8 美波の日記
あたしは今日、人魚の子を抱っこしてきた!
人魚だよ?
本当にいるんだよ?
カフェ・NAGISAのマスターが海辺で拾った卵から孵ったんだと言ってた。
洗面所にタライを置いて飼っている。
いや、飼ってるじゃなくて、育ててる。
だって人間の子どもとちっとも変わらないんだもの。ただし上半身のみ。人魚だから。(笑)
何度でも言っちゃう!
人魚、本当にいたんだ!
あたし、抱っこしてきた! かわいいんだ、すっごく!
亜麻という名前で、マスターが名付けた。名前の由来になったという亜麻色の髪も、緑がかった瞳もすごくかわいいんだ。
生まれて2週間だというのに、もう片言も話すんだ。
やっぱ、人魚だからかな?
マスターも、成長が早いって言ってた。
あたしの名前を覚えてくれて、「みーな」って呼んでくれたんだよ。
マスターのことは「あーや」って呼んでいる。
綾人と呼ばせるようにしたのは、「パパ」と呼ばせるのも変だと思ったからなんだって。
人間の子どもよりは小さいけど、見た目は1〜2歳の子どもみたい。ただし上半身だけ。下半身は魚のしっぽなんだ。本当に!
もう一回、言っちゃう!
人魚なんだよ!
腰の脇のところにエラがあるのをマスターが教えてくれた。
おへそもなかった。卵生だからだね。
亜麻は、肺とエラの両方で呼吸できるんだ。
人魚って、そういう生き物なんだ。
おとぎ話の世界だけのものだと思ってたんだけど、本当にいたんだ!
すごいもの見ちゃったんだ。わたしは。
誰かに言いたくなっちゃうけど、それはダメ。亜麻の身に危険が及ぶかもしれないから。
その理由をマスターが説明してくれた。
そこはマスター、やっぱり大人だ。単純に喜んでただけのわたしとは違って、ちゃんと亜麻のことを考えている。
こういうところがカッコいいんだよね。
あたしはマスターをカッコいいって思ってるんだけど、本人は自覚ないみたい。なんかいつも自信なさそうにしてる。
でも、亜麻を守って育ててるマスターは、やっぱりカッコよかった。
毎日亜麻に会いに来ていいか聞いたら、「ダメ」って言われてしまった。
亜麻のことはマスターとわたしだけの秘密だから、中学生とはいえ、開けてない店に毎日来てたら説明ができなくなるらしい。
でも土日に店を開けるから、その時亜麻の面倒をみてくれると助かるとも言われたから、バイトすることにした。
本当はバイトは学校に届けなくちゃいけないんだけど、そこはうちの学校けっこうユルいからたぶん大丈夫。
もうひと粘りして、平日も火曜と木曜は夕方から店を開けると言わせてきた。
へっへぇ〜。
ディール成功!
1日おきで亜麻に会える。なんか、めっちゃ嬉しい。
バイト代はいらないって言ってきた。
だって、亜麻に会えるんだもの。
あ、それバイトじゃないか。
亜麻。
人魚の子!
大きくなったら、アニメの人魚みたいにステキになるのかな?
マスターは大きくなったら海に帰すって言ってたけど、どのくらい大きくなったら帰すんだろう?
ステキな姿になった亜麻も見てみたいけどな。
でもたしかに、大きくなってきたらタライじゃ狭すぎるよね。
亜麻は、マスターとわたしだけの秘密。
誰にも言えないから、こうやって「日記」にしゃべってる。
あとで聞いたら、めっちゃテンション高くて恥ずかしいかな?
でも、自分しか聞かない「日記」だからね。
明日っから楽しみ———!