126 新しい友達
クランハウス街を出た一行は街の中央部にある広場へと向かっていた。
その道中、リーベは王都の瀟洒な街並みに胸をときめかせながら、どこにどの店があるのかマッピングするのに大忙しだった。
「ふむふむ……あそこに服屋さんね――いたっ!」
反対側へ振り向こうとした時、大きな背中に打つかってしまった。リーベは鼻を押さえながら文句を言う。
「つう……おじさんったら、急に止まらないでよ!」
「前を見てないお前が悪い。それよか、着いたぜ」
「着いた?」
覗き込むようにして前方を見やると、中央広場に到着していた。馬車が何十台も停車出来るくらい広大な用地の中央には大きな噴水があり、広場の外縁には露天が連なっており、客を引く声が塊となって襲い来る。
「わあ、広い……!」
リーベが感動する中、ヴァールは「そっちじゃねえ」と良い、顎をしゃくる。
その先を目で追うと広場の北西に赤煉瓦で組み上げられた見慣れた建物があった。
「冒険者ギルド?」
「そうだ」
「へえ、テルドルのより大きいんだね」
建物はテルドルのそれよりも一回り大きく『ここが冒険者ギルドの本部だ』と胸を張っているかのようだ。
「大きいね……」
「ぼくの方が大きい……!」
「それは無理がありますよ」
フロイデの言葉に皆は小さく笑った。そんな和やかな空気の中、フェアが言う。
「では参りましょうか」
「そうだな。おら、行くぞ」
そうしてギルド本部の正面までやって来ると、リーベは大きな窓ガラスから屋内を覗き込んだ。そこにはテルドルと同様に屈強な冒険者たちの姿があった。
(王都の冒険者……どんな人たちかな?)
新たな出会いに胸をときめかせていると、焦げ茶色の大きな両扉を開き、一組の冒険者が姿を現す。筋骨隆々たる雄々しき出で立ちであったが、その顔はしかし、蕩けていた。
「お嬢は今日も可愛かったな~」
すれ違い様、小耳に挟んだその言葉を気にしつつも、リーベは入場した。
「わあ……」
内装はテルドルと同程度に綺麗であったが、規模が大きいからだろうか、あちらよりも立派に映った。
始めて踏み入った空間を見回していると、心をほぐすような可愛らしい声が響いてくる。
「あ、ヴァールさ~ん」
語尾が若干伸びていて間の抜けた印象を受けるその声に振り向くと、受付の向こうにリーベと同じ年頃の少女がいた。
真っ先に目を引くのは頭頂でゆらゆらと揺らめく大きな跳ね毛であり、その次がどんぐりも羨むような見事な茶髪だった。それは腰の辺りまでカールしながら伸びており、彼女が手を振るたびにふわふわと揺れた。最後にその顔だ。ぱっちりと大きな瞳、つんと小さな鼻、つい見つめてしまいそうになる唇……その特徴の1つ1つが優れており、リーベは自信を失ってしまいそうになった。
そんな少女の胡桃色の瞳がちらりと、リーベの方に向けられ、緑の瞳から放たれる視線と交錯する。
「あ」
「あ」
目が合うと、リーベその特徴から彼女が何者であるか理解した。
それはあんぐりとしている少女も同じであり、彼女は無言で持ち場を離れると、リーベの元までやって来る。
「……もしかしてリーベちゃん、ですか?」
「わかるの?」
疑問を口にすると、彼女は破顔し、リーベの手を握った。
その手は柔らかく、温かかった。
「もちろんです! だって、エルガーのおじさまから色々お話を聞いてましたから!」
(お父さんと面識がある……てことは……!)
「じゃあやっぱり……あなたが、フィーリアちゃん?」
「そうです! フィーリアです!」
父エルガーから『マスターにはお前と同い年の娘がいんだぞ?』と聞かされていたが、まさか実際に会えるだなんてとリーベは感動した。
少女2人の出会いに歓喜し、手を取り、ぶんぶんと振り合い、リーベはポニーテールを、フィーリアは跳ね毛を揺らしていた。
そんな中彼女ははたと振り返り、受付まで駆け戻っていく。そうしてカウンターに両手を突くと事務室の方へと呼び掛ける。
「お兄ちゃ~ん! リーベちゃんが来てくれましたよ~!」
その声がホールに霧散して少し、事務所の中から青年がやって来た。
目も髪もフィーリアと同じ色で、髪が若干ウェーブ掛かっているのも同じだ。そんな彼は丸眼鏡の奥に濃い隈をつくっていて、ひょっとしたら倒れてしまうのではないかと心配にさせられた。
「ほらお兄ちゃん、リーベちゃんが来てくれましたよ」
そう言いながらフィーリアはギルドの制服に皺ができるのも厭わず兄の腕に抱きつき、跳ね毛でハートを模った。
「やあ、ヴァールさん。それに皆さんもお戻りのようで、お疲れ様です」
「お前もな」
「はは……」
彼はため息交じりに苦笑するとリーベを見た。
「初めまして。君がリーベちゃんかな?」
「あ、はい初めまして――あの、隈すごいですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、このくらいなら全然大丈夫だよ。ありがとう」
「い、いえ……」
(全然大丈夫には見えないんだけど……)
「あ、申し遅れたね。僕はカルム・フォルトシュリット。ここで管理長を務めているんだ。よろしくね?」
「はい、よろしくお願いします」
彼が名乗り終えたところでヴァールが笑いながら言う。
「コイツが次のギルドマスターだからな。今のうち媚び売っとけよ?」
「え、そうなの?」
「まあね。冒険者ギルドは僕たちフォルトシュリット家の人間が継ぐことになってるから」
「へえ……あ、じゃあ『お嬢』っていうのは」
「多分、この子の事だよ」
腕に抱きついているフィーリアを見て言った。
「はは……フィーリアちゃんはお兄さんのことが好きなんだね」
「はい! わたしたち、結婚するんです!」
「しないよ――ところで、その格好……」
とリーベを見る。
「ああ、はい。わたしも冒険者なんです。なり立てですけど」
カルムは意外そうに目を見開くと、フェアの方を見た。
「魔法使いですか?」
「ええ。金の卵ですよ」
「そんな! わたしなんて平凡も平凡ですよ!」
フェアが穏やかに笑っていると、その脇でヴァールが言う。
「ははは! さ、挨拶も済んだことだし、フィーリア、手続きの方を頼む」
「あ、はーい」
彼女が受け付けへ駆け込んでいくとカルムは改まる。
「それじゃ僕はこれで失礼します。リーベちゃん。冒険者はいろいろと大変だけど、頑張ってね。応援してるから」
「はい、頑張ります!」
わたしが力一杯に答えると彼は微笑み、事務所へと帰っていった。
その背中を見送ると、リーベは師匠たちと共にフィーリアの待つ受付へと向かおうとするが、フロイデが1人佇んでいる事に気付く。
「お兄ちゃん……」
「フロイデさん? どうかしましたか」
「あ、ううん。なんでもない、よ」
「そうですか」
それきりで会話を終えると、2人は受付まで小足で向かった。




