100 また会えるから
4人が料理を平らげたころには客足もまばらになり、店内には空席が目立ってきた。ピークタイムを終えた食堂は、こうして閉店時刻まで緩やかに時が過ぎていくものだが、そんなとき、見知った人物が来店し、店内は少し賑やかになった。
「お、ディアンか」
エルガーが友人の名を呼ぶと、彼は挨拶代わりに左腕を掲げた。
「お前が来るなんて珍しいな」
「デクのヤツが飯を用意してなかったんでな」
ディアンはデクという召使いと2人で暮らしているのだ。
「全く、召使いの癖に自分の飯しか用意しないなんてな」
くつくつと笑うと、リーベたちの隣の食卓に掛ける。その中でリーベと目が合う。
「お、リーベか。なんでお前がそこにいるんだ?」
「こんばんは、ディアンさん。今日はお客として来てるんですよ」
素直に答えると、彼は魔女のような鷲鼻をヒクリと動かし、怪しい笑い声を響かせがら、ヴァールたちへ目線を映す。
「よう。久しぶりだな」
「ご無沙汰してます」
フェアが丁重に挨拶する中、ヴァールは「また老けたな」と鼻で笑った。
「ヴァール! ……どうもすみません」
「いいさ。実際老けたからな……ところで、そこで船を漕いでるのは?」
その言葉にリーベはフロイデがうつらうつらとしているのに気付かされた。昼間はカナバミと戦って、晩は美味しいものをお腹がいっぱい食べたのだ。彼がこうなるのはある意味当然のことだろう。
「最近弟子に取ったフロイデっつうんだが……見ての通り今はお眠なんだよ」
「お眠って、ガキじゃねえんだから」
あきれた風に言うが、すぐに納得したようで、くつくつと笑いながら腰を下ろした。彼が着席する様子を見守っていると、リーベはふと大事なことを思い出した。
「あ、そうだ。あの、わたし――」
「冒険者になった話なら聞いてるぞ」
「そ、そうなんですか」
画家という職業柄、家に籠もりがちなディアンだが、妙に耳が早い。不思議に思っていると、彼は右腕の袖を握りしめながら問うてくる。
「冒険者になって早々、カナバミを倒したんだってな」
「え、ええ……。みんなに助けられて、どうにか」
「そうか」
ディアンは思案するかのように目を瞑った。その様子は非常に達観したもので、彼女の嘘を嘘を見抜いているのかもしれない。そう思うとリーベは途端に緊張してきたが、彼が口にしたのは全く別の言葉だった。
「カナバミを倒した以上、お前はもっと大きな活躍を期待されるだろう。だが、それに答えることには拘泥するなよ。じゃねえとお前もこうなっちまうからな」
そう言うと、腕を失い、こぶのように残った右肩をくい上げて見せた。
ディアンは元冒険者なだけあって、エルガーと似たことを言う。
(それだけ今のわたしは不安定な状態にあるのかな?)
「は、はい……気をつけます…………」
リーベが粛々とする横で、ヴァールが「俺たちの目の黒いうちは無茶させねえよ」と言う。その言葉はたいへん頼もしいものであったが、続けて「それよか――」と発せられた為、感動する暇はなかった。
「俺たちは食い終わったんだから、長っ尻はやめねえとな」
「おっと、そうでしたね」
フェアは恥じらうように早口で言うと、いつの間にか眠ってしまっていたフロイデをゆすり始めた。
「ほら、起きてください。帰りますよ」
「……――いちゃん…………?」
「たく、リーベと違って寝坊はしねえが、どこでも寝ちまうから困ったもんだ」
ため息をつくと、ヴァールは手を上げ「お勘定」と言って立ち上がり、店員であるエルガー共々、カウンターへと向かっていった。
「お前は行かなくていいのか?」
ディアンがメニュー表を眺めながらリーベに尋ねてくる。
「はい……あの、実はもうすぐ、王都に……テルドルを離れなければならないんです」
「……そうか」
「もしかしたら、ディアンさんと会えるのは今日が最後かもしれないので、その……」
「最後だなんて、縁起でもないことを言うな」
ピシャリと言いつけると、彼はメニュー表を畳んで彼女を見た。魔女のような怪しげな瞳はしかし、慈愛にも似た温かい感情を宿していた。
「ワシもそうだったからわかるが、腕の立つ連中はギルドに扱きこき使われるんだ。西へ東へ、はたまた南へって具合にな。だからまたすぐに会えるさ」
そう言って彼は微笑んだ。初めて見る表情であったが、とてもよく似合っていた。
「ディアンさん……ふふ、そうですね。またすぐに会えますもんね」
そう口にしたとき、ヴァールが支払いを終えて弟子にに手招きしていた。
「あ、呼ばれちゃった。行かないと」
「気をつけてな」
「はい!」
リーベは友達にするように親しく手を振って別れると、仲間たちの元へ向かった。




