125 クランハウス部屋割り問題
「と、着いたぜ」
「これが……」
リーベの目の前には横幅の狭い2階建ての家屋があった。ここら一帯の建物は全て同じ様式で建てられており、この建物も例外ではない。しかし、ここが自分の住処になるのかと思うと、なぜだか他よりも立派に見えた。
「狭いですが、設備は一通り揃っていますのでご安心ください」
「じゃあ厨房も?」
「もちろん」
「やった!」
フェアの言葉に喜んでいると、ヴァールが深刻な顔をして彼女の両肩を掴んだ。
「これからはお前が料理担当だからな」
「お願い……!」
フロイデまでもがものすごい剣幕をして言う。
「う、うん……」
動揺させられながらも頷くと、2人は心底安堵した風にため息をつき、ハイタッチまでもを交わしていた。
(……そういえば昔、お父さんが『フェアの料理は壊滅的だ』と言ってたっけ。なんでもウナギのスライムゼリー寄せなる珍メニューまでをも創作し、振る舞われるのだとか……)
「うう……!」
(想像するだけでも悍ましい……)
これからは自分が料理番として、みんなの舌と胃袋を護らなければと、リーベは切実に思った。
「おや? どうかしましたか」
フェアが首を傾げるとヴァールは慌ててドアノブを掴んだ。
「はは、なんでもねえよ……はは」
そんな言葉と共にドアが開放されると、リーベはダンク共々、ヴァールとドア枠の隙間から内部の様子を窺った。
入ってすぐのところに食卓があり、その奥に厨房が見える。右手には階段があり、左手の壁には武器を掛けるラックがあった。
繁々と見ていると、室内から呼びかけられる。
「なにしてんだ? 入ってこいよ」
その声に振り向くと仲間は皆先に入っていたようだ。
「あ、うん。お、おじゃまします……」
緊張しながら屋内へ踏み込むと、フロイデがぼそりと言う。
「違う、よ?」
「違う?」
首を傾げていると、フェアがにこやかに言う。
「ここはもう、あなたのお家なんですから」
「あ」
言われてリーベはようやく理解した。
だから改まって、ちょっぴり恥ずかしく思いながらもその言葉を口にした。
「た、ただいま」
「ふふ、おかえりなさい」
「おかえり」
「おかえり――とま、そういうことだ」
ヴァールはラックに大剣を掛けると、困った風にフェアを見た。
「部屋割はどうすっか」
「そうですね……」
フェアは顎を摘まみながらリーベとフロイデを交互に見る。
「お部屋、人数分ないんですか?」
「いえ、そういうわけでもありません。2人部屋が2つあるのですが――」
「1つは俺とフェアで、もう1つは今はフロイデが1人で使ってるんだ」
「うん。じゃあわたしはフロイデさんのお部屋に間借りするの?」
「それが1番楽なんだがなー」
ヴァールはチラリとフロイデを見た。すると彼はびくりと肩を跳ね上げ、恐る恐るとリーベの様子を窺いながらに言う。
「ぼ、ぼくは別に、リーベちゃんと一緒でも良い、よ?」
「わたしも構わないよ?」
リーベはあっけらかんと答えた。すると師匠2人は困った。
「どうするよ?」
「ふむ……フロイデなら大丈夫でしょうけれども、年頃の男女を同室にするのは如何な物か……」
(そう言えばわたしとフロイデさんは一つしか違わないんだった)
その事実を思い出すのと同時に2人の懸念にも気付く。
(おじさんたちが心配するのも無理はない……でもでも! 確かにフロイデさんはむっつりさんだけれども、それは男の子だから仕方ないことだし、それになにより、今までいっしょに戦ってきた仲間を、そんな卑しいものを見る目では見たくはない!)
「……わたしは気にしないよ?」
「……リーベさんがそう言うのであれば…………」
フェアが相方の様子を窺いながら言う。するとヴァールはフロイデを睨んだ。
「わかった。お前らはあの部屋を2人で使え。だがな、フロイデ。リーベに妙なことして見ろ? お前の芋虫みてえなチンポコ引っこ抜いて野良犬に食わせてやっかんな!」
彼の忠告にフロイデの顔がボッと赤くなる。それは隣にいるリーベも同様だった。
「お、おじさん! 女の子もいるんだから変なこと言わないでよ!」
(芋虫みたいって、どういうこと……?)
そんな疑問が頭の片隅に残る中、フェアが喉を鳴らして言う。
「こほん。ともあれ、何か問題が起こるようであれば部屋割りを変更しますので、くれぐれも気をつけてくださいね?」
その言葉はフロイデに向けられたものであった。
「う、うん……わかってるよ」
フロイデは渇いた口でそう言うと、ガクガクとした動作でリーベを見た。
「そ、それじゃ、部屋、案内する、から」
「お願いします」
彼が剣を壁に掛けるとリーベはそれに倣う。それから2人は階段を上っていく。途中、階下からヴァールの声がした。
「ギルドに帰還を報告しに行くから、荷物置いたらすぐに下りて来いよ?」
「はーい」
「わかった」
口々に返事をすると、2人は歩みを再開する。階段はヴァールが通り抜けられるのか不安になるほど幅が狭く、窮屈だ。それは階段を上がりきったところで若干緩和されたものの、ドアを開けたら廊下が封鎖される程度には狭かった。
「ここ」
フロイデさんは奥のドアの示して言った。それからドアノブを引くとドアがギイイと音を立てて開いた。その事実に、リーベはこの建物がそこそこ年季が入っているものだと気付く。
フロイデが入室するのに続くと、そこはこぢんまりとした部屋だった。
左右の壁際に机とベッドとクローゼットが置かれており、左側にフロイデの私物がなければ左右対称になっていたことだろう。
「へえ、こうなってるんだ」
「狭いけど、大丈夫?」
「はい。荷物も最低限しか持ってきてないので、全然大丈夫ですよ」
「そうなんだ」
そんなやりとりをしながらも彼はリュックをベッドに放った。一方でリーベはリュックとトランクとを壁際にそっと置き、ダンクはホコリを払った机の上に、室内がよく見えるように座らせた。
「それじゃ、お留守番よろしくね?」
「…………」
ダンクは新居が嬉しいのか、目を爛々と輝かせて興味津々と部屋を見回していた。
「ふふ、じゃあね。すぐ戻ってくるから」
ダンクに別れを告げるとフロイデ共々、1階に下りた。




