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渚にて  作者: Aju
6/29

6 ただいま育休中

 10日目。


 亜麻の体長は40センチくらいになった。

 生まれたての人間の赤ちゃんくらいの大きさだが、体型や表情は1歳くらいの子どもの感じに近い。

 もっとも、それは上半身だけの話で、下半身は魚なので、それがどのレベルの成長過程にあるものなのかは、さっぱりわからない。


 鱗で魚の年齢がわかる、というような話を聞いた記憶があるが、俺にはそんな知識は何もない。だいたい亜麻はまだ生まれて10日目だ。

 そういえば、亜麻の鱗は柔らかそうで透明感さえあるようで、実際に触っても滑らかな感触しかない。

 普通の魚にありがちな、ギザギザしたような硬さは感じられない。

 子どもだからなのか、人魚の鱗とはこういうものなのかは、わからない。


 俺はここにきて初めて、亜麻におへそがないことに気がついた。

 まあ、考えてみりゃ当たり前だ。

 卵生なんだから。

 そういえば生まれたての頃はおなかが少しふくれていた。あれは栄養を蓄えていたのかもしれない。


 そして腰の両脇に目立たない(えら)がある。

 それが常に開いたり閉じたりして呼吸していた。


 卵生で哺乳する動物というとカモノハシがいるが、似ても似つかない。

 両生類? いや‥‥‥

 カエルやイモリも、似ても似つかない。

 そもそも、(えら)呼吸と肺呼吸を同時にするような生物っているんだろうか?


 やはり、人魚は人魚だ。

 この愛らしい姿は、何のための()()だろう? とも思う。


 そんな取り止めもないことを考えたりしながら、俺は日がな一日、亜麻のごはんか遊び相手をしている。

 店は休業にしたままだ。


 亜麻はよく食べて、よく眠った。

 水に入れた俺の手にじゃれついたり、抱っこで高い高いをせがんだりもする。

 ボールを水に沈めて、ぽん、と浮き上がらせる遊びも面白がった。

 片言も話したりする。


 そんな亜麻を眺めて、俺は顔の筋肉を緩ませたままにしているのだ。

 これじゃ、まずいかなあ‥‥とも思わないではない。

 そろそろ店も開けないとな‥‥。


 ただ‥‥。

 店を開けるとなると、亜麻をどうするか?


 まさか保育園に預けるわけにもいかないし、店にタライを持ち込むわけにもいくまい。

 人魚のいるカフェ——なんて、そりゃたしかに()()にはなるだろうが、俺は別にカフェで成功したいわけじゃない。

 そのテのものから逃げ出したくて、ここに来たのだ。


 第一、亜麻の存在が知れ渡ったら、別種の危険があり得る。

 まずは興味本位のマスコミと、フェイクだ児童虐待だというような誹謗中傷。

 調べたい、という学者なんかも押しかけてくるだろうし、下手すりゃ「解剖したい」などと言うやつもいるかもしれない。

 金持ちに売り付けようと、盗みや強盗に入るヤツも出てくるかもしれない。

 それらの全てに、俺は対応できるすべを持たない。


 今はひとりで遊ぶことも増えたとはいえ、長時間俺の姿が見えないと亜麻は不安がる。

「買い物に行ってくるからね」と言って出かけても、30分以上時間がかかると、亜麻はタライの縁に手をかけて不安そうな顔で待っている。

 あんまり長くかかると、時々俺の顔を見た途端「ぴいいいい」と泣き出すこともある。



 11日目。


 俺はふと思いついて、亜麻に幼児向けの番組を見せてみることにした。

 といっても、俺はテレビを持っていない。

 俺は動画の中から選んだ幼児向けのアニメをノートパソコンに表示して、浴室の入り口の亜麻に見えるところに置いてやった。


 予想どおり、亜麻はタライの縁に手をかけて食い入るように観ている。

 時々、「あ」とか「きゃは」とか言って、驚いたり笑ったりしている。


 俺はそれを緩みっぱなしの顔で眺めている。

 世話をするのは大変だが、子どもがいるというのはきっとこういうことなんだろう——と思ったりする。


 そう思うと、別れた彼女のことが頭をよぎった。

 そして気がついた。

 結婚する——というところまでは考えていたが、彼女と子育てをするというイメージは俺の中にはなかった‥‥。


「ぴい。ぴいるるる。」

 アニメを観ながら、時おり亜麻はそんな音とも声ともつかない音声を発する。

 これは人魚ならではの「言葉」のようなものなのだろうか?


 人間の子どもは、こんな声を出さないよね?


 

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