104 ダルとの確執
「んじゃ、ゆっくり休めよ」
「うん。また明日」
口々に挨拶を交わすと冒険者一行は中央広場を東西に別れる。
リーベは太陽を視界の上方に捉えると、痛む太ももを宥めつつ歩き始めた。
すると視界の奥に荷車を曳く男性の背中が見えた。その背中は窶れた風であり、今にも立ち止まりそうだ。
「……ダルさん?」
(荷車なんて曳いて、どうしたんだろう?)
素朴な疑問を抱くが、リーベと彼との関係上、気安く話しかけるのはためらわれる。
「…………」
(いや、そうやって距離を置くことの方がダメなんだ。理屈ではなく、人情としてに寄り添って振る舞わなきゃダメなんだ)
リーベはダルの背中を追いかけ、親しく挨拶をした。
「こんにちは、ダルさん」
「……リーベか」
「荷車なんて曳いて、珍しいですね。何か器具でも買ってきたんですか?」
彼は一瞬沈黙した後、「カナバミをな、買ってきたんだ」と呟くように答えてくれる。
「……お前が倒したんだってな?」
ダルの方から話題を振ってくれるなんて思いもしなかったからリーベは一瞬とまどってしまうが、すぐさま返答する。
「は、はい。なんとか」
「そうか」
呟いた後、再び沈黙する。口を閉ざしたものの、この場を立ち去るワケでもなく、じーっとリーベを見つめている。その落ちくぼんだ瞳はいつ見ても不機嫌そうで、彼女は叱られているような心地になった。
(やましい事なんてなにも……いや――)
「あ、そうだ。あの、ダルさん……」
「なんだ?」
「この前スーザンさんのお店で買ったスタッフなんですけど、カナバミとの戦いで壊しちゃって……」
申し訳なさが募り、言葉尻が消え入る。リーベ恐る恐るダルを見上げると彼は呆れ顔をしていた。
「たく……せっかく作ってもすぐ壊されんだから。鍛冶屋は報われねえよ」
「ご、ごめんなさい……」
謝ると彼はため息をついた。この状況でリーベが出来ることと言えば、粛々と返答を待つくらいだろう。
「…………」
黙ってからどのくらいの時間が経過したか。リーベの体感では一分ほどだ。緊張に鼓動は早まり、体温が上がり、喉が渇く。こんな状態でいられるのは精々あと数秒だろう。
(何か言ってくれないかな?)
と、謝罪の気持ちはどこへやら。
リーベはそんなことを思ってしまう自分が恥ずかしかった。
「残骸は?」
突然言われたものだから「へ?」と間抜けな声が零れる。
「スタッフの残骸は取ってあるのか?」
「は、はい! ちゃんと大事に取ってあります!」
「そうか。これからエーアステの前を通るから、そん時に持ってこい」
「? わかりました。……あの、残骸は何に使うんですか?」
「使えそうな部分はワンドとか、他の武器に再利用する」
「なるほど……確かに、捨てちゃもったいないですもんね」
「まあな」
そう言って会話を断ち切るとダルは西区へ歩き始めた。一方でリーベは、これ以上彼の足を止めないで済むよう、エーアステに先回りし、スタッフの残骸を持ち出した。そうして店の前に戻ると、ちょうどダルがやって来た。
「あの、これなんですけど……」
麻袋の口を開いて見せると、彼は無言で覗き込んだ。
スタッフの柄は玉台の付け根あたりでへし折れ、珠は大きく3つに割れてしまっている。それを改めて確認すると、リーベは相棒を悼む気持ちで胸がいっぱいになった。
「ごめんなさい……」
物とその制作者、両方に謝ると制作者であるダルは「この程度ならいくらでも潰しが利く」と言い捨て、袋を受け取った。リーベは彼の言葉に安堵しつつ、彼ならばまた素敵な武器に仕立ててくれるだろうと嬉しくなった。
「よろしくお願いします!」
頭を下げると、彼は「ああ」と短く返して歩き出した。
重たそうに荷車を曳いていくその背中は、先ほどよりも健康的に映った。
本日エーアステは定休日であり、入ってすぐのホールに客の姿がなかった。彼らが腰掛けるはずの椅子は全て食卓に上がっており、そうして広々とした床を見つめているとリーベは若干の寂しさを抱いた。
そんな時、住居に通じるドアが開かれエルガーが姿を現す。その手にはモップと桶が有り、今まで上階の掃除をしていたのが窺える。
「ただいま」
カウベルの残響が消えると同時に呼びかけると、父は笑みを浮かべて答える。
「おかえり――て、さっきも言っただろ?」
リーベはダルに壊れたスタッフを渡すため、1度ホールを通過し、同様に挨拶を交わしたばかりであった。
「あはは、そうだったね」
そんなやりとりをしていると、厨房から母シェーンがやって来る。その表情は穏やかなものであり、今日という日が彼女にとって素敵なものであるのが在り在りと見て取れる。
「ふふ、おかえりなさい。お昼ご飯の前にお風呂に入っていらっしゃい」
「えーでも、お腹ペコペコだよ」
お腹と背中がくっつきそうとはこのことだ。
「でも汗まみれじゃない。リーベのことだし、お腹いっぱいになったら眠くなって、きっとお風呂にいけなくなるわ」
寝坊しがちな彼女にとって、母の言葉は返す余地もない完璧なものだった。
「むう……わかったよ。お風呂、入ってきます」




