103 確かな成長
作業開始時には山のようにあったカナバミの残骸は、屈強な冒険者たちの手によって半日足らずで片付けられた。リーベは当初、この作業が丸1日か、ひょっとしたら数日に渡って行われるものだと思っていただけに嬉しくなったが、そんな感慨は途方もない疲労感によって流されてしまった。
「終わった~」
固い地面でさえ、今では極上のソファに思える。そしてただの水が上等なジュースかに思えた。
ごくごくと喉を鳴らし、潤していると、ふと周囲の冒険者たちが同じことをしているのに気付く。
「お疲れさん」
フェアに水を貰っていたボリスがリーベのそばに腰を下ろす。
「お疲れ様です。凄い汗ですね」
まるで水を被ったかのようだ(もしかしたら本当に被っているのかもしれない)。
「リーベちゃんこそ――つうか、よく体力持ったな」
「ありがとうございます。でもわたしはみんなよりも運べてませんから」
「そう謙遜すんなって。ずっと鍛えてる俺らと同じ時間働けたってことは、それだけガッツがあるってことなんだしよ」
「ボリスさん……」
彼ほど素直な人に褒めてもらえたものだから、リーベはちょっぴり誇らしくなった。はにかんでいると、背後からヴァールが言う。
「俺の予想じゃ、途中でバテて見学になるはずだったんだがな。まったく、嬉しい誤算だ」
「えー、何それひどい!」
「ふふ、これもリーベさんの努力の成果ですね」
フェアがくすりと笑う横で、フロイデがこくりと小さく頷く。
「リーベちゃん、頑張った」
褒められるのは嬉しいが、こうも大勢に褒められると気恥ずかしさが勝ってくる。
「もおっ、そんな褒めないでくださいよ~!」
そう言うと周囲を巻き込んでドッと笑いが起こった。それからしばし、賑々しい時が過ぎていったが、ふと音が止むと、反動であるかのように長い沈黙となった。
なんともいえない間の抜けた一時を崩したのはスヴェンの一言だった。
「さて、皆さん。本日は力を貸していただき、ありがとうございます。報酬金についてはギルドの方にご用意してありますので、各々ご都合の良いときにお受け取りください」
『報酬金』と聞いて冒険者たち盛り上がった。スヴェンは微笑んでそれを受け止めつつ、続ける。
「自分はこれを納めなきゃならないのでお先に失礼します。皆さんは冒険者なので大丈夫でしょうが、どうぞご安全に。それじゃ、失礼します」
そう言い残すと回れ右して相棒に向かっていく。その様子にリーベは慌てて立ち上がり、彼を追いかける。
「あ、待ってください」
スヴェンはリーベを視界に止めると微笑み、相棒であるアデライドの方を見て「少し撫でてやって」と言ってくれた。騎手の許しを得たリーベは愛しのアデライドをもふり、鼻先を突き合わせて別れの挨拶とする。
「バイバ~イ!」
スヴェンたちがテルドルに帰って行くと、冒険者たちが腰を上げた。
「お疲れ」
「あ、お疲れ様です」
今や同業者となった人たちと挨拶を交わすのはなんだか不思議な心地がした。
「俺は先に帰るからよ、リーベちゃんも気をつけてな」
声の主はボリスだった。
その言葉に、リーベは自分たちは帰らないのだろうかと疑問に思った。
仲間を見やると、3人は未だ腰を下ろしていて、何やら談笑していた。
ヴァールと目が合う。
「お、リーベ。俺たちはもう少し休んでから帰るぞ」
それは考えるまでもなく、リーベの体力を気遣っての判断だ。
「うん、わかった――それじゃ、ボリスさん。お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ」
彼を見送ると3人の輪に交じり、話し始めた。
「今までお客さんだった人と『お疲れ様』を言い合うのって、なんか変な感じしますね」
「ちょっと、恥ずかしい」
フロイデの言葉にフェアさんが頷く。
「確かに、挨拶が変わるのは少々気恥ずかしいものではありますよね」
「でもそりゃ、つまりお前が冒険者として認められてるってことだ」
ヴァールが腕を組んで断言する。
(……確かに、わたしが未だ食堂の娘として見られていたら挨拶よりも先に体調を気遣われたことだろう。それがないということはつまり、わたしは1人の冒険者として見てもらえているっていうことだ)
「そっか、わたし、認めてもらえたんだ」
その事実を口にした途端、リーベは報われた気がして、胸の奥が熱くなった。
長い長い坂道を登っていくことしばらく、一行の目の前にはテルドルの北門が表れた。
「ああ、やっとだ……」
リーベは長年、離ればなれでいた恋人と再開したような、そんな感動的な気持ちになった(恋人なんていた例しがないが)。
「お帰りなさい」
その声に彼女が顔を上げると門番のヨハンの姿があった。彼は他の門番と同様に親しく一行を迎えてくれて、その笑顔に『帰ってきたんだな』と、リーベは実感させられた。
「た、ただいまです……」
「はは、今門を開けるからね」
彼は「開けるぞー」と向こう側に呼びかけると、門扉を外側に引っ張り、解放した。するとその隙間から内側を護るライツが現れる。
「お帰り。みんなで最後か?」
「は、はい……ぜえ」
リーベが喘ぎながら答えると、彼は笑い、ヴァールに問い掛ける。
「午後はどうするんですか?」
(そう言えば確かに、どうするんだろう?)
疑問に思って師匠たちの会話に耳を澄ませる。
「そうだな。休みにすっか」
「今日はたくさん動きましたし、それが良いでしょう」
「そう言うことだ」
ライツとリーベとを交互に見ながらヴァールは答えた。
「へえ、じゃあこれから風呂と酒ですか」
ヨハンの羨ましげな声にフロイデがピクリと震える。
「お風呂もお酒もきらい……!」
「損な性格してるな」
門番2人が顔を見合わせて笑う中、ヴァールはリーベを見た。
「つーわけで、今日はここで解散だな」
「うん――あ、そうだ。休みなのは良いんだけど、新しいスタッフはどうするの?」
この問いに答えたのは魔法の師であるフェアだった。
「それはまた明日にしましょう」
「わかりました……」
「残念ですか?」
「はい。初めてのスタッフだったので……」
「はは! 明日なんてすぐにやってくんだから、気長に待つことだな。んじゃ、俺たちはこれから報酬受け取りに行くから、お前の冒険者カードを貸してくれ」
「あ、うん」
リーベがガサゴソとポーチを探って手渡す。
「折り曲げたりしないでよね?」
「しねーよ」
「わからないよ。おじさん、握力強いんだから」
リーベが冗談半分に言うと、フロイデが「ヴァールはクルミも握り潰せる」と付け加えた。
お陰で冗談が冗談として成立しなくなり、場は不穏な空気に包まれた。
「……俺ならやりかねねえな」
「では、私が預かることにしましょう」
「そうしてくれ」
ヴァールはカードを相方に預けると、門番2人の方へ向き直り、彼らの頭を鷲掴みできそうなほど大きな手を持ち上げる。
「んじゃ、俺らは次行くから。サボんなよ?」
「サボりませんよ」
「テルドルの平和が掛かってますから」
答えつつも、2人の視線はリーベに向いていた。2対の黒い瞳には溌剌とした煌めきが宿っており、それが希望によるものだと、彼女は直感した。
彼らの希望の一部に自分がなれたのだろうか?
そんな問いが心を浸していくが、彼らの視線に、リーベは自分の献身にも意味があったのだと確信できた。
(これからもそうであれるように頑張ろう!)




