012 デート?
食事と片付けを終えると、リーベはヴァールに言う。
「ねえ、おじさん。また、冒険の話を聞かせてよ」
彼の語る冒険譚は明らかに誇張が入っているが、その分、聞いていて楽しいのだ。リーベは子どもの頃からこれが好きで、会うたびにこんな風にねだっていた。
爪楊枝を使って歯を掃除していた彼だが、彼女の方を見て、それから師匠であるエルガーに目配せする。エルガーが引退した今、冒険譚を聞かせることでリーベが『わたしも冒険者になりたい!』などと言い出さないか、心配だったのだ。
結局エルガーが目を瞑って却下したので、ヴァールが語ることはなかった。
「……それよかリーベ。暇ならコイツの案内をしてやってくんないか?」
そう言って弟子の背中を叩く。するとフロイデは動揺して、あたふたと視線を彷徨わせる。
「……え? なんで?」
「なんでも何も、これからしばらくテルドルにいるんだ。それなのに不案内じゃいられねえだろ?」
「それは……」
フロイデは救いを求めるようにフェアを見やるも、彼もまた、同意見だった。
「街を知り、地域の人と交流を図るのも大事な事ですよ?」
そう言われては返す言葉もなく、彼は俯いた。
一方でリーベは嫌がっているのに連れ回すのはどうかと思ったが、フェアに一言「お願い出来ますか?」と言われると、つい了承してしまった。
「それじゃ、行きましょうか」
「……うん」
彼はぎこちない動作で立ち上がると、壁に立て掛けていた長剣を背中に掛けた。
「馬車には気を付けるのよ?」
シェーンに言われるとリーベは笑顔で返す。
「うん。行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
食堂を出て数歩のところでウワサ好きのサラ婦人に呼び止められた。
「あらリーベちゃん。いつの間にボーイフレンドなんて作ったんだい?」
その言葉を聞いた途端、隣にいたフロイデはボッと音が出そうなほど一気に赤面した。
「ボーイっ……⁉」
リーベは彼が俯く様子に苦笑しつつ、答える。
「はは……この人はフロイデさんと言って、ヴァールおじさんのお弟子さんです。今は街の案内をしてる――」
「ああ、この子がかい! そんでまあ、こんな可愛い冒険者がいるなんてねえ!」
サラは爛々と輝く瞳をフロイデに近づけた。
「う、うう……」
彼が表情を引き攣らせつつ仰け反ると、彼女は大声で笑った。
「もう、そんなにビクビクしないでちょうだい! まるであたしが虐めてるみたいじゃない!」
言いながら、ガサゴソと腕に掛けたバスケットを漁る。
「脅かして悪かったね、ほら、飴ちゃんあげるから機嫌直してね」
完全に子供扱いであるが、フロイデは至って嬉しそうに飴玉を受け取った。
「ありがと、おばちゃん……!」
「まあ!」
その無邪気な姿ににサラはすっかり機嫌を良くして、おまけで数個手渡した。
「ふふ、仲良くお食べ。デートの邪魔して悪かったね。それじゃ!」
結局彼女は勘違いしたまま去ってしまった。
(まあ、後で訂正すればいっか)
リーベがそう考えていると、フロイデが飴玉を2つ、差し出してきた。
「ん」
飴玉に頬をぽっこりさせる彼の瞳に緊張の色はなかった。甘いものを摂ることで緊張がほぐれたのだ。
そのお陰で小さな顔には清々しい笑みが浮かんでいる。
「ああ、ありがとうございます」
受け取り、包みを取り除く。すると薄いピンク色をした飴玉が表れる。内部には種子が閉じ込められていて、イチゴ味であることがわかった。
リーベは女の子の例に漏れずイチゴが好きだった。自然と心が弾んでくる。
「いただきます……ん! 甘い!」
「……おいしいね」
「はい!」
何気ないやり取りの中で目が合った。真っ黒く大きな瞳は無邪気に煌めいていたが、次第に羞恥が滲み、背けられてしまう。リーベはそんな彼の様子を微笑ましく思っていると、彼は不機嫌そうに言う。
「……リーベ、ちゃん?」
「あ、すみません。それで、何処から行きましょうか?」
「ぼくに聞かれても……」
全く以てその通りだ。
「ふふ、そうでしたね。ギルドにはもう行きましたか?」
「うん」
「そうですか。じゃあ……」
中空を見上げ、フロイデが行きそうな場所を思い描く。
(あそことあそこと……)
「うん。それじゃ、ご案内しますね?」
リーベは道中、知り合いに呼び止められつつ、最初の目的地に到着した。
それは一見すると単なる民家であるが、小さな庭で薬草を栽培しており、薬草特有の香気に2人は鼻に清涼感が吹き抜けていくのを感じていた。
「ここは?」
「ここは診療所です。医者のランドルフ先生は評判で、お父さんもケガをした時はお世話になっていたんです」
「へー……」
「専門は外科ですが、軽い風邪とかも見てくれるんですよ」
するとフロイデは得意げに小鼻を膨らませた。
「ぼく、風邪引いたことない……!」
「そうなんですか? わたしは毎年罹っちゃうので……秘訣とかってあるんですか?」
「毎朝牛乳を飲む……!」
「牛乳かあ……」
料理の具材の1つとしか認識していなかったが、確かに健康には良さそうだと納得した。
「そっか、早速明日から実践してみますね?」
「うん、きっと良くなる……!」
「ふふ、それじゃ、次に行きましょうか」
服屋や床屋など。必要と思われる施設はあらかた紹介し終えた。
(あとは……)
彼女らの向かう先にはテルドルにしては珍しい赤い屋根をもつ建物があった。その入り口の斜め上には看板が吊られており、剣と斧が交差したシンボルが描かれている。
「見ての通り、ここは武器屋です。武器屋ですが、キッチンナイフも売って――」
「入っていい……?」
フロイデは期待を満面に浮かべていた。
「ふふ! はい。もちろんです」
すると彼は放たれた猟犬の如く店内に飛び込んでいった。
リーベが後を追って入店すると、お馴染みのご婦人が出迎えてくれる。
「おや、リーベちゃん。こんにちは」
「こんにちは、スーザンさん」
スーザンはここの店主で、西にある工房で夫のダルが作った武器を販売しているのだ。そんな婦人はフロイデを見つめながら、溜め息交じりに問い掛けてくる。
「これがウワサの坊やかい?」
「はい、多分そうです」
「へえ、とても冒険者には見えないねえ」
繁々と武器を見ていたフロイデがキッと視線を返す。
「チビじゃない……!」
(誰もそうは言っていないけど……まあ言ったようなものか)
「ははは! こりゃ失礼! 詫びの品はないが、ゆっくり見て言ってよ。うちは冷やかし大歓迎だからねえ!」
スーザンは裏表のない人で、故に言葉を選ぶこともしないのだ。
それはそうと、リーベはフロイデに付いて武器屋を見学させてもらう事にした。
天井にクモの巣が張られている店内には、多種多様な武器が置かれている。
剣は剣でも、ダガー、短剣、長剣、大剣とあり、この4カテゴリーの中でさらに形状が違っている。リーベは今までじっくり見たことはなかったが、剣にも個性があって見ていて楽しくなってくる。その感覚は服を選んでいる時に似ていた。
「いろいろありますね」
「うん……!」
フロイデは純粋な眼差しを剣に向けたまま言った。
一緒になって観察していると、スーザンが冗談半分に言う。
「なんだい? リーベちゃんも冒険者になるんかい?」
驚くべき発言に振り向くと、その瞳が期待に煌めいているのに気付く。
「まさか! だってわたし、女の子ですよ?」
「女の冒険者がいたって良いじゃないか。それになにより、あのエルガーさんの娘なんだ。アンタにも才能があるはずだよ」
「わたしが……冒険者…………?」
想像してみた。
『てやー!』
『ぐおーっ!』
ぺち!
『きゃー!』
きらーん☆
「…………わたしにはムリですよ、はは……」
「そうかい? やってみなきゃ分からないよ?」
「それはそうですけど……」
「……あ、背中にクモが」
フロイデが彼女の肩に付いたクモを捕る。
「え、うそ!」
「うそじゃないよ。ほら」
そうして見せつけられたのは脚の長いクモだった。
「きゃああああ! あああ、あっちにやってください~!」
必死に顔を背けていると、スーザンは溜め息をついた。
「はあ……こら、ホントにダメかもねぇ」




