102 カナバミスライムの解体
晴天の下、カナバミスライムの残骸はギラリと陽光を閃かせていて、今にも動き出しそうで恐ろしい。
核を失い絶命しているという事を知らなければ、リーベは近寄ることも出来なかっただろう。
「ひえ……いつ見ても怖い……」
リーベが慄く傍らでフェアが「美しい……」と呟いた。
「はは……」
「フェアのセンス、おかしい」
フロイデが呆れて呟く声はしかし、解体作業に参加していたボリスの声によってかき消された。
「ちくしょう! この前はよくもやってくれたな金属野郎!」
そう吐き捨てながら彼は憎きカナバミへと蹴りを繰り出す。しかし、相手は今や金属塊。その衝撃はそっくりそのまま彼に返って行った。
「いっでえええええ!」
ボリスが痛みにピョンピョンと跳ね回る姿を同行者の誰もが笑った。そんな愉快な空気の中、ヴァールの野太い声が響く。
「おいおい。ここは宴会の場じゃねえんだぞ」
その言葉に賑やかだった会場は落ち着きを見せた。
すると冒険者ギルドの職員であるスヴェンが喉を鳴らし、一同に呼びかける。
「ごほん! えー、今日皆さんにお集まりいただいたのは見ての通り、カナバミスライムの残骸を積み込むためです。これからこちらでご指名した方にツルハシを振るっていただきますので、残る皆さんにはその収集をお願いします。もちろんのことですが、事故には注意していただいて――」
その後も説明は続き、ようやく今、終わった。
ツルハシを任されたのはヴァールと、大工の親方をしている壮齢の男子アレックスだった。
「んじゃ、始めるぞ!」
ヴァールの掛け声に「おおっ!」と、野太い声が複数あがる。そんな中、フェアは端然とリーベに呼び掛ける。
「これは競技ではないので、余り無理をしないでくださいね?」
「はい」
「フロイデも」
「うん、わかった」
そんなこんなで作業が開始された。
「どっこいしょ! どっこいしょ!」
甲高い音と火花を散らしてツルハシが金属塊を砕く。そうしてボロボロと崩れ落ちたものをリーベは抱えて歩き出すも、その重みに彼女は自分が女の子であるのも忘れて大きく股を開き、奇妙な歩き方をしてしまった。彼女にその自覚がないのだけが唯一の救いであろう。
「うへええ……何でこんなに重いの、持って来ちゃったんだろっ……!」
(これが1番小さかったはずなんだけどな……)
「えっほ……! えっほ……!」
リーベが喘ぎながら塊を運ぶ傍らを、フロイデは軽々と追い越していった。
さすがは男の子だと感心させられるが、自分の不足を性差のせいにするのは良くないと彼女は思った。
なぜなら、そんな軟弱な思考を抱いてしまったならば、以降は目標を掲げても途中で下方修正するような悪癖がついてしまうからだ。
(わたしももっと頑張らないと……!)
「えっっっほ……! えっっっほ……!」
そうこうするうち、リーベはアデライドにつながれた荷車に金属塊を載せた。
「はあ……これでようやく1個か」
ため息をつくと、3つ目を運んできたフェアが涼しい顔をして言う。
「腰を痛めないように気をつけてくださいね?」
「はい……あの、なんかフェアさん。いつもより元気そうですね?」
心なしか肌つやが良い(いつも白磁のような肌をしているが)気がした。
「ええ。何せカナバミの解体という、貴重な体験が出来るのですから」
「そうですか……あの、カナバミの残骸って、何に使うんですか?」
素朴な疑問を打つけると、彼の瞳は無邪気な輝きが宿る。
「主に魔道具の核として使われますね」
「かく?」
「核とは金属板にルーンを刻んだ物で、謂わば魔道具の心臓です。これに魔力を流すことで魔法が発現する仕組みなのですが、並みの金属を核にしたのでは魔力の抵抗が大きく、効率が悪いんです。一方、カナバミのものは抵抗が少なく、魔力を無駄なく扱えます。その為、大量の魔力を必要とするものや、長時間の使用が前提となるものにはカナバミのものが使われるんです」
「へえ……」
「あとは物によりますが、ロッドにも使われますよ」
「え? じゃあフェアさんのもですか?」
「ええ。実は私のロッドはカナバミを100パーセント使用して作っている物なんです」
「じゃあ、お値段も?」
「そうですね。リーベさんのスタッフが10本は買えるでしょうか?」
「じ、10本っ⁉」
スタッフ1本でもかなりの値段がしたのに、それが10本となると、とにかく大金が必要だろう。
「そんなお高いものだったんですか」
「ええ。昔は1人で旅をしていたので、武器は最大限、良い物を持っておきたかったんです」
そう言うと彼は儚い目をして北東の空を見上げた。
「フェアさん?」
不思議に思って問い掛けるも、彼女の言葉はヴァールの大声にかき消された。
「おおい、何サボってんだ!」
リーベが振り返った先で彼が上着に滲んだ汗を絞りながら2人の方を睨んでいた。
「おや、怒られてしまいましたね」
フェアはくすりと笑うと「さて、仕事に戻りましょうか」と、カナバミの残骸へと向かい始めた。リーベは多少のは歯痒さを覚えつつも、その背中を追った。




