121 森の中のお茶会
明くる早朝。冒険者一行は宿場町セルランを、そして王都ホープを目指して馬車で北上していた。その間、リーベはフェアを見習い、瞑想をしていた。
「…………」
車輪が転がる音も、春の暖かな陽気も、ヴァールの汗臭さも。
彼女が五感で感じられるあらゆる情報を閉め出そうとして頑張っていた。しかし、そうすると余計に気になってしまい、何度もしきり直していた。お陰で疲れてしまった。
「ふう、瞑想って難しいですね」
呼びかけるとフェアが瞑想を解いて答えてくれる。
「ええ。心を鎮めることが如何に難しいか、よくおわかりになったでしょう」
「はい……それで、何かコツとかはないんですか?」
すると彼はシャープな顎をつまんで答える。
「そうですね……心に何か考えが湧いたとしても、それを無理に締めだそうとしないことでしょうか」
「え? 心を無にするのが瞑想なんじゃ?」
「そうですが、心を無にしようと努めてしまうと、それが新たな考えになってしまうでしょう。ですので頭を楽にして、感じるままにしておくことです。そうすればいずれ、心は鎮まりますから」
「なるほど……やってみます」
(心を無にするんじゃない。楽にするんだ。感じるままに……全てを委ねるんだ)
「…………」
ガラガラと音を立てて転がる車輪。その中に砂を噛む音が僅かに聞こえる。平原には春風が吹き、彼女の前髪を撫でる。そして腕の中ではダンクがゆっくりと呼吸している。その感覚を遮断するのではなく、受け入れる。リーベはただ楽にしていれば良いのだ。
「…………」
そうする内、頭がボーッとしてきて……
森の中を馬車で進んでいると、森の奥から動物ジッと馬車を見つめているのに気付いた。ウサギや鹿、それに、妙にファンシーな見た目をしたクマなど、森の動物たちが彼女らを歓迎してくれているようだ。
『ダンク、見てみて! 動物がいるよ』
『きゃん!』
ダンクは初めて見る動物たちに大興奮で、飼い主の腕の中で暴れ始めた。
『きゃんきゃん!』
『あ、ダメだよダンク! 暴れないで――てああ⁉』
なんとダンクがリーベの腕をすり抜け、馬車を飛び降り、一目散で森に入ってしまった。リーベは慌てて馬車を飛び降り、森の中へ追いかける。
彼女の頭上には樹冠が幾重にも重なっていて、陽光の侵入を阻んでいる。お陰で森は真っ暗で、それに木の根によって足場が悪く、樹木が障害物となっているせいでまっすぐ歩くことさえままならない。
こんな状態でダンクを見つけられるのだろうかとリーベは不安になった。
『ダンクー! どこおーっ!』
『――きゃん!』
『ダンク!』
奥の方から微かに声が聞こえると、リーベは足場が悪いのもかまわず声のした方を目指した。すると屋根窓から陽光が差し込むかのように、森の奥に明かりが差しているのに気付く。
(ダンクはあそこか!)
『ダンクー! いたら返事をしてー!』
『きゃんきゃーん!』
先ほどより大きく聞こえた鳴き声に希望を抱き、リーベはさらに深奥を目指した。
すると急に視界が開けた。
『わあ……』
開けた視界の中、動物たちがテーブルを囲みお茶会を開いていた。
そのことに驚かされていると、一番端っこの席にダンクが掛けている事に気付く。
『あ、こんなところに』
リンゴに齧り付こうとしたダンクを抱き上げ、リーベは注意する。
『ダメでしょ? 森の中に入ったりしたら』
『きゅうん……』
怒られて落ち込んでしまったダンクを励ますように、小鳥たちが歌を歌い始めた。
『ちゅんちゅん!』
その可憐な響きに心を奪われそうになると、まるでダンクを庇うかのようにクマがリーベの肩を小突く。それに免じて語調を和らげるとリーベは飼い犬に言う。
『もお、急に飛び出しちゃ、ダメだからね?』
『きゅん……』
(ダンクも反省していることだし、森の動物たちに免じて許して上げよう)
『セルランの町に行かなきゃ行けないから帰るよ。ほら、みんなに挨拶して――』
『きゅきゅ!』
言い掛けた時、リスがティーカップを両手でテーブルの上を歩いてきた。
『なに? わたしも一緒にって?』
『きゅ!』
リーベは熟考した。
(みんなを馬車に待たせているのだし、早く戻らないと……でも、ダンクにせっかくお友達が出来たんだから、少しくらい遊ばせて上げたいな……)
『う~ん……』
唸っていると、リスの掲げるティーカップから甘やかな香りがした。それは世の乙女を虜にして止まない、芳しい花の香りだ。
『仕方ないな~あと少しだけだよ?』
『きゃん!』
それからリーベたちはお茶を飲んだり、歌を歌ったり、輪になって踊ったりした。そうする内に時間がどんどん過ぎていき、樹冠の合間から覗く空が暗くなってきた。
『あ、もうこんな時間! ダンク、今度こそ帰らないと』
『きゅうん……』
ダンクは残念そうにしているが、わがままを言おうとはしなかった。
『残念だけど、お別れをしないと』
リーベたちは森の仲間たちの方を見た。
リスも小鳥も鹿もクマもみんな寂しそうに――
(あれ? クマが何か言いたそうにしている)
『どうしたの?』
「起きろ」
『え?』
唐突に出た言葉に首を傾げていると、なんとクマのかぶり物の中からヴァールが現れ、大きな手で素敵なテーブルの縁を掴んで――
「起きろーっ!」
「――うわ!」
驚き跳ね上がると後頭部が幌の支柱に打つかった。
「つー……」
「なあにやってんだよ」
痛みを堪えて顔を上げると、そこにはちゃぶ台返しをかましたヴァールの姿が。
「おじさん……て、テーブルは⁉」
辺りを見回すと、ここは馬車の車内だった。
つまり、森の仲間たちも、素敵なお茶会も、全ては夢想でしかなかったと言うことだ。その事実に酷く落胆したリーベは深くため息をついた。
「はあ……」
「ふふ、どうやら素敵な夢を見ていたようですね」
斜向かいのフェアが笑うと、その隣でフロイデも笑う。
「くぷぷ……よだれ、たれてる?」
「え、うそ!」
慌ててハンカチを当てると湿った感覚が。よだれもそうだが、きっとだらしない寝顔を晒していたことだろう。そう思うと、彼女は途端に恥ずかしくなってきた。
「うう……」
「たく、緊張感がねえヤツだな。もうすぐセルランに着くからな」
「は、はい……」




