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冒険姫リーベ 英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!  作者: 森丘どんぐり
第2章 旅立ちの時

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112 別れの挨拶 その②

 ピークタイムを凌ぎ、客足がまばらになってきた。ホールに余裕が出来てきたため、エルガーは皿洗いに回っている。一方でリーベは残る客を急かさないように気を遣いつつ、テーブルと椅子を拭いて回っていた。


 そんな時だった。


 カランと背後でカウベルが鳴り響く。


「いらっしゃいませ!」


 呼びかけながら振り返ると、ヴァールがその巨体を屈め、店内に体を滑り込ませるところだった。その後ろにフェアとフロイデが続く。


「あ、おじさん。食べに来てくれたの?」

「ああ。フロイデのヤツが最後にもう一度食べたいって言って聞かなくてな」


 苦笑する彼らから目線を下ろすとフロイデの横顔が見えた。彼は厨房の方を向いて小さな鼻をひくひくさせている。調理する匂いを堪能しているのだ。


「ふふ、今ならビスケットを与えても喜んで食べるでしょうね」


 フェアはくすりと笑うと「時に――」とリーベを見る。


「今日はリーベさんもホールに出られているのですね」

「はい。常連さんたちへの挨拶も兼ねてって、お母さんが」

「はは! そんなことだろうと思ったぜ。午後は家族で過ごすんだろ?」

「すごい、そこまでわかるの?」

「師匠の考えることならな」


 誰が考えたかまでもわかるだなんて、さすが一番弟子だとリーベが感心していると背後から「お勘定!」の声が響いてきた。


「あ、はーい! ――それじゃ、また後でね」






「ありがとうございました」


 客を見送ると、今度はヴァールたちに呼ばれた。


「あ、はーい!」


 リーベ埃を立てないように、しかし素早く向かう。


「お決まりでしょうか?」

「ああ。トマト煮3つをバゲットで。あと、クラムチャウダーを1つ」


 なぜクラムチャウダーを半端な数だけ頼むのか、それを不思議に思っているとフロイデが小鼻を膨らませ、得々として教えてくれた。


「2つ食べる……!」

「おお、それは贅沢ですね」

「むふーっ!」

「はは、最後くらい贅沢させてやんねえとな」

「でもおじさんはいいの?」

「俺か? ああ俺はコイツほどガキじゃないから――」

「さっき間食にクッキーを山ほど食べていましたからね」

「フェア!」

「ふふ、待ちきれないでおやつ食べちゃうなんて!」


 日頃の仕返しに笑ってやると、ヴァールは悔しげに唸った。


 リーベが勝利の余韻に浸っていると、フロイデが腹を鳴らす。


「あっいけない。ご注文は以上ですね?」


仕事に戻るとヴァールが「ああ」と不機嫌そうに答えた。


「ふふ、少々お待ちください」


 オーダーを告げるべく彼女はカウンターへ向かい、厨房を覗き込むと、皿洗いをしていた父と目が合った。


「ヴァールらか?」

「うん。フロイデさんが最後にもう1回食べたいって思ってくれたみたいで」

「あらそうなの?」


 シェーンは上機嫌に言うと「それで、オーダーは?」と続ける。


「あ、そうだった。トマト煮3つ。全部バゲットね。あとクラムチャウダー1つ。以上だよ」

「わかった――」

「リーベちゃん、お勘定!」

「あ、はーい!  そう言い残すとリーベはカウンターを離れ、客の元へと向かっていた。







「お待たせしました」


 ヴァールたちの下へ料理を運んでいくと、フロイデがフォークとスプーンを手に待ち構えていた。


「来た……!」


 しかし、リーベの立ち位置の都合で、配膳される料理は全て、彼の前には留まらなかった。 ずーんと彼が残念がる様子は可愛そうでありながらも、妙にいたずら心を刺激するものであったがしかし、フロイデはお客様。間違ってもそんなことをしてはならない。


「ふふ、今持ってきますね?」


 そうして彼の分を持ってくると、彼の瞳が黒真珠のように輝いた。


「おまたせしました。トマト煮とクラムチャウダーです」

「ありがと……!」


 礼を言うなり彼はトマト煮に飛びついた。そんな無邪気な様に和みつつ、リーベはバゲットを取りに向かうが、皿洗いが終わったのか、父エルガーがバゲットを手にやって来た。


「ヘイお待ち!」


 威勢の良い言葉とは裏腹にそっと優しく配膳するエルガー。その何気ない仕草にリーベは父が給仕として立派に働けているのだと思わされた。


「お、来た来た」

「バゲット……!」


 大小2人は揃ってバゲットをつまみ上げ、トマト煮の海にくぐらせる。そうして赤く染まったバゲットを頬張ると、ザクザクと軽快な音を響かせる。それを聞いていると、リーベは腹が空いてくる。


「美味いか?」


 エルガーに問われると、フロイデは口をもぐもぐしたまま、こくこくと頷く。


「はは、そうか。そりゃ良かった」


 そう言いながらエルガーは空いていた椅子に腰掛け、フェアに問う。


「明日には街を出るみたいだが、急ぎなのか?」

「いえ。特別なにかあると言うわけではありません。ですが、王都の情勢がどうか、気になってしまって」


 そこまで言うとヴァールが舌なめずりをし、言葉を添える。


「師匠もそうだっただろ?」

「まあそうだが……なあ」


 エルガーは娘に目線を向け、ため息交じりに言う。


「親の立場からしたら、もう少しくらいいてほしいもんだ」

「お父さん……わたしね、なるべく早く街を出た方が良いと思うの」


 娘の言葉に父は目を丸くした。


「ど、どうしてだ?」

「先延ばしにしたら、別れるのがもっと辛くなるから」

「リーベ……そうだな。悪いな引き留めようとしちまって」


 エルガーは面々を見回すと「邪魔したな」と立ち上がり、カウンターへと向かった。哀愁漂う背中を見送ると、リーベは自分が父に寂しい思いをさせてしまっていたのに気付いた。目を上げると、冒険者3人がそれぞれ複雑な顔をしているのが見えた。

 





「ありがとうございました」


 最後の客を見送るとリーベは大きく伸びをした。すると心地よい疲労感に加え、楽しかったという実感がじんわりと胸に広がっていった。


「はあ、終わっちゃったか」


 残念に思いつつ札を『準備中』に変え、店内に戻る。するとそこには両親が待ち構えていて、口々に彼女を労った。


「お疲れさん」

「お疲れ様。今日はお客さん多かったね。大変だったでしょう?」


 スーザンが魔物に襲われて亡くなって以来、外出する人は減り、その影響で客足が減っていたのだが、今日の盛況ぶりを見るに、人々の恐怖は薄らいでいるのがわかる。


「リーベが冒険者活動を始めたくらいかしら、客足が増えてきたのよ」


 リーベは自分が人々の希望になれたのなら、それは本望なことだがしかし、照れくさい。だから自然と謙遜の言葉が口に出る。


「そんな! 衛兵の人たちが頑張ってくれてるからだよ!」

「ははは! そう謙遜すんなよ。実際、お前のお陰で怖くなくなったってヤツもたくさんいるんだしよ」

「そ、そうなの?」

「本当よ。サラさんもサリーちゃんも、みんなそう言ってるわ」


そう語る母の瞳は純粋な煌めきを湛えていて、その言葉が真実であることを雄弁に物語っていた。


「そ、そうなんだ……!」


 嬉しくて、でもやっぱり恥ずかしくて。そんな不思議な感情がリーベの心を満たしていく。


『冒険者になって良かった』


 リーベは心の底からそう思った。


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