21 目撃者
山田さんのその言葉を聞いたとき、俺はたぶん顔がひきつっていた。
どう答えるべきだ?
「やっぱりな。」
山田さんは、そんな俺の反応を見て得心したような顔をする。
「朝早くあんたが車椅子を押して海岸に行ったすぐ後、子供が1人、海で元気に泳いでいるのが見えたじゃん。足の悪い子じゃあ、あんなふうには泳げんだら?」
見られていたのか‥‥。
それにしても‥‥。
山田さんはどうして、足の悪い子を海でリハビリを兼ねて遊ばせている——と捉えないで、いきなり「人魚」だと思ったんだろう?
それは、普通の発想じゃない。
すでに亜麻の全身の姿を見られてしまったということだろうか?
あんな朝早くに活動しているのは、漁師か新聞配達くらいのものだ。
たしかに山田さんは漁師だ。‥‥‥が。
漁船が早朝に漁から帰ってくる港はここからかなり離れた場所にある。新聞配達も時間が決まっているから、その時間を注意深く避けていれば大丈夫だと思っていた。
このところ俺は少し慎重さに欠けていたかもしれない。
それより、今はどう対応すればいい?
俺は一瞬の逡巡のあと、山田さんにも亜麻を見せることにした。
大家さんなんだから、どのみち長くは隠しておけないだろうし、このままごまかす方がむしろリスクが大きい。
あちこちで疑念を言いふらされては、逆に噂が広まって収拾がつかなくなってしまうだろう。
「上がってください。そのかわり、他言無用にお願いします。」
「おう!」
山田さんは目をまん丸にした。
「ぴ?」
亜麻も初めて間近に見るニンゲンの老人に目をまん丸にした。
それから、ぱちゃぱちゃ、とトイレのテントにもぐり込み、また顔だけを出して山田さんを見る。
「ほっほ。かわええのぉ。」
「あの‥‥くれぐれも‥‥」
「わかっとるて。こんなことが噂になったら、それこそ収拾がつかんようになる。どこで捕まえなさったね?」
「浜で‥‥卵を拾ったら、手の中で孵ってしまって‥‥。そのままにするわけにもいかず‥‥」
山田さんは、なにかひどく満足げに目を細めた。
「ほうか。ほうですか。ほりゃあ、ええことされた。」
意外なほどの好意的態度に俺はほっとしたが、それにしても‥‥。
山田さんは、人魚という生き物がいることを初めから知っているような口ぶりだ。人魚を見たことがあるのだろうか?
漁師だから、海に出ている時に偶然見かけるなどということがあるのだろうか?
しかしそれはおかしい。
もしそうなら、他にも人魚を目撃したという漁師がいてもおかしくない。でもそんな話は、これまで全く聞いたことがないのだ。
そんな簡単に目撃するようなものなら、ツチノコくらいには騒ぎになっていてもおかしくないだろう。
「あの‥‥、山田さんは人魚を見たことがあるんですか?」
「あんたに懐いとるようじゃん。‥‥まあ、卵から育てたんならそうかもな。」
山田さんは孫でも眺めるような目で亜麻を見て目を細めた。
「わしは初めて見るよ。人魚と関わりがあったのはわしの祖父さんでな‥‥」
そう言って、山田さんはお祖父さんの話を始めた。




