた。
「ここのパン、いつも買ってる」
「じゃあ今朝出てきたパンも?」
「うん」
「へえ」
一瞬の沈黙の中、リーベはあのグリーンスープと共に食されたパンに、そしてそれを作ってくれた人に申し訳なく思った。それはフロイデも同じのであり、顔を青くしている。
「……次、行きましょうか」
「うん……」
2人の前には大きな噴水があり、これを避けるように街路が丸まっていて、ここから四方に通りが延びている。北へまっすぐ行った高台の上には王城が佇み、西に行けば冒険者ギルドなどの施設が構えている。だが今回向かったのは東側だった。
「あの、ここには何が?」
辺りをキョロキョロ見回してみると、大通りなだけあって多様な店舗があるのが見えた。
「あそこ……!」
フロイデは足を速めた。慌てて追いかけてみると、そこにはアイスクリーム屋があった。
その甘味は子供を中心に人気を集めているもので、これから暑くなるのを思えば近くにお店があるのは非情に嬉しい話だ。
「むふーっ!」
気付けば彼は親子連れが中心の列に並んでいた。
「リーベちゃんも……!」
(フェアからさんお小遣いをもらっていることだし、わたしも食べようかな?)
「はーい」
彼と一緒に並び、メニューの書かれた看板を眺めているうち、2人たちの番がやって来た。
「わたしはイチゴで」
「ぼくはバニラ……!」
フロイデが子供のように言うものだから、店員はくすりと笑った。
しかし仕事は速く、テキパキとアイスをコーンに載せると手渡してくれた。
「ありがとうございます」
代金を払うと2人は店の前を離れ、手頃な位置にあったベンチに腰掛けた。そしてアイスに口をつける。
「ん、おいしい!」
バニラのミルキーな味わいにイチゴの甘酸っぱさがよくマッチしていて、手軽でありながらリッチな味わいだった。
リーベがイチゴアイスの味を楽しんでいると、彼女は手元に熱烈な視線を感じた。
見ると、フロイデが口を半開きにしながら羨ましそうに見ていた。
「イチゴ……」
「一口、食べてみます?」
「いいの……!」
「はい」
答えながらも彼女はイチゴアイスを彼の口元へと運んだ。
「はい、あ~ん」
彼はその小さな口でイチゴアイスを噛むと、その爽やかな味わいに頬を緩めた。
「おいしい……!」
「ふふ、良かった。フロイデさんっていつもバニラを頼むんですか?」
「うん、牛乳の味……!」
なるほど、牛乳好きな彼としてはバニラは外せないようだと納得していると「リーベちゃんも、食べる?」と、そう言って彼はバニラアイスを差し出してくる。
「え、いいんですか?」
「うん」
「じゃあお言葉に甘えて……ん!」
イチゴがない分、牛乳の甘みが全面に出ていて、その着飾らない純朴な味わいが実に美味だった。
「こっちも美味しいですね」
「うんうん……!」
アイスの美味を前に、彼はリーベと食べさせあっているということに気付かないでいた。
ともあれ、和やかな空気のうちアイスを平らげると2人は揃って腰を浮かせた――が、そのとき、右方から陽気な声がした。
「よう黒猫」
その声にフロイデはビクリと肩を弾ませ、キッとリーベの背後を見た。彼女が視線を追うとそこには冒険者と思しき3人の男性がいた。精悍な顔つきをしながらも、その目は無邪気でイタズラな光を宿している。年嵩の彼は二人を見ると口笛を吹く。
「ヒュー! 帰ってきたかと思えばこんな可愛い子ゲットしちゃうなんて、お前も隅に置けねえな~このこの!」
彼が言うとフロイデはボッと赤くなった。
「ち、ちが――」
「一緒にアイス食ってんのにそりゃねーだろ? なあ嬢ちゃん」
「あはは……いえ、そうじゃないんですよ。本当に」
「じゃあなんなんだ?」
「わたし、昨日王都に来たばかりで、フロイデさんには色々と案内してもらってたんです」
「王都に来たばかりって、何しに?」
「冒険者活動です。師匠がこっちの所属なんで、ついてきたんですよ」
「師匠……まさか嬢ちゃん、ヴァールの弟子なんか⁉」
「は、はい……」
「まじか……黒猫もそうだが、なんでアイツは冒険者っぽくねえヤツばかり弟子に取るんだ?」
「はは……偶然ですよ」
妙な沈黙の後、年嵩の彼は「ところでさー」とリーベの華奢な肩に腕を回してきた。
「嬢ちゃんさ、今案内してもらってんだろ?」
「え、ええ、はい。そうです……」
「俺たちこれから報酬金でパーッとやるからよ、黒猫なんてほっといて、一緒に来ないか?」
「良い酒場教えてやるぜ?」
「宿屋もな!」
その言葉を最後に3人は高笑いした。
それはさておき、リーベは人生で初めて『ナンパ』というものを受けた。その驚きと困惑とに思考は定まらず混迷としていく。
(わたし一体、どうなっちゃうの……⁉)
彼女が誰かに助けを求めようとしたその時。フロイデの小さな手がリーベの手を掴み、男たちから引き剥がしてくれた。
「あ、案内はぼくがやる、から……!」
そう言ってフロイデは相手を睨む。
「ヒュー! かっくいい!」
年嵩が言うと他の2人が笑う。それで何かが満たされたのかリーベは知らないが、ともあれ年嵩はフロイデの肩を叩き 「黒猫、ちゃんとエスコートするんだぞ?」と言い残して去って行った。
その後ろ姿が小さくなるのを見届けると、リーベは崩れ落ちるようにベンチにへたり込んだ。
「ふ~、ビックリした」
ホッと胸を撫で下ろしていると、3人を睨むフロイデさんの横顔が見えた。
いつもあどけない彼だが、この時ばかりは男性らしいたくましさが見えて、こんな顔もできるんだと、リーベは驚かされた。
「リーベちゃん、大丈夫?」
その声にハッとさせられる。
「あ、はい。お陰様で……」
額に浮いた汗をハンカチで拭いながら尋ねる。
「さっきの人たちとはお知り合いなんですか」
「うん、ぼくのこと、子供扱いする……!」
彼は憤然と鼻息を吐き出す。
「そうですか……あの、手。そろそろ離してもらっても良いですか?」
「あ、ごめん……!」
彼は頬を紅潮させ、目を背けた。その仕草に、フロイデさんはフロイデさんだなと、彼女は微笑んだ。
「それで、いきなりアイス屋さんに来ちゃいましたけど、次はどこへ行くんですか?」
尋ねるとフロイデは目を輝かせて言う。
「クレープ屋……!」
「……とりあえず、食べ物以外でお願いします」




