27 海の生き物
夏が過ぎ、夏休みも終わると店の客足もめっきり減った。
新学期が始まり、美波もまた土日くらいしか来られなくなった。
時間に余裕ができた中で、俺と亜麻の2人暮らしが戻ってくる。
そうやってまた亜麻と向き合ってみると、俺は亜麻の気持ちがよくわからなくなっていることに気がついた。
夏の間、店に集中していたからなのか、その間に亜麻が成長してしまったせいなのか。
そして‥‥‥。
あの、沖で人魚らしき呼び声が聞こえた日以来、亜麻はあまり海に行きたがらなくなった。
「アヤト、アヤトォ。」
なんだか小さい時みたいにやたら甘えてくるかと思えば、俺が浴室に入っていくと、くるっと向きを変えて窓の方を向いたりする。
亜麻の気持ちがつかめない。
というより、思春期の少女の扱い方がわからないと言った方が近い。
かつて付き合っていた彼女は、20代の大人だったのだ。
美波はあっけらかんとしたところがあって、良くも悪くもわかりやすいんだが、亜麻は甘えたいのか何かに怒っているのか、よくわからない。
その間も、夜になると時々波の音に混じってあの呼び声が沖の方から聞こえることがあった。
ぴぃぃぃぃぃぃぃ‥‥‥‥‥ぃぃぃぃ‥‥‥‥
美波に相談してみても
「いつもと変わらないよ?」
と言うだけだ。
俺に対する時だけなのか‥‥?
「アヤト。」
俺が浴槽の水を入れ替えて浴室から手を拭きながら出てくると、ビニールプールの方で待機していた亜麻が俺を見上げて言った。
「わたしが海に帰ったら、寂しい?」
何かすがるような目をしている。
「それとも、そういう仕事しなくてよくなってラク?」
なんだ。
亜麻なりに俺の負担を気にしているのか。
俺はすべり込むようにプールの縁の外に座って、亜麻の首を抱き寄せる。
「ばかだな。寂しいに決まってるじゃないか。」
亜麻は俺の肩に手を回して、ぎゅっとしがみついてきた。
「亜麻さえよければ、ずっとここにいていいんだぞ?」
亜麻はしばらくしがみつくように俺の肩に頭を乗せていたが、その腕をちょっと解いていたずらっぽい笑顔を見せた。
「へへえ。」
それは美波の口真似だな?
「亜麻が来てから、俺はこの店を本気でやる気になれた。」
ぴぃぃぃぃぃぃぃぃ‥‥‥‥‥‥ぃぃぃぃぃ‥‥‥‥‥
秋口の海は昼間こそまだ遊びにくる人たちがいるが、夜になれば真っ暗で、波の音だけが響いている。
「お母さんが近くまで来てるのか?」
俺は海から抱き上げた亜麻を車椅子に乗せながら、単刀直入に聞いてみた。
「うん‥‥」
と亜麻は複雑な表情をしている。
「探してくれてたんでしょ? 一緒に帰らないの?」
美波が車椅子を押しながら、亜麻の顔を覗き込むように腰をかがめて聞いた。
あの沖の声のことを話してから、美波はほぼ毎日のように亜麻に会いにくる。
「ん‥‥」
亜麻の返事は煮え切らない。お母さんに会えたのは嬉しくはないのだろうか?
「そりゃあ‥‥亜麻がいなくなったら寂しいけどさ。‥‥別に、海は1つなんだし。いつでも遊びに来れるじゃん。——てか、来てほしいし。」
「ねえ。アヤトはどっちがいい?」
浴槽に収まった亜麻が俺に聞いてきた。
俺もわからない。
どちらだとしても‥‥
「亜麻が、幸せな方がいい。」
亜麻は潤んだような目で俺を見上げてから、くるっと向こうを向いた。
「あっち行って。」
突然の変化に、俺は言葉を失う。
俺は何か亜麻を怒らせるようなこと言ったのか?
「あっち行ってってば!」
俺はなすすべもなく後退り、浴室の外に出た。
「アヤト‥‥ごめん‥‥。でも、今日は1人にして‥‥」
亜麻は向こうを向いたまま、泣くような声で言った。
俺は2階の自分のベッドに入ってからも、1階のことが気になって仕方がなかった。
亜麻は、一体どうしちゃったんだ?
俺が亜麻に選ばせようとするのがいけないんだろうか?
亜麻は‥‥俺に「ここにいろ!」と強く言ってほしいんだろうか。
それが、亜麻の将来に幸せをもたらすかどうか‥‥自身がない俺の、それは逃げなんだろうか。
俺のそんな態度が、亜麻を不安にさせているなら‥‥
そんなことを考えているうちに、俺はまどろんでしまったようだった。
ベッド脇に亜麻が立っている。
2本の足で‥‥。
「亜麻‥‥?」




