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渚にて  作者: Aju
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5 まなはじめ

 俺はその日の夕方から、海水を汲むと同時に磯海苔も採取してくることにした。

 亜麻はおなかを壊すようなこともないようだったし、試しに乾物の海苔を水でふやかして与えてみたら美味しそうに食べていたからだ。

 少なくとも人魚の食べ物の1つはわかった。


 まあ考えてみれば、海の生物なんだから海のものを餌にしているだろう。


 餌‥‥‥

 という言葉を使ってから、俺は何か胸が痛むような感覚を持った。


 そうか‥‥。

 もし自分に子どもがいたら、その子に与える食事を「餌」と表現するだろうか。


 卵から生まれたことも、その身体の形状からしても、ニンゲンではない。水棲生物ではあるのは間違いないのだが、飼っているというよりは育てているという感覚になってゆくのは、上半身が人間の子どもそのものだからだろう。


 子どもがいるって、こんな感じだろうか‥‥。などと、いまだ独身の俺は思ってもみる。


 俺は亜麻に与える食べ物を「餌」と呼ぶことをやめた。

 とりあえず、「ごはん」と言うことにした。


「亜麻。ごはんだよ。」


 亜麻は「ごはん」という言葉をすぐに覚えたようだった。

 まだ、亜麻自身は「ごあん」としか発音できないが、意味はわかっているようで、スプーンを取り出しただけで尻尾をぱちゃぱちゃやって口を開ける。

「あーん。」と言うと「あーん」と真似をした。


 あむ! とスプーンをくわえる姿がかわいくてしかたない。


 どうやら人魚は雑食性であるらしい、とだんだんわかってきた。

 昆布を戻したものや、メカブ、ヒジキなどをミキサーにかけてスプーンで口元に持っていってやると、亜麻は、ふんふんと匂いを嗅いでから、あむっとスプーンをくわえた。


 心配したほど大変じゃなかったのは、亜麻は必ず匂いを嗅いでから食べるからだ。

 一度お粥を鼻先に持っていった時には、匂いを嗅いでから、ぷいっと横を向いた。こういうものは食べないらしい。

 なるほど。お米は陸のものだから‥‥。


 小魚をすりおろしたものは食べた。

 動物性タンパク質も食べるらしい。

 もちろん、まだミルクも飲んでいる。

 今のところまだ、主たる栄養はそちらで摂っているようだ。


 自然界の中では魚も食べているのだろうか。

 俺は今、小魚をすりおろしてお湯でといたものをスプーンで与えているが、自然の中ではどうしているんだろう? と思う。

 哺乳動物であるからには母人魚と一緒にいるのだろうが、自分で噛めるようになるまでは、おっぱいで育てているのかな?


 しかし、魚も食べるとすると‥‥と俺は思う。

 人魚はこの体型でどうやって機敏に動く魚を捕まえているのだろう?

 上半身は他の水棲生物のように流線形をしていない。

 人と同じ姿の上半身は物語に登場するにはファンタスティックでいいが、適者生存の自然界の中で残る形としては無理があるようにも見える。


 人魚は何故、この姿で生まれたのだろうか?

 それとも、神の気まぐれで創られて、滅びゆく生物種なのだろうか?


 あるいは人間と同じように、この姿ゆえ「文明」を持ち得たのだろうか?

 この広大な海のどこかに‥‥。


 そんな想像は悪くなかった。

 地球の表面積の7割を占めるこの広い海のどこかに、人魚の国がある‥‥。

 俺たちニンゲンは地球の隅々まで知った気になっているが、この海のどこかに、人魚が独自の文明を持って隠れるように暮らしている場所があるのかもしれない。

 その海をプラスチックで汚染し続ける人間を、人魚たちはどう思っているだろう。


 亜麻は、よく食べ、よく眠り、どんどん大きくなった。



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