130 ゲテモノフード押しつけてくる系男子
あるときダンクが山のように大きくなった。
昨夜まで飼い主であるリーベの腕の中に収まるサイズであったのだが。一体全体、なにがあったのかリーベは不思議に思ったが、それはさておき、大きくなったダンクと遊ぶことにした。
ソキウスの騎手であるスヴェンが相棒であるアデライドの背中に乗っていたように、リーベはダンクの背に乗り、もふもふのアプリコットの長毛を手綱のように握りしめ、呼びかける。
『いいよ~』
『き゛や゛ん゛』
重低音の利いた鳴き声と共にダンクは走り出す。
リーベは上下に激しく振られるのを堪えながらも、前方の景色を見やる。
『わあっ! 速い速い!』
『き゛や゛ん ゛き゛や゛~~~ん゛』
ズシンズシンと大地を踏みしめながら、ダンクは南方にあるテルドルを目指して駆け続けた。そして今や懐かしいラルバの町に差し掛かった、その時だった。
「――ベちゃん……!」
『ん? ダンク、今何か聞こえなかった?』
『く゛う゛ん゛?』
「――きろ!」
『ほらまた! ほんと、何だろう』
リーベが呟いた時だった。
「起きろ!」
その声が響いた途端、彼女はバランスを崩し、落馬ならぬ落犬してしまった――
「うわああああっ⁉」
ガバリと身を起こすと、そこにはヴァールとフロイデがいて、彼らは鬼気迫る様相でリーベの名前を呼び続けている。
「な、なに⁉」
大いに動揺するも、ヴァールは叫ぶ。
「早く起きろ! そんで朝飯つくってくれ!」
「あ、朝ごはん? そんなにお腹空いてるの?」
「違う……!」
今度はフロイデ。
「このままじゃ……このままじゃ――」
言い掛けた時、開け放たれたドアからは恐ろしく青い臭気が漂ってきて一同は咄嗟に鼻を摘まんだ。
「うっ! はひほほひほひ……(何この臭い……)」
「ひはっは!(しまった!)」
「へははほふひ、はひへは……(フェアが料理、始めた……)」
「はははははひほふ……(鼻が曲がりそう……)」
リーベはフェアの腕前に恐怖を覚えつつも、ヴァールたちと共に、着替えもせずに1階に下りていった。悪臭の発生源へ近づくにつれて臭いは強くなっていき、ついには鼻を摘まんでも耐えられない領域に突入する。
「うう……!」
リーベが呻くと調理中だったフェアが気付く。
「おや、お目覚めですか?」
そう言って振り返ったとても良い笑顔だった。
しかし今のリーベにはそれが、毒薬を調合する魔女の嗤いに思えてならなかった。
「もうすぐ出来ますので、身支度を調えてきてください」
「……はひ」
リーベはとにかくこの場から逃れたい一心でそう答えてしまった。そんな彼女の言葉にヴァールとフロイデが酷く落胆したのは言うまでもない。
食卓の上にはパンと牛乳の他に緑色のスープが置かれていた。それは藻の繁殖した水面のようであり、臭いに至ってはそのものだった。
「さ、皆さんどうぞ、お食べください」
「…………」
リーベはヴァールとフロイデを順繰りに見た。
2人とも目は死んでいて、抵抗する気がない様子。それは行動にも表れていて、2人は黙々とスープを掬い、飲み込む。その動作を淡々と繰り返している。
「あ……」
「リーベさん? どこか具合でも?」
フェアはせっかくのパンを藻スープに浸しながら言う。
「い、いえ……」
逃れられないと悟った彼女はスープに向き直り、覚悟を決めた。
(ええい、ままよ!)
「すす――ぬうっ⁉」
どうにか喉に流し込んだ瞬間、激しく噎せてしまう。
「ゲホゲホ……フェ、フェアさん! これ、何のスープなんですか!」
「マジカルリーフのスープですよ?」
「ま、マジカルリーフ⁉」
彼が平然と口にした名前にリーベは恐怖した。
マジカルリーフとは、魔力回復の効能を持つ植物だが、その用途は決まって薬で……つまり、食材ではないのだ。それをフェアはほうれん草やグリンピースの代わりに使っている。
この異常さを例えるならば、軟膏をジャムの代わりとしているようなものだ。
「ふぇ、フェアさん……」
「なんでしょう?」
「マジカルリーフは……」
言い掛けたが、彼の純粋な瞳を前に、根本的なダメだしをするのは憚られた。
「……こ、個性的な味わい、ですね」
お世辞で諷諫するも、彼は言葉通りに受け取ってしまう。
「そうでしょう。この鼻を抜ける爽やかさな香りは他の食材では出せませんからね」
「…………」
そう。彼は本気で美味しいと思っているのだ。
(フェアさんがこんなに味音痴だったなんて……)
出会って10年ほどが経過するが、なぜ知る機会がなかったのだろうかと不思議に思うと同時に、リーベは自分の役割の重大さを痛感した。




