011 料理人の卵
鍛練が進む内、観衆は1人。また1人と帰って行った。見てるばかりで退屈だからだ。
最後まで残っていたボリスとバートは『冒険の支度があるから』と義理堅くリーベに告げて去って行った。
こうして周囲の熱が失われた一方、冒険者4人はヒートアップしていった。
2人1組での打ち込みをペアを変えつつ繰り返している。
「ふんっ!」
エルガーが、ヴァールの太い首元めがけて木剣を振り下ろす。豪速で振るわれるそれはしかし、ごく太い腕に保持された木剣によって受け止められる。
「くっ――だりや!」
ヴァールは相手の剣を外側へ押しやりつつ、切っ先を喉元へ向ける。そこで勝負は付いたかに思われたが、エルガーは剣を絡めるように、切っ先を下へ向け、鍔と鍔を打つけて押しやった。
その状態で2人は制止し、睨み合う。
「……へへ! 腕を上げたな、ヴァール」
「師匠こそ、ちっとも鈍ってねえや!」
2人が仕切り直す一方、その隣ではもう1組が烈戦を繰り広げていた。
フェアの振り下ろしに対し、フロイデは真っ向から打つからずに、外周から弧を描く形で斬り掛かる。その狙いは振り下ろしを透かした相手の手であった。
相手の戦闘力を失わせる目的ならば手を切るだけで十分だろう。そう理解したリーベは頷く。
しかし、フェアはそれを見切っていた。切っ先を攻撃側へと傾けた。これによって相手の剣は鍔で受け止め、負傷を免れることに成功した(もちろん、グローブを装備している)。
ここからでも発展のしようはあるが、2人は剣を下ろす。
「……ふう、フェアは魔法使いなのに、剣も上手い」
猫が顔を洗うような仕草で汗を拭いながらフロイデが言う。
彼が言うとおり、フェアは魔法使いなのだ。
「ふふ、今まで散々、ヴァールに付き合わされてきましたからね」
フェアが目を細めたその時、エルガーが声を上げた。
「うっし、こんくらいにしとくか」
「え、もういいの?」
娘が問うと父は顎の下に伝った汗を拭いながら答える。
「ああ。お前だって退屈だろ?」
「ううん。わたし、稽古を観るの好きだよ?」
彼女が剣を振るう訳ではないが、稽古を見学する中でふとした発見があるから好きだった。
「そうか?」
「もっとやりたい……!」
フロイデがやる気を滾らせる一方で、エルガーは意見を変えるつもりはなかった。
「悪いが、シェーンを1人に出来ねえからな」
その言葉にリーベが短い声を上げる。
「あ、そうだった……」
「なんだ? 忘れてたのか?」
「いや、そういう訳じゃ――」
「だはは! ガキはハクジョーだからな!」
ヴァールは持病の意地悪を起こした。
「もおー! 薄情じゃないよ! ちょっと忘れてただけなんだから! あと、こどもじゃない!」
「はは、どうだか!」
「むう……!」
リーベは彼の鼻を明かしたくて仕方なかった。と、その時、妙案を得る。
時刻はちょうどお昼前。『ここは1つ食堂の娘として、本領を発揮してやろうじゃない!』と彼女は胸に決めた。
男4人が汗を流しに言っている間に、リーベは母の手を借りることなく、1人で昼食を拵えることになった。
台所を乗っ取られたシェーンはというと、鼻歌交じりに縫い物をしていた。彼女は働き者で、休む事を知らないのだ。
(お母さん、少しはゆっくりしたら良いのに)
そう思いつつ、リーベは気を引き締める。
料理は刃物や火などを使う大変危険な作業であり、故に集中して臨まねばならないからだ。
「さてと、献立はどうしようか?」
(フロイデさんの好みは分からないけれど、冒険者なんだから、ボリュームのあるものの方が良いとよね? となると……)
「ねえ、油使って良い?」
ホールにいる母に呼び掛けると、「いいけど、気を付けてね?」と返される。
「はーい!」
(献立はシュニッツェルとマッシュポテト。それにフレアシードのサラダにしよう)
献立が決まったところで、次にするべきは工程の組み立てだ。何をするにも、効率よく行うに限る。
(ジャガイモを茹でつつ油を温めて……その間にピリ辛ドレッシングと、あとソースを用意をしておこう)
そうと決まれば、早速調理開始だ。
リーベは腰のホルダーに挿したワンドを取り出し、魔法で火を点け、鍋に水を張り、洗ったジャガイモを茹で始めた。それから油を――
それから調理は進み、いよいよ肉を揚げる段階に突入した。
カラカラと小気味よく響く揚げる音は耳に心地よく、精神疲労の回復に効果があると思われた。自然と気分が良くなり、鼻歌なんかも歌ってしまう。
「ふんふ~ん♪」
女性陣は1人1枚で十分だが、男性陣はそれでは足りないのは明白だ。取り分け、体の大きなヴァールはたくさん食べるだろう。
そういうわけで大量にシュニッツェルを用意していると、カウベルが鳴り響く。続いてドヤドヤと入浴を終えてきた面々の声が聞こえてくる。
「ただいまー!」
エルガーが愉快そうに帰宅を告げる。それに対して「おかえりー!」と大きな声をホールに投げる。
「お、これは油もんだな?」
即刻気付いたヴァールが舌なめずりをする。
「もうちょっとで出来るからー!」
そう呼び掛けるとリーベに対し、出来るだけの配膳をしてくれていたシェーンが冗談めかして言う。
「ふふ、もうすっかり料理人ね?」
「だってお母さんの娘だもん。これくらいできなきゃ」
「まあ! ――ふふ、そうね。わたしの娘だものね」
と、最後の1枚が揚げ上がった。
「いただきます!」
言うが早いか、ヴァールとフロイデがシュニッツェルに飛びつく。
ナイフで切り分ける事なく、ソースにべったり付けて、そのまま齧りつく。品は無いが、それだけ素直に食事を楽しんでいると言う事だ。故に誰も注意はしなかった。
「がつがつ……!」
「もっもっ……!」
体に大小はあれど、2人は共に冒険者である。その食べっぷりは全く同じと言っても差し支えないだろう。
「かーっ! うめえ……!」
ヴァールは感想を口にした。
「どーお? わたしだって成長してんだから!」
「ああ、見直したぜ」
食事に夢中で、その口振りはまるで寝言のようだった。
だが、それだけに素直な賞賛であり、リーベの自尊心は大いに満たされたのだった。
「そういえば、リーベさんは油を使えるようになったのですね」
フェアが言うように、リーベは以前まで油を使わせて貰えなかった。理由はもちろん、危ないからだ。
食堂において大事なのは1に安全、2に衛生で、味や収益はその次に位置する。だから油を使うことが認められるということは、それだけ彼女が信頼されていると言うことであり、些細なことではあるが、リーベにとっては油を使えることは誇りなのだ。
「ええ。リーベも大分成長しましたからね」
シェーンは誇らしげに言った。賞賛はともかく、身内に褒められるというのは何となく気恥ずかしいもので、リーベは羞恥を誤魔化すべく、主菜を頬張った。
シュニッツェルは叩いて広げた肉を揚げる料理だが、肉々しさを損ねない程度に叩いているため満足感は高かった。それに加え、トマト、キノコ、レモンの3種類のソースも奥深い味わいに仕上がっていて、揚げた肉によくマッチしていた。
自分の料理に満足していると、エルガーが訝しい顔でフェアに尋ねる。
「……ちゃんとしたもん食わせてんだろうな?」
「もちろんです。リーベさんほどではありませんが、多少、腕に覚えがありますので」
その言葉とは裏腹に、エルガーは心配そうにヴァールとフロイデを見やる。
先ほどまで必死に肉を頬張っていた彼らだが、共に食べる手を止め、蒼い顔をしていた。
「……そうか」
フェアは大抵の事は人並み以上に熟せる才人であるが、こと料理においては壊滅的な腕前をしていた。そんな事情を以前に聞いていた為、リーベは内心彼らを哀れんだ。
一方、ヴァールとフロイデは目に見えて咀嚼回数が増えたのだった。




