表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
渚にて  作者: Aju
7/29

7 美波

「マスター。病気でもしてるのかと思った。」

 背後から突然かけられた声に、俺はビクッとして振り向いた。

 地元スーパーの店内で必要なものの買い出しをしている時のことだ。振り向いた先に立っていたのは美波(みなみ)という少女だった。


 うちのカフェにわりとよく来る常連さんである。

 高浜美波。今は中学3年生。

 俺がここでカフェを始めた最初の頃から常連さんになってくれて、友達なんかも連れてきてくれている。まあ、ありがたいお得意さん——と言えば、そう。

 あの店の何がいいのか、ときに入り浸ってテーブルで勉強なんかしていることもある。

 図書館じゃないんだけどな——と思いつつも、夏以外はどうせヒマだし、若い子が来てくれるだけでも少し気分が上向くし‥‥と、俺もそのままにしている。

 ときに皿洗いを手伝ってくれることもあって、そんな時は飲み物代はタダにしていた。

 なんだか居ついた野良猫みたいだな‥‥と、そんなふうにも思っている子だ。


「ずっと店閉まってるんだもん。」

「あ‥‥いや‥‥。美波ちゃん、学校は?」

「今日は土曜日だよーん。大丈夫、マスター?」

 そう言って、美波は俺の買い物カゴを覗き込む。


「何? 海産物ばっかじゃん。」

「いや、これはだな。その‥‥‥」

 美波ちゃんは探偵みたいな目になって俺を見上げた。

「怪し〜い。」

 何が怪しいんだか。

 俺は急いでるんだけどな。


「ねえ、なんで店閉めてるの?」

 レジを出て駐車場に行く間も、美波は俺に話しかけてきた。

 いつもなら中学生と話ができるのもいい気分転換なのだが、今は亜麻のことが気になる。

 早く帰ってやらないと、また泣き出すかもしれない。

「亜麻が待ってるから。また今度ね。」

「あまって誰?」

 しまった。口がすべった。

「と、とにかく急いでるの。」


「あまって、誰? 女の人?」

 美波が、じと〜っと睨めあげるような目をする。

「し‥‥親戚の子ども。長く出てると泣いちゃうから。」

 ふう〜ん。という顔で美波が俺を見る。

「手伝おうか? 困ってるなら。」


「いや‥‥いいよ。ひとりで大丈夫だから。」

「大丈夫じゃないじゃん。買い物も困ってるみたいじゃん。」

「いや、だから‥‥」

 俺は買い出した荷物を助手席に放り込む。

「あ〜やしいんだぁ〜。やっぱ、女の人なんだ。マスター、店まで休んで〜。」

「違っ、‥‥だから‥‥。わかった。手伝ってくれ。」

 俺は荷物を後部座席に移し替える。

「そのかわり。見たことは他の誰にも絶対言わないでくれよ。」

「?」


 これでいいんだろうか? と俺は助手席に美波を乗せて車を走らせながらまだ迷っていた。

 たしかに。手伝ってもらえれば、とても助かる。

 美波ちゃんんは約束すれば口が固いのはわかっているし、土日だけでも店が開けられればずいぶんと助かる。

 ‥‥‥が。



「ぴい?」

と亜麻が美波を見上げ、美波は目をまん丸にした。


「こ、これ‥‥人魚の子? 本物?」


 それから美波は、これまで俺が一度も見たことがないほどの笑顔で目を輝かせた。

「うわっ! かわいい!」

「ぴ?」

 亜麻は美波を怖がっていないようだ。ひとまずは安心。


「ど‥‥どこで拾ったの? マスター!」


 やっぱり、拾ったって思うんだ‥‥。


「渚で卵を拾ったら、その場で手の中で孵ったんだよ。」

「う〜〜〜。何それ、いい! アニメみたい〜〜〜!」


「亜麻はこの子の名前なんだ。このお姉ちゃんは美波。美波ちゃんだよ。」

 俺は亜麻にも美波を紹介する。

「ちゃん?」

「あ、いや、そうじゃなくて。み・な・み。 みーなーみ。」

 俺は美波を指差して、ゆっくり発音してやる。

 亜麻は俺を見上げてから美波を指差して、それから真似して発音した。

「みーな。」


「しゃべるんだ?」

「まだ片言だけどね。」

 美波は、もうこれ以上ないっていう笑顔になって、しかも目にちょっと涙を溜めかかっている。

「うわっ! うわあ! た、たまんない! 抱っこしていい?」

 テンションがハンパない。

「たぶん。大丈夫だと思う。怖がってないから。」


 美波は、そーっと手を伸ばして、高級な花瓶でも扱うように両手のひらを亜麻の脇に差し入れた。

 亜麻は両手を美波の方に伸ばして笑顔になる。

「ぴい。たっかい。」

 高い高いをしてもらえると思っているらしい。


 美波は真剣な表情で亜麻をそっと抱き上げる。

 そのまま慎重に自分の胸のところに持ってきて、抱っこした。

 それからすごく嬉しそうな顔で俺を見上げる。


「マスター。‥‥あたし今、人魚の子抱っこしてんだよね?」


「た、かい?」

 亜麻が少し不服そうな顔をした。

「はは。亜麻は高い高いしてもらえると思ったんだね?」

「たかいたかいって?」

「ほら、こうやって。子どもによくするだろ?」

 俺は手真似をやって見せる。

「そんなに高く上げなければ、下は水だから大丈夫だよ。」


 美波は恐る恐る亜麻を持ち上げた。

「た、たかいたか〜い。」


 亜麻がきゃっきゃっと笑う。

 2回やってから、美波は怖くなったのか、亜麻をタライの水に戻した。

 亜麻は嬉しかったんだろう。ぱしゃぱしゃとタライの中を円を描いて泳ぎ回り、それからタライの縁に手をかけて美波を見上げて笑顔を見せた。

「みーな!」


「マスター! あたし、毎日来ていい?」

「だめ。」

「なんで?」

「店も開けてない独り身の30男のところに女子中学生が毎日出入りしてたら、何言われるかわからんだろ?」

「う〜〜〜〜。」

 美波がしかめっ面をする。


「だったら、店開ければいいじゃん。あたしは店の入り口から堂々と入って、奥で亜麻ちゃんの面倒見てるから、マスターは店に出てればいいんだよ。ね?」


 それはたしかに助かるが‥‥。

 そこまで中学生に甘えてしまっていいんだろうか?


「あと、このことは()()に内緒だからね。」

「あたしは約束したら墓場まで持ってくけど‥‥。でも、人魚がいるカフェなんて、めっちゃ流行ると思うけどなぁ。」

「うん。でもそれは、とても危険なことでもあるんだ。」


 俺は亜麻の存在が明らかになった時の危険について、美波に説明した。

 俺の能力ではそれに対処できないことも。


「うん。わかった。」

と美波は素直に言う。

 この理解力の速さが、俺が美波ちゃんという中学生を信用する理由でもあるのだ。


「マスターとあたしだけの()()だね。」

 美波は、ニカッと笑って親指を立てた。

 こんなところはやっぱりまだ中学生だ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ