120 ギルドの恩恵
まだ空が青い頃、一行はダロガ村という大きな農村にたどり着いた。どこまでも続いていそうな広大な農地のただ中にある集落にはギルドの出張所が所在している。宿を確保した一行はアルミラージの角を売却すべく、そこへと向かった。
建物は横長の平屋で、ドアの上には冒険者ギルドであることを示す看板が吊られている。
ヴァールがドアを開けると、正面にはカウンターがあり、そこには礼によって受付嬢が立っていた。彼女は一行に気付くと慌てて立ち上がる。
「冒険者ギルドへようこそ。ご用件を承ります」
「ああ、ここへ来る途中でアルミラージを倒したんだが、角の換金を頼めるか?」
「可能ですよ。それで、その角というのは?」
「これだ」
そう言って麻袋に詰めたそれをカウンターに置いた。
すると受付嬢は手袋をはめ、「拝見します」と、角を鑑定し始める。
リーベは知らなかったが、素材に対する相場は決められており、そこに角の大きさ、欠損の程度などを照らし合わせて金額を決定するのだ。
「ふうん……あの、フェアさん」
「なんでしょう?」
「ギルドの依頼以外で魔物を倒しちゃってもいいんですか?」
「ええ。ギルドが狩猟を禁じていないものであれば問題ありませんよ」
「へえ……ん?」
感心しながらも、リーベは疑問に思った。
普段、彼女らがギルドの依頼を通じて倒している魔物は、すべて冒険者ギルドの所有物となる。だが今回のようにギルドを通さず倒した場合は冒険者のものになるのだ。
「じゃあ、ギルドを通さず、自分で倒して売り払うほうが儲かるんじゃないんですか?」
受付嬢に聞こえないように声を潜めて尋ねる。
「いい質問ですね。確かに、一見するとその方が利益が出るように思えますが、実際は違います。個人で全てを行おうとすると数多のデメリットを伴います。まずソキウスなどの親獣の力を借りれません」
親獣というのはソキウスなどの、人類のパートナーたり得る魔物を指す語である。
「魔物って重いですもんね」
「そうです。次に加工場に頼れなくなりますので、売りやすい形に自分の手で加工しなければなりませんし、販路も自分で開拓しなければなりません」
「ふむふむ……」
「そして最後に、戦闘で重傷を負うなどした場合、助けを求めることが出来なくなります」
「あ――」
リーベが短い声を上げると、フェアは満足そうに頷いた。
「ご理解いただけましたか? 一見、冒険者側が損しているように思えますが、実際のところ、我々冒険者はギルドの庇護を得て初めて活動が出来るのです。中には『冒険者はギルドに搾取されている』などと言う人もいますが、彼らのように感謝を忘れてはなりませんよ?」
そう訓戒されるとリーベは深く頷いた。
「……終わったか?」
その声にハッとして振り返ると、ヴァールと受付嬢が2人を見つめていた。
「ほら、もらうもんもらったし、飯行くぞ」
そう言うとヴァールはリーベの横を通り過ぎていった。彼女も後を追おうとしたが、先ほどフェアさんが教えてくれた事柄が脳裏を過り、出口とは反対側を向いていた。そこには今対応してくれた受付嬢が――ギルドの人間がいた。
「……あの」
「はい?」
「いつも、ありがとうございます」
そういうと、彼女は微笑んだ。
「こちらこそ、冒険者の方々にはいつも助けられていますよ」
笑みを交わすとリーベは仲間を追ってギルド出張所を出た。
師匠2人は微笑ましげにリーベを見ていて、彼女はちょっぴり恥ずかしくなった。
それはそうとリーベは1人足りないことに気付く。
「あれ? フロイデさんは?」
「そう言えば、姿がありませんね」
「ああ、それならそこだよ」
ヴァールが親指で示すその先には路地裏の前でうずくまるフロイデの姿が。
「フロイデさん? 具合でも悪いんですか?」
呼びかけながら、彼の顔を覗き込もうとすると、そこには白猫がいて、彼の愛撫を受けて顎を伸ばしていた。
「ゴロゴロゴロ……」
「くぷぷ……いい子いい子」
「なんだ猫か。フロイデさん、ご飯に行きますよ?」
呼びかけると彼は肩をビクリと跳ね上げ、立ち上がった。
「ご飯……!」
しかし、猫がもっと構ってと彼に擦り寄る。
「みゃ~お……」
するとヴァールが意地悪く言う。
「フロイデは猫と戯れてるし、俺らだけで行くか~」
「ぼくも行く……!」
彼は言うがしかし、猫が縋り付いてきて、フロイデは困り果てて眉を顰めた。
「どうすんだ?」
「ううん……」
彼は白猫と腹とを見比べて、結局「バイバイ……」と別れを告げたのだった。
「みゃ~……」
「あーあ、ほっぽられて可愛そうだな、コイツは!」
ヴァールが揶揄うとフロイデは頬をぷっくりさせて威嚇した。
「むう……!」
「おお、怖い怖い! んじゃ、これ以上フロイデの機嫌を損ねないうちに行くか」
一悶着あったが、彼の言葉に真っ先に従ったのはフロイデだった。その事実にリーベとフェアは声を潜めて笑うのだった。




