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冒険姫リーベ ~英雄の娘はみんなの希望になるため冒険者活動をがんばります!~  作者: 森丘どんぐり
第1章 英雄の娘、冒険に出る

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010 リーベ、冒険者になる

 家に母を1人残して、リーベとエルガーはヴァールたちの元へと向う。


 道中、相変わらず通行人は少なく、衛兵が行き交うばかりで、リーベにはまるで過疎化してしまったかのように感じられ、悲しくなった。


「…………」

「これがお前の護るものだ。よく見ておけ」


 父の言葉にリーベは息を呑み、街の様子を目に焼き付けながら歩いた。そうして数分の後、2人の目の前には大きな建物が現れる。


 テルドルの建物は大抵が灰色だが、この建物は例外的に仄赤いレンガで建てられている。橫に広い建物で、正面には大きな窓ガラスが張られており、内部には逞しい男たちの姿が見える。


「冒険者ギルド……」

「そうだ」


 短く答えるとエルガーは娘の正面で屈み、目線を合わせて問い掛ける。


「もう後戻りは出来ねえぞ。本当にいいんだな?」

「…………うん……!」

「そうか……」


 彼は物寂しい目をしながらも立ち上がり、リーベを先導して中に入った。


 ギルドは天井の高い建物で、利用者層の割りにオシャレな内装をしている。それは丈夫たちが集うこの物々しい空間に、一般の人が入りすいようにという配慮であった。受付に決まって女性が立っているのもその為だ。


「わあ……」 


 リーベが久々に訪れるギルドの様子を観察する一方、エルガーは弟子の姿を探した。


「ええと、ヴァールは……と。お、いたいた」

「え、どこ?」


 父の視線を追うと、建物に入って右手奥の掲示板の前に大きな背中があった。その隣には中小の背中が並ぶ。


 2人が近づくと3人は振り返った。


「あ、師匠――リーベ……お前…………」


 ヴァールはリーベの目を見据えると、父と同様に覚悟のほどを問うてくる。


「本気なんだな?」

「うん……!」

「……そうか。地獄へようこそ。歓迎するぜ」


 そう言って手を差し伸べてくる。それを握り返すと、フェアとフロイデの方を見る。


「ご迷惑を掛けることもあると思いますけど、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「…………」


 フェアはいつも通り穏やかな笑みを浮かべている。その一方でフロイデは目を丸くし、驚愕を表わしていた。


「それで師匠、リーベはどっちにすんだ?」

「どっち?」


(なんのことだろう?)


「女なんだし、魔法使いの方が向いてるだろうよ」


 それでいいな? とリーベに呼び掛ける。彼女は会話の意味をようやく理解し、頷いた。


「う、うん……」


 だが本心では、父と同じ剣士になりたかった。しかし、命が掛かっているのだからと、呑み込んだ。不承不承ながらも、自分が魔法を駆使して魔物に対抗する姿を想像すると、自然と胸が高鳴った。


(いけないいけない! 遊びじゃないんだから!)


 かぶりを振って妄念を振り払っていると、フェアが言う。


「では僭越(せんえつ)ながら、魔法については私の方からご教示いたしましょう」

「よろしくお願いします」


 彼が微笑む一方、その相棒が言う。


「それじゃ、冒険者登録に行くか」


 エルガーとヴァールと先導されて、リーベは受付へ向かう。道中、周囲の人々がひそひそと彼女を噂する。


「エルガーさんの娘が冒険者になるってウワサは本当だったのか」

「ああ、これでこの街も安泰(あんたい)だな」


その言葉を耳にして気恥ずかしさを覚えつつも、身に余る期待に息苦しいものを感じていた。


 考えるまでもなく、今の彼女にはそんな力はない。

 それでも――だからこそ頑張らなければならないのだ。街のみんなの希望になるために。


 決意を新たに受付にやって来ると、カウンターの向こうでは受付嬢のサリーが目を丸くしていた。


「リーベちゃん⁉ まさか……ほんとうに冒険者になるの?」

「はい。これからお世話になります」


 リーベが一礼するとサリーは慌ただしく一礼し返す。


 それから金髪を紺色の制服の襟元でちらちら踊らせながら、親子を交互に見る


「え、エルガーさん。本気なんですか?」 


 振返向いた先でエルガーが頷くと、サリーはようやく現実のことと理解した。


「そ、そうですか……リーベちゃんが…………なんだか、感慨深いです」


 不安な目をした彼女だが、リーベが視線を合わせて頷くと納得し、小さく咳払いをして気持ちを切り替える。


「こほん……ご用件は冒険者登録でお間違いないでしょうか?」

「はい、お願いします」


 サリーはにっこりと微笑むと用紙を取り出した。


「それでは、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」

「わかりました」


 名前・性別・出身・住所・生年月日・家族構成・学歴・職業歴・冒険者学校卒業の有無などなど、空欄を埋めていく中で分からないところが出てきた。


「この『指導者名』っていうのは?」

「そちらは指導者――つまり師匠となる方のお名前を記入する欄となっています」


 サリーさんは言いながらヴァールを見やる。


「ああ。だからそこは、俺の名前で良いんだ」


 言われた通りに記入していると、リーベはふと思った。


「新人には必ず師匠がつくんですか?」

「いえ。規則では冒険者学校を卒業していない人に限り、師匠について1年以上の指導を受けなければならない決まりとなっております」

「まあ、学校出てる連中も大抵は師匠につくがな」


 エルガーは苦笑して言う。


(それは多分、純粋に生存率を上げるためなのだろうけど……そうなると、冒険者学校を出る意味って……)


 リーベの中に新たな疑問が芽生える中、ヴァールが彼女の手からペンを抜き取る。


「後は俺が書けば良いんだな」


 ヴァールがペンを走らせると、用紙には手紙で見た『ショドウ』めいた文字が刻まれていった。リーベが彼の手元を観察している間に記入は終わり、それをサリーが確認する。


 それから彼女は奇妙な見た目をした器具を取り出す。


 真ん中には計器があり、その左右には棒状の取っ手が取り付けられている。


 リーベが見慣れぬ器具に興味を惹かれていると、サリーが説明する。


「こちらは魔力測定器です。魔力量の多寡(たか)が冒険者登録に影響することはございませんが、参考までに測定させて頂く決まりとなっております。差し支えがないようでしたら、左右の取っ手を握ってください」

「わかりました」


 言われるまま取っ手を握り込むと、続いて力を抜くように言われた。


 すると真ん中の計器がグルグルと回り、3周半と少し回転した。


「361と……」

「あの、これって多い方なんですか?」

「いいえ。成人女性の平均が400ほどですので、リーベちゃんはやや魔力が低い傾向にあるみたいですね」

「そんな……」


(これから魔法使いになるというのに……)


 リーベがため息をつくとサリーが慌てて付け加える。


「ですが! 成人男性の平均が300ですので、魔法使いとしての適正が高いことに変わりはありません!」

「そ、そうなんですか」


(そういえばさっき、お父さんが『女なんだし、魔法使いの方が向いてるだろうよ』って言っていたのはこのことか)


 リーベは男女で魔力量の平均が異なることは知っていたが、100も違うのかと感心した……その100がどの程度の差なのか、数字以上にはわからないのだが。


「このまま冒険者カードの作成に移らせていただきます。発行までに少々お時間を頂きますので、掛けてお待ちください」

「はい、よろしくお願いします」


 その言葉を最後に3人は受付を離れ、フェアたちの元へ戻る。


「どうやら無事に手続きを終えられたようですね」


 フェアが微笑む一方、エルガーは深い溜め息をつく。


「ああ……終わったな」


 リーベは娘として、その様子に申し訳ない思いでいっぱいだったが、陰気に負けてはいけないと自己を奮い立たせる。


(わたしは英雄の娘として、みんなの希望にならないといけないんだから!)


「あの! わたしも次の冒険に連れて行ってもらえるんですか?」


 勢いに任せて言うと、ヴァールが苦笑する。


「そう(はや)んなって。まだ道具とかも準備できてねえんだろ?」

「あ……そうだった」


 彼女があんぐりとすると、ヴァールは微笑みながら頭を掻いた。


「たく。そんな無計画じゃあ、先が思いやられるぜ」


(おじさんに無計画だと言われるなんて……)


 リーベが若干の敗北感を抱いていると、彼は仲間の方へ小さな瞳を向ける。


「んで。お前らはなんか良いもん見つけたか?」


 その問い掛けにフロイデが短く答えながら依頼書を取り出す。


「これ」

「どれどれ」


 リーベはつま先立ちになって横から依頼書を覗き込むと、『フライバーンの討伐』とあった。


「ふらいばーん?」

「馬鹿でかいトンボだ。飛んでるだけで暴風を起こす厄介なヤツなんだよ」

「へえ……」


(フライパンみたいな名前……)


 そんなくだらないことを考えている間にも冒険者3人は依頼を受けるため受付へ向かっていった。

 エルガーは彼らを見送ることなく娘に言う。


「リーベ。お前が戦うのはああいう化け物連中だってことを、よく頭に入れておくんだぞ?」

「う、うん……!」


 意気込んだその時、サリーに呼ばれた。冒険者カードが出来たのだ。


 リーベはわくわくさせられたが、そればかりではいけないと気を引き締めた。









冒険者カードは特殊な素材で出来ており、金属のように固く、木材のように軽かった。


 エルガーはこれに対し、『火で炙ったくらいじゃへたれねえし、水に沈めても問題ねえ』と絶大な信頼を示した。


 滑らかな表面には名前や出身などの情報に加え、冒険者等級と識別番号が彫り込まれている。この数字を見た時、リーベはようやく冒険者になれたと実感できた。


「おお……!」


 灰白色のそれは、今のリーベにはまるで宝石のように輝いて見えた。


 繁々と観察しているとサリーが微笑ましげに笑う。


「そちらはギルドで依頼を受ける他、各地での身分証にもなります。肌身離さず、なくさないようにお気を付けください」


 なくしてはいけないものなのだと思うと、途端に重たく感じられた。


「わ、わかりました……」

「ふふ、手続きは以上となります。リーベちゃんの活躍を心より応援しています」


 優しい言葉に送り出され、受付を離れるとエルガーは嘆くように独り言ちる。


「はあ……これでお前も冒険者か……」

「お父さん……」


 リーベの半歩先を歩いていたエルガーは立ち止まり、振り返る。


 その顔には苦しそうでありつつも、何処か清々しいものがあった。その感情がどういうものなのか、彼女には分かりそうで分からなかった。


「これからはヴァールの指示をよく聞いて、従うことだ。……いいな?」

「う、うん……おじさんの言う事は絶対だね」

「そうだ」


 わしゃわしゃと娘の頭を撫でると、「次行くぞ」と促す。


 依頼を受注していたヴァールたちに別れを告げ、今度は服屋にやって来た。


 ここは労働者向けの服――つまりは汚れても良い丈夫な服を専門に扱っている店だ。そんな性質上、女性向けの衣服は少なかったが、確かにあった。


 親子はここで厚手のブラウスとレギンスと毛皮のスカート、それに厚底ブーツと靴下を購入した。服は着替えもまとめて買ったが、とりわけ靴下は大量に買った。


「靴下こんなにいる?」

「ああ。脚を清潔にしねえやつから死んでいくんだ。お前も気をつけろよ?」

「うん」 


 そんなやり取りの後、次は防具屋に行くために、試着室で着替えてから移動する。


 防具屋はスーザンの武器屋の隣に所在する。あちらと同様に入り口の斜め上に看板を吊るしてあり、そこにはそこには盾のシンボルが描かれている。


 それを見上げた後、親子は入店する。


「こんにちは」

「おう、いらっしゃ――って! なんだその格好⁉」


 店主のダニエルはリーベの姿に驚愕し、椅子を蹴って立ち上がった。


「はは……実はわたし、冒険者になったんです」


 ここに来るまでに何度も同様の反応を見てきたため、彼女はすっかり慣れてしまっていた。


「マジか! いやいや、いつかこんな日が来るんじゃないかって思ってたぜ!」

「ほんとうか?」


 エルガーが冗談めかして問うと、ダニエルは「おうとも!」と力強く胸を叩いた。しかし力が強すぎたのか、激しく()せてしまう。


「ごほ! げほ!」

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……だいじょ――げほ!」


(説得力がないけど……大丈夫ならいっか)


「はー、しっかし。リーベちゃんが冒険者になるなんてな」


 正常な呼吸を取り戻したダニエルが、額に浮いた汗を拭いながら言う。


「ここ最近、嫌な話題ばかりだったから、励まされるよ。あんがとな」


 その一言になんだか報われた気がして、リーベは早くも冒険者になって良かったと思った。


「い、いえ! まだ何もしてないですから!」

「それもそっか。んじゃ、何でもできるようにしてやらねえとな。サービスしてやるから、何でも好きなもんを選びな」


 こうして防具選びが始まった――かと思えば、エルガーがテキパキと選んだために、すぐに終わってしまった。


 選ばれたのは胸当て、肩当て、肘当て、すね当て。そしてグローブだった。


 いずれも革製で軽量ながら丈夫な造りをしていて頼もしいことこの上ない。父の手を借りてこれらを纏うと、リーベは強くなった気がした。


「どうだ?」


 父の言葉に答える事なく、その場で足踏みしたり、体を捻ったりして具合を確かめる。


「うーん……ちょっと重くて、窮屈な感じ」

「防具ってのはそういうもんだ。締め付けられる感じはないか?」

「ううん、大丈夫だよ」 

「そうか――ダニエル、これをくれ」

「ああ、8割でいいぞ」


 ダニエルの厚意で安く買えたものの、それでも決して安い買い物ではなかった。


(防具ってこんなに高いんだ)


 感心する一方で、急にこんな高い買い物をして大丈夫なのかと、娘は心配した。煩悶としつつ退店すると、父は娘の心を読み取った。


「金の事なら気にすんな」

「でも……」

「どうせ腐らす金なら娘の為に使いたいんだ。だから気にすんな」

「……うん、ありがと」

「んじゃ、帰るか」

「あれ? 武器は買わないの?」

「魔法杖のことは俺にはわかんねえからな。フェアが戻って来てからだ」

「あ、そっか……」


(ちょっと残念)


「荷物とかはどうするの?」

「リュックは俺が使ってたのがあるし、薬とかも一通り揃ってる。携帯食は出発前に買うとして……今はこれで十分だろう」

「そっか。じゃあ早く帰らないとね」

「ああ、シェーンも待たせちまってるからな」


 リーベが今纏っているものはどれをとっても華やかとは言えないが、ドレスと同じくらい素敵なものに思えた。だからこの姿を一刻も早く母に見せたいと、無邪気に脚を速めるのだった。









「ただいまー!」


 ホールに入ると、そこに母の姿はなかった。リーベは首を傾げたが、調理をする音と共に美味しそうな匂いが漂って来たことで母が厨房にいるのだと知った。それに導かれ、厨房へ向かう。


「ただいま」


そこにはシェーンがいた。彼女はキッチンナイフをまな板の奥に置くと振り返る。


「おかえりなさい――ってまあ!」


 娘の姿を見るや、まるで数年ぶりに再開したような、そんな大げさとも言える反応を示した。


「ふふ、もうすっかり冒険者ね」


 先程はあんなに泣いていたというのに、今では清々しいまでの笑顔を見せてくれている。

 それに対しリーベは娘を気遣っているだけなのか、はたまた素直な感情なのかわからなかった。しかし、母が笑顔を見せてくれたのがとにかく嬉しかった。


「うん! ドラゴンだってやっつけちゃうんだから!」


 ブンブン剣を振り回す仕草をすると、即座に「こら、厨房で暴れないの」と(たしな)められる。


「ご、ごめんなさい……」

「はは! 叱られてやんの」


 カウンター越しにエルガーがにっかりと笑う。


「ほら、燥いでねえで荷造り済ませちまうぞ」

「あ、はーい――それじゃお母さん、また後でね?」

「ええ――とそうだ、今晩はトマト煮よ」

「え、ほんと!」


(ふふ、今日は良いことずくめだよ!)







冒険に持っていくものは様々で、大きく見えたリュックは見る間に満杯になってしまった。


「……意外と入らないんだね」

「ああ。持ち物の取捨選択にも冒険者の技量が現れるんだ。テルドルにいる間は俺が見てやれるが、王都に行ったらそうもいかねえ。ヴァールによく見てもらうことだ」

「うん。わかった――って、王都⁉」


 リーベが叫ぶとエルガーは『何を驚いてる』とばかりに眉を(しか)めて娘を見る。


「ヴァールは王都のギルド本部所属の冒険者だぞ? だからアイツの弟子であるお前もそれにくっついていくワケだ……まさかと思うが、そこまで考えてなかったのか?」

「う、うん……てっきり、ずっとここでやるものだと…………」


 娘の浅はかさに父は深い溜め息をついた。


「あのな……やる気は結構だが、もっと将来を見据えてくんねえと困るぜ?」

「ご、ごめんなさい……」

「たく……もう後戻りは出来ねえんだ。いまさら嫌とは言わねえだろうな?」

「だ、大丈夫だよ! 嫌じゃない! 嫌じゃないけど……」


 彼女は俯いた。

 冒険で数日離れる事はあれど、両親とダンクと、一緒に暮らすことに変わりはないものだと思っていた。それだけにその衝撃は大きかった。


「うう……」

「リーベ。お前はこの街を出たことがなかったな」

「……うん」

「世界は広い。お前が想像も付かないようなすげえものばっかで、きっと目が回っちまうだろうよ。だから、寂しいことなんてすぐに忘れちまうさ」


 娘の肩を叩いて励ます。


「……お父さん…………」


 その言葉を反芻する内に、外の世界に対する憧れが強まっていった。


「王都か……」


(テルドルより広くて、お城があって……)


 新天地へ想いを馳せていると階下から母の呼ぶ声がした。


「晩ご飯ができたわよ!」


 その声を聞くとリーベの腹がぐうう、と鳴った。


「~~っ!」

「ははは!」


エルガーは一頻(ひとしき)り笑うと、穏やかな顔をして言う。


「王都にも美味い店は沢山あるが、うちが1番だ。今のうち、しっかり味わっとけよ」

「うん、わかった」


 荷物を壁際に寄せて部屋を出ようとした時、父が振返って言う。


「汚しちゃいけねえし、着替えてから来な」

「あ……」


 その言葉に自分が武装したままである事を思い出した。同時に自分が(はしゃ)いでいたことを思い知らされた。こんな自分が、果たして親元を離れて大丈夫なのだろうかという疑問が胸に起こる。


(大丈夫……大丈夫、だよね?)


 自分に問い掛ける間に、父は娘の部屋を出て行った。

 






 その夜。魔法のランプが照らす私室のベッドの上で、リーベは親友ダンクへの報告会を開いていた。

 もふもふの彼は飼い主の膝に前脚を置いて、くりくりの瞳で見上げている。


「報告があります」

「…………」


 ダンクは神妙に口を噤み、報告を待ち受けている。


 リーベは彼の誠意に報いるべく、丸い瞳を見つめて言う。


「わたし、リーベは冒険者になりました」

「…………」


飼い主の言葉に驚くあまり、ダンクは目を丸くしていた。


 それもそのはず。リーベは単なる食堂の娘であり、体力に優れるわけではなく、これと言った戦技を持っているわけでもない。そんな彼女が冒険者になるだなんて、防具屋のダニエル以外に、一体誰が想像できただろうか。


「……大丈夫かって? うん、ちょっぴり不安なの」


 展望台でヘラクレーエと戦った時のことを思い出す。


 自分より背の高いカラスが一息で距離を詰めてきて、極太いくちばしを伸ばしてくる。あの恐ろしい光景はしかし、あまりにも非日常的で、悪い夢でも見ていたかのようにも思えてしまう。だが、これからは日常の一部になるのだ。それを思うと、どうしても不安になってしまう。


 それに両親と離ればなれになる事が同じか、ひょっとしたらそれ以上に恐ろしかった。


「怖いよ。怖いけど…………でも」


 客たちの落ち込んだ顔、静まり返った街……その悲しい情景が彼女の勇気を奮い立たせる。


「それでもね、わたしは冒険者になりたいの。冒険者になって、みんなの希望になるの。お父さんみたいに……だからダンクも応援してね?」

「…………」


 無言のまま彼は頷いた。


 ダンクの応援を得られて、リーベの勇気は一段と高まっていく。


 だがしかし、今は夜だ。しかも深夜だ。その勇気を発揮する機会などない。リーベはから回った胸を(なだ)めるようにダンクを抱きしめる。


「おやすみ……」


 ダンクをギュッと抱きしめたその時、ふと思った。


(おじさんたち、いつ帰ってくるのかな?)


 彼らが期間したその時から、リーベの冒険者活動が始まるのだ。(ひるがえ)って、それまでの僅かな期間が、彼女が家族に尽くせる時間なのだ。そう実感すると、途端に悲しくなってきた。

 

『やっと家族みんな、一緒でいられるようになったのに』


 母の言葉が心に重くのし掛かる。


(……わたしはわたしの意思で、心で、冒険者と言う道を選んだんだ。後悔なんてしてない。あるとすれば、それはほんのちょっぴりの寂しさだけだ)



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