117 希望の剣
「……それじゃ、行くぞ」
冒険者一行のリーダーであるヴァールに促され、彼女は馬車に乗り込むべく、踏み段に足を掛けた――その時だった。
「おおい!」
西の方から小さく声が聞こえた。嗄れた男性のものだが、聞いたこのない響きをしている。
その必死な声にリーベは魔物が出たんじゃないかと危惧し、振り向く。
そこには作業着を纏った男性の姿がある。彼は何かを手に、全速力で駆け寄ってくる。遠目には誰だかわからなかったが、彼が近づいてくるにつれ、容貌が鮮明になっていく。日に焼けた肌。落ちくぼんだ目。汗で張り付いた長袖。この特徴は――
「ダルさんっ⁉」
元来寡黙であるダルが大声を上げながら駆け付けてきた。その事実にリーベはもとより、彼を知らないフロイデ以外の面々が驚愕の声を上げる。
「おいダル。そんなに慌ててどうしたんだ?」
肩で息をする彼にエルガーが問い掛ける。リーベも彼の下へ駆け付けると事情を問う。
「魔物が出たんですか?」
「ぜえ……ち、ちがう…………り、リーベ……!」
彼は落ちくぼんだ目で彼女を睨むなり、手にしていた物を押しつける。
「おっと……なんですか?」
驚きつつも、ずっしりと重たいそれを確認する。
それは大きな鞘であり、その鯉口からは持ち手が――柄が伸びている。そして柄頭には妙に見覚えのある深い色合いをした珠が収まっていた。
「これは……剣? いやロッド、ですか?」
「両方だ」
エルガーに腕を借りながらダルが言う。
「抜いてみろ」
言われるままに引き抜いてみると、宵闇を打ち払う日の出のように美しい白銀をした剣身が露わになる。
「両方……」
抜いてみて初めて、これがロッドであり剣でもある……謂わばソードロッドであることをリーベ理解した。
「きれい……」
ダルが優れた武器鍛冶であることは知っていたが、この剣は一層美しかった。その優美なフォルムに見蕩れていると、ダルがいつも通りの無愛想な口調で言う。
「餞別だ。受け取れ」
「受け取れって……こんな逸品。とても受け取れませんよ」
素直に言うと彼はリーベの目を見て続ける。
「これはお前の為に作ったんだ」
「どういうことですか?」
するとダルは項垂れ、泣き言を発するかのような震えた声で、事情を語った。
「お前が生き残って、スーザンが死んだ。俺はそれが納得いかなかった。逆だったら良かったとさえ思った」
「ダルさん……」
酷いとは思わなかった。
一見して冷淡な彼だが、妻であるスーザンを深く愛していたことをリーベは知っている。その上で彼を批難するなど、そんな非情なことはとても出来ない。
「だが、お前がスーザンのために……テルドルのために冒険者になったと知って、俺は自分がどれだけ身勝手か思い知らされた……。俺もアイツの死に報いるために、出来ることをやろうって思ったんだ」
「それがこの……」
「そうだ。俺に出来る事はそれしかないからな」
ダルはエルガーの腕を解くと一歩一歩、力ない足取りでやって来て。そしてリーベの両肩を掴み、目線を合わせてくる。
「リーベ。死ぬなよ。生きて、生き続けてくれ。それが俺に残された希望なんだ……!」
「ダルさん……」
涙に視界が霞む中、彼はとぼとぼと、来た道を引き返していった。涙を拭い、その哀愁漂う背中を目に焼き付けていると、今度はヴァールが肩を掴んできた。
「行くぞ」
「……うん」
リーベはソードロッドを鞘に収めると両親に目配せし、車内に戻った。すると馬車に乗り込んだ。
景色が流れ、両親が……見慣れた光景が徐々に遠のいていく。
これがテルドル……自分が生まれ育った街。英雄が護った街。そして彼女が励ます街。
「希望……」
呟いた時、馬車は北門を告げ、山林に突入する。視界に緑が映った途端、それは瞬く間に隔壁の灰色を侵していった。
テルドルの街はもう、見えない。その事実が胸に重くのし掛かるも、わたしが抱いたのは悲しみではない。絶望に対する、強い敵愾心だった。
馬車がテルドル北方に広がる山林を抜けた。樹冠が途切れたことで陽光は幌を照らし、象牙色の布を透かす。そうして車内が明るくなると、ソードロッドの刃がギラリと煌めく。
「…………」
街を出て以来、リーベはずっとソードロッドを見つめていた。
『リーベ。死ぬなよ。生きて、生き続けてくれ。それが俺に残された希望なんだ……!』
これを見つめていると、ダルさんの言葉が脳裏に蘇る。これからも彼女はこの剣を引き抜くたびに彼の言葉を思い出すことだろう。
「生き続ける……」
「まさかダルがリーベに剣を造るだなんてな」
ヴァールが感慨深そうに呟くと、膝にダンクを座らせていたフロイデが不思議そうに言う。
「でもリーベちゃん、魔法使い」
その通りだ。
リーベは後衛を担う魔法使いであり、こんな立派な剣は不要である。だが、それは当然ダルさんも理解しているはずだ。にも関わらずこれを彼女に託したのはなぜか?
「……お父さんの剣はダルさんが造ってくれたんです。わたしに剣を造ってくれたのも、きっとそこに理由があると思います」
「要するにエゴだな」
「えご……?」
リーベとフロイデが首を傾げると、斜向かいに座っていたフェアが説明してくれる。
「ロッドが剣の形を成しているということは、ダルさんはきっと、エルガーさんのように強くなってほしいのでしょう」
「それは剣士になってほしいてことですか?」
「断言は出来ませんが、少なからずそう言う思いが籠められてるのかもしれませんね」
そこまで言うとフェアさんはヴァールへ視線を移した。
「ヴァール。今後の指導についてはどうしましょうか?」
「そうだな……せっかくの剣を無用の長物にはしたくないもんな」
「リーベちゃん、剣士になる、の?」
フロイデが心配そうに彼女を見る。
一方、同じ不安を感じていたリーベは師匠2人を交互に見る。
「どうするの?」
「リーベさんはこのまま魔法使いとして育成する方が良いでしょう」
「そうだな」
(せっかく剣を頂いたというのにもったいない……)
もったいないかどうかの話でないのは理解しているが、そう思わずにはいられなかった。
「だが、せっかくの剣だ。最低限使えるようにならねえとダルに面目が立たないだろうし、これからは剣術も教えてやるよ」
「ほんと? やったあ!」
リーベは当初、父と同じ剣士になりたいと思っていた。それが叶ったのだから喜ばずにはいられなかった。
喜んでいるとふと、フロイデと目が合う。
「負けない……!」
「ふふ、わたしだって負けませんよ!」
弟子2人が視線をバチバチさせていると、ヴァールが口を開く。
「決まりだな。リーベ、その剣、少し見せてもらっていいか?」
「いいよ」
ヴァールに手渡した途端、ソードロッドが途端に小さくなったように錯覚した。
「さすがダルだな……こんな業物、なかなかねえぞ」
「そうなの?」
(さすがおじさん。長年剣士をやってるだけあって目が肥えている)
「ああ。それにこりゃ全部カナバミを使ってるな」
「えっ⁉」
リーベはとっさにフェアの方を見た。
「ぜ、全部カナバミで出来たロッドは高いんですよね?」
「そうですね。1年は過ごせるだけの金額がします」
「そんな……」
金額が全てではないが、ダルはそれだけ彼女を応援しているのだ。
「ダルさん……」
彼のことを思っていると、フロイデが羨ましそうに見ているのに気付く。
「いいな~……」
(……これほどの逸品、わたしのような素人未満の人間にはもったいないにも程がある。おじさんみたいな歴戦の剣士、あるいはフロイデさんのような新鋭の剣士に使ってもらう方がソードロッドも幸せだろうな……
でも、これはわたしがダルさんに託された物……わたしが使わなきゃならない。そのためにも、この剣にふさわしいだけの力を付けないと!)
気概に燃えているとヴァールが剣を返した。
「俺がお前に剣術を仕込んでやる。師匠に教わったことを、そのままお前に返してやるからな。覚悟しておけよ」
「うん……!」
師匠の頼もしい言葉に、リーベは力強く頷いた。
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