110 悲しい報せ
「…………あのね、大事な話があるの」
魔法ランプが照らし出す夕食の席で、リーベは両親がいただきますを言い掛けたところに待ったを掛けた。すると2人はピクリと手を止め、薄闇を背に娘を見つめる。
「……だ、大事な話って?」
シャーンは白々しく尋ねてくるが、切れ長の目元は深刻そうに歪んでいて、不安を隠せていなかった。それは隣で沈黙している夫も同様である。
「うん。あのね、今日、辞令が来たの。王都に戻ってきなさいって」
「…………」
シェーンが瞠目する一方、お父さんは目を瞑っていて、娘の言葉を咀嚼しているのが伝わってくる。
「……いつまでいてくれるんだ?」
エルガーが沈黙を破るがしかし、悲観的な響きを宿していた。
「明後日には出るって」
「そんな……それじゃあほとんど明日だけじゃない!」
「シェーン」
妻に呼びかける。
「リーベはヴァールの弟子なんだ。あいつがそう決めた以上、それに従うのが義務ってもんだろう?」
「だって! ……むう…………」
シェーンが閉口する一方、エルガーはリーベを見る。
「準備はしたのか?」
「う、うん。お父さんたちが食堂やってる間にね」
「そうか。じゃあ明日はゆっくり出来そうだな」
「あ、でも挨拶回りとかしないと」
「そうだな……色々付き合いがあるしな……」
「じゃ、じゃあお店に立ってみるのはどうかしら?」
それまで口を噤んでいたシェーンが突如声を上げる。その瞳には先ほどまでの悲哀の代わりに喜びのような感情が浮かんでいる。
「お店に?」
「日頃お世話になってる人はみんなお店にやって来るわ。だから挨拶回りをするより、ずっと効率的よ?」
確かにその通りかも知れないが、リーベは母が挨拶に効率を求めるとは思わなかった。
つまりこの提案は彼女の願望によって生じたものなのだ。
リーベは若干の不義を感じつつも、その提案のやはり魅力的で、すぐに心を奪われた。
「そうだね! その方が良いよ!」
すると場の空気が一転、明るいものになり、とエルガーは眉間を弛緩させて提案する。
「明日が最後になるのなら、ディナーはなしにして、家族で過ごさないか」
「そうね。その方が素敵だわ」
「決まりだな――リーベ。明日はみんなに元気なところを見せてやりな」
「うん!」
話がまとまると、シェーンが手を打ち鳴らし「さあ、冷めちゃう前にいただいちゃいましょう」と言った。それから「いただきます」を言って食事が開始される。
リーベは当初、こんな愉快な気分で夕食を迎えられるとは思っていなかったが、わからないものだ。
人生の不思議を感じつつも、シチューの美味を堪能することにした。
夕食を終えた後、リーベは真っ暗な私室でベッドに横たわり、親友ダンクとお話をしていた。「この部屋とももうすぐお別れだね」
「…………」
ダンクも複雑な感情を抱いており、硬く口を噤んでいる。
「ダンクはいつもお部屋にいたもんね」
そう呼びかけながらふわふわの背中を撫でてあげると悲しそうに飼い主に身を寄せる。なんともいじらしいその仕草にリーベは胸が痛むが、それは彼女も同じことだった。
だからこの悲しみにどう向き合うべきか、彼女は教えてあげることにした。
「悲しいことばかり考えちゃダメだよ? もっと楽しいことを想像しないと」
「…………」
不安そうな瞳が暗闇の中で微かに煌めく。リーベはその輝きを絶やすまいと念を送りながら見つめ返した。
「王都に行くまでは一緒に馬車に揺られてさ、いろんなものを見るんだよ。テルドルと違って緑がたくさんあって、きっとダンクは駆けっこがしたくなっちゃうよ」
大きな頭がこくりと頷く。
「でもだーめ。ピクニックしにいくんじゃないんだからね」
「…………」
ダンクは不服そうな目をした。
「ふふ、そんなに怒らないで。かけっこは出来ないけれども景色は楽しめるんだから。それに王都についたら美味しいものがダンクを待ってるんだよ? 蒸し鶏なんかも山ほどあるよ、きっと」
大好物の名前を聞き、ダンクはフロイデみたく無邪気に目を輝かせた。2人は案外、似たもの同士なのかもしれない。
「ね? 楽しみになってきたでしょ?」
「…………」
「わたしも楽しみだよ。でも今は明日のお仕事を楽しまないといけないから、今日はもう寝るね。お休み、ダンク」
「…………」
愛犬をギュッと抱きしめると大きな頭に鼻を埋め、目を瞑った。




