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渚にて  作者: Aju
23/29

23 夏の日々

「お母さんではないだら。時代からして、曽祖母(ひいおばあ)さん‥‥かな。人魚の寿命がどのくらいか、わしは知らんが。」


 人魚の寿命、という言葉に俺の胸のどこかがちくりとえぐられる。

 亜麻と‥‥別れたくはない‥‥。



 亜麻を取り巻く大人たちが増え、季節は夏休みへと入り、俺の店も忙しくなった。

 売り上げも上がり、日々忙しくなって俺も細かいことを考えている余裕はなくなってきている。

 亜麻は美波から教えてもらった文字と算数で、店の経理を手伝ってくれるようになった。


 亜麻は俺が昼間(カフェ)に出ている間、ダイニングのビニールプールの脇に置いた小さなテーブルの上でパソコンを叩いて前日の売り上げを入力してくれるのだ。

 俺が「助かるよ」と言うと、亜麻は嬉しそうに尻尾をぱちゃぱちゃと振った。


 それ以外はヒマだから、パソコンでサブスクの映画を観たりしている。

 俺が店を美波に任せて昼メシに戻ると、亜麻は浴槽に連れていってほしいとねだる時がある。そんな日の午後は浴室の窓から海水浴客を眺めて過ごしている、と美波が言っていた。


 美波は夏休み中、お昼を挟んで毎日4時間ほどバイトに来てくれる。

「1日中来たい!」と言ったが、俺は断った。

 美波だって、半年後には高校受験が控えているのだ。いくら「偏差値は余裕だから」といったって、夏休みをバイトだけで終わらせるわけにはいかないだろう。


 そうは言っても、バイトと無関係に美波は午後も夕方まで亜麻の隣で勉強してたりするのだが。

 それに関しては、以前から店に入り浸って勉強してたのと同じか——と俺も納得することにした。


 店では美波の提案でソフトクリームの販売も始め、ついでに土産物として干物も売った。

 カフェで干物? と最初俺も思ったが、意外にオシャレなパッケージの商品もあって、美波が上手に店の片隅にディスプレイするとこれがけっこう売れた。


 本格的なシーズンに入ってからは、俺の日々は充実している。

 しかし同時に、正直俺の頭は夏をやり過ごすことだけで手いっぱいでもあった。


 だから美波が「亜麻はさ‥‥」と言ったとき、俺はその言葉の意味をあまり深くは考えなかった。

「マスターの役に立ちたいんだって。でも、あたしみたいに店に出るわけにはいかないじゃん?」

 俺はカップを洗いながら、あっさりと言うだけだ。

「その反響を引き受けるだけの覚悟は、俺にはまだない。」


 亜麻を店に出せば、それだけで売り上げは倍増するだろうし、本格的に従業員だって雇うこともできるだろう。

 だが、それによって生まれるリスクへの対処能力は俺にはない。

 コストをかけてセキュリティと収益のバランスをとる。——そんな「経営」をする気は俺にはさらさらなかった。

 第一、亜麻を見世物になんかしたくない。


 亜麻を存分に泳がせるために夜明け前に海に連れていって、店を開ける準備をして、店をやりながら美波と交代で亜麻の世話をして‥‥。

 いっぱいいっぱいだが、今年の俺の夏は充実している。


「今日はいいよ。アヤト、休んで。」

 だから、その日の夜明け前、いつものように海へ出かけようと眠い目をこすりながら準備を始めたとき、亜麻がそんなことを言った意味もそれほど深くは考えなかった。


「運動はしなきゃ。1日中家の中じゃ‥‥」

「美波姉ちゃんも、学校だって毎日体育があるわけじゃないって言ってたよ? アヤト疲れてるみたいじゃん。今日くらいゆっくり寝て。」

 おまえ、ナマってるぞ? まあ、美波がほとんど言葉の先生だから仕方ないか。


 たしかに疲れが溜まっていた。

 俺は亜麻の言葉に甘えて、開店時間ギリギリまでもうひと眠りすることにした。夏はまだ長い。


 ぴいいいいぃぃぃるるる‥‥‥


 夢の中で、俺は亜麻が歌うように鳴いている声を聞いたような気がした。



「亜麻、大きくなったね。あたし、追い抜かれちゃったみたい‥‥。」

 美波がそんなふうに言ったとき、その目の中にいつもと違う色があったように見えたのは光の加減だったろうか。

身体(からだ)は成長してても、亜麻にとっては美波は『美波姉ちゃん』のままだよ。」

 俺はそう言って笑う。


 たしかに、高校生くらいの見かけになった亜麻が「美波姉ちゃん」と呼んで慕っている姿は不思議な感じはした。


 でも、こんな小っちゃな頃から「姉ちゃん」だった美波は、亜麻にとっては姿が変わらないだけの()()()()()なんだろう。



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